Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

オキナワチドリの属間交配種

Ponerorchis lepida X Shizhenia pinguicula

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オキナワチドリ4倍体 X 中国大花チドリ。

以前の記事でも紹介した交配種。某業者からの販売例がある。

今まで説明した事が無かったが、園芸界では「A X  B」という表記はAが受け・・じゃなかった母親(子房親)で、Bが父親(花粉親)である。どちらが受け入れる側になったのか情報として重要なので、書く順序は絶対に間違えてはいけない。逆交配だと種子ができない組み合わせもあるので、解釈違いをおこさないよう表記順序を守らなければならない。

BL表記と逆? 管理人には何のことかよく判りません。

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花の拡大画像。

父親(中国大花チドリ)は下記リンク記事を参照。

 母親(オキナワチドリ4倍体)は下画像の個体。フローサイトメトリー計測で4倍体であることが確定されている。オキナワチドリの場合、倍数体っぽい形質の個体は大量の実生の中から時々見つかっているが、学術的手法できちんと確認された倍数体は数系統しか知られていない。(知られているだけでも数系統はあるって事ですね)

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 倍数体は大輪になる、というのが一般常識。しかしオキナワチドリの場合は4倍体は植物体が縮んでむしろ小輪になる。オキナワチドリ同士の交配であれば3倍体が最も大輪になる。

・・でまあ、ここまでは前振りである。一番上の画像個体を交配親に使えないか試してみた。

 異属間の遠縁交配、しかも片親が4倍体の「異質3倍体」である。普通に考えれば種子を作る能力は無い。自家受粉では常識通り果実が膨らまなかった。

 ところがオキナワチドリ2倍体の花粉をつけてみたら、果実が肥大しはじめた。

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 上画像が次世代作出に使ったオキナワチドリ2倍体・大点花。種子ができるとは思っていなかったので適当に選んだ無銘の実生(ただし野生選別個体からの交配記録がすべて残っている)である。

 経験上、遠縁交配の種子は途中で生長が止まって胚が枯死することが多い。そこで未熟なうちに採果してフラスコ内で胚培養してみた。数本ほど発芽して(途中経過省略)1個体だけ開花株まで生長した。下記画像は2株あるが、分球した同一個体。

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 母親が交雑種なので間違いなく中国大花チドリの血を引いているはず・・と言いたいところだが、見た目にはただのオキナワチドリに戻っている。DNA解析しなければ本当のところは判らないが、中国大花チドリの遺伝子が抜け落ちてしまったような感じである。ついごーできなかったせんしょくたいがだつらくしたのかな? ってえらいせんせーがいってた。

「スズチドリ(ウチョウランX ヒナチドリ)にヒナチドリを戻し交配してヒナチドリにウチョウランの耐暑遺伝子を取り込み、見かけはヒナチドリだが温暖地で夏を越せるランを創り出す」(実際に創られているが、ヒナチドリというラベルで出回っているためDNA検査しないと判らない)ように特別な形質を組み込む育種ができるなら価値もある。が、この交配後代には外見にも性質にも拾いあげたくなる特徴が見当たらない。

これ以上交配を進める意義を感じないので、ここで終了とする。

 サンダーズリスト(英国サンダー商会が創設したラン科交配種の血統登録制度。現在は英国王立園芸協会に引き継がれ、新しい交配種を作って報告すると作出者名と共に永久記録される)に好きな名前をつけて登録できるはずだが、交配を進めていくための記録なので交配親に使えないものを登録しても意味は無いだろう。

・・「うまぴょい」とか名称登録でき・・いや何でもない。

関連記事はこちら。

オキナワギク

沖縄菊 Aster miyagii

奄美・沖縄固有種、絶滅危惧Ⅱ類

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画像は沖縄本島の北部、東海岸産の個体。

東海岸の岩場ではわりと普通に見かけるが、西海岸での分布はきわめて局所的。というか西海岸は開発されまくっていて健全な自然植生が残っている海岸自体がものすごく少ない。

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花のアップ。頭花の部分に赤みがほとんど無い事に注目。

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 この個体は園芸用語で「青軸・準素心(あおじく・じゅんそしん)」と呼ばれるもので、赤系色素が普通よりも少ない。

 ちなみに完全なアントシアニン欠損変異、つまり一般的な花でいうところの純白品種は「素心(そしん)」と呼ばれる。これはオキナワギクのようにもともと白っぽい花の「白系標準花」と「純白花」を区別するために使われる呼び名である。

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こちらが別個体の「標準花」。白花ではあるが頭花に赤い色素が乗る。

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 こういう感じで花茎にアントシアニン系の色素が発色する個体は「泥軸(どろじく)」と呼ばれる。もっと色が濃くなれば「赤軸」、さらに「黒軸」となるが、そこまで色が濃い個体はオキナワギクではまだ見たことがない。

 オキナワギクは絶滅危惧種ではあるが、性質自体は弱いものではなく適地ではランナーを伸ばしてどんどん殖え広がる。沖縄本島ではグランドカバープランツとして殖やされてガーデンセンターで売っているくらいなので希少性や換金性も乏しく、「乱穫で」絶滅する心配はしなくて良いと思われる。

 暑さに強く、冬もビニールハウスに入れて凍らない程度に保護すれば越冬できるので、本土でも山野草業者が増殖して販売していることがある。ただ、ランナー系の移動する植物によくある事だが忌地(いやち:連作障害)が出やすい。普通のサイズの鉢に植えた場合、定期的にほぐして植え替えないといきなり全滅することがある。また日照不足にも弱い。ガンガン殖えているので安心して手抜きをしたら壊滅、というのはオキナワギクあるある話。沖縄のように庭植えで放任できる地域なら問題ないが、本土では真面目に世話しないと長生きはさせられないと思う。

 背丈の大小、花の形や色などにそこそこ個体差がある植物だが、一般人が見て一目で識別できるほどの差異ではない。そのため選別して増殖流通されている品種はほとんど無い。(過去にはあったがおそらく現存していない)

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 花色は環境によってはかなり濃く発色する系統もあるので、選別交配すれば「赤花」も作出できるだろうとは思うが、実際にやってみたという話は聞いたことがない。

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 オキナワギクは自家不和合、つまり自株の花粉では受粉できないので他株の花粉をつけなければ種子ができない。2系統以上のオキナワギクを栽培している酔狂な方はまずいないので、必然的に実生繁殖をしている方も見かけない。

 花後1ヶ月ほどすると上画像のようなタンポポ的な綿毛ができてくるが、それを採ってみると・・

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 こういう感じでほぼ全部がシイナ(不稔種子)である。たまに発芽力のある種子ができている事があるが、近くに咲いていた同属(アスター属。キク科の山野草に山ほどある)との交雑種子だったりする。余談だが、タニガワコンギク(ノコンギクの矮性系統)との交雑個体が「桃色オキナワギク」という商品名で園芸流通した事がある。

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 同時期に咲くアスター類をすべて圃場から除き、オキナワギクだけを隔離栽培して異系統間で人工交配すれば種子を得る事も可能。

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 気温15~20℃の場合、採り蒔きすると20~30日くらいで発芽してくる。

 上画像は播種後90日。

*2022年追記。播種後11ヶ月で開花した。

 植物栽培は、自分の手元で植物の生活史をじっくり見られる事も楽しみの一つ。栄養繁殖でいくらでも殖やせるような植物であっても、実生してみると色々と発見があって面白い。実生ができれば選別育種も可能。

・・とは言っても鑑賞価値だけで言えば原種デージー(イングリッシュデージー。寒冷地以外では初夏に溶けて枯れるので秋蒔き一年草扱い)のほうが上である。あちらはすでに派手な改良品種があるし「アルムの空」のような原種タイプの優良系統も流通している。あれに対抗して育種を始めたところで勝ち目は無いだろうが、誰かチャレンジするなら応援はする所存である。(協力はしない)

自生地画像はこちら。

南アフリカ少雨地域の植物図鑑

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 必読かどうかは人によると思うが、自生地画像オンリー、オールカラー350ページの本が一般書として出版された事に驚く。「ブルー○ス」の珍奇植物特集とか、植物輸入業者が自費出版している薄い写真集がそのままの濃さで辞典ぐらいの厚さになって殴りかかってきたような本。(ただし各写真のサイズが小さいので写真集として見た場合は迫力に欠ける)

 おそらく多肉植物ブームに乗っかって出されたのだろうが、多肉だけでなく球根、樹木、動物などの画像も多く、どちらかというと「異世界フィールド図鑑」という感じである。多肉マニアよりも、むしろ動植物全般に幅広い興味をお持ちの方に向いている気がする。

 残念ながらラン科(地生種のみ)の記事は2ページに留まる。日本国内で栽培成功例がある種類がいくつか含まれているが、いずれも栄養繁殖が難しく栽培品として現存しているかどうか疑問。

 そもそも南アフリカ産地生蘭の多くは菌依存性が高い。下画像(全部ラン科)も種子であれば入手できない事もなかったりするが、フラスコ培養は可能でもビン出し後は菌共生栽培以外では生かしておくことが困難なランが含まれている。

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 なお、生態や分類については興味深い記事が多数あるものの栽培に関する記事は皆無。要するに園芸書ではない。純真な若者が写真を眺めて「こんな珍奇な植物が世の中にあるのか!」と感動して視野を広げるのが正しい読み方である。

 ちなみにラン以外の植物は日本国内で栽培・増殖されている種類がかなりの割合で含まれており、その一部は普通に通販で買えたりする。逆に言うと、この図鑑に載っていて日本で入手できない種類は園芸的に見て何か問題があると疑ったほうが良い。ほとんどの場合「誰も育てていない」のではなく「先人が試してみたが割が合わなかった」植物である。

 ・・いや、それに関しては挑戦するなとは言ってない。山盗り親株の購入は駄目だろうが、種子の個人輸入なら持続的利用の範疇だろう。まあ苦労を買うようなものだと思うが、若い時の苦労は(無責任発言)

↓ 参考記事

マツバランの「実生」

from Okinawa island, Japan.

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沖縄本島産マツバランの「実生(みしょう)」苗。6年前に書いた記事の個体だが、あれからずいぶん大きくなった。

 マツバランは小分けにして生育を押さえると2号鉢に収まる程度の小苗に留まるし、大鉢植えにして肥料を効かせると毎年大きくなって草丈30cmを超える。画像個体はまだ変身の余地を残している。

 栽培自体は難しくないが、生育が遅くて年単位で観察しないときちんと育っているのかどうかも判らないスローペースな植物である。時間の流れを早く感じるようになった年寄りにはほどよい生長速度だが、若者だったら変化が無さすぎて嫌になると思う。シダなので花も咲かないし・・

 マツバランの変異個体は古典園芸植物「松葉蘭」として流通しているが「鳳凰柳」や「青龍角」のような、原種(青九十九(あおつくも)と呼ばれる)と識別しやすい品種ばかりではない。門外漢にはどれも同じに見えてしまって「全種をコレクションしよう!」というほどの意欲はそそられにくい。

 とは言っても園芸品種について語ると一冊の本になってしまうほど奥が深い植物ではあるし、実際に専門書が書かれてもいる。松葉蘭の怪しい世界をお知りになりたい方はネットでご検索を。国立国会図書館デジタルコレクションで江戸時代の品種図鑑「松葉蘭譜」や「松蘭譜」をご覧いただき、200年前のどの品種が今も生存しているかご確認いただくのも一興。(下は江戸東京博物館の「松葉蘭譜」画像にリンク)

http://158.199.215.21/assets/img/2015/02/b11.jpg

 でまあ画像個体に話を戻すと、この株は棚にあった野生型マツバランの胞子が飛んで、近くの鉢から勝手に生えてきた「実生」(実から生えたものではないが、マツバランの場合は慣習的にそう呼ばれる)である。

 管理人だけでなくマツバランを育てている趣味家の栽培場では、胞子が飛んで思わぬ場所から発芽してくる。「松葉蘭」を栽培している古典園芸屋の棚では観音竹やら万年青やら君子蘭やら、さまざまな古典物の鉢植えから「実生」がニョキニョキと伸びていたりする。 試しに「マツバラン 生えてきた」で画像検索してみたらアジサイとツバキとブルーベリーとアボカドとベンジャミンゴムとカポックとコルジリネ、アロエにガステリアにゲットウギボウシにシマツルボ、あらゆる植物の根本から節操なく生えてきている状況が観測された。

 ところがその一方、マツバランを一般的なシダと同じ手法で胞子蒔きしてもまったく発芽しない。

 普通のシダの場合は胞子を蒔くと、半透明のコケのような物体が生長してくる。

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 この物体は園芸家の間では一般的に「前葉体(ぜんようたい)」と呼ばれている。(前葉体とは何者か、という説明は割愛する)

 一般的なシダであれば発芽直後から光合成して自力で生きていけるので、若干の無機養分(つまり化学肥料)があれば問題なく発育する。フラスコ培養でも無糖の肥料入り寒天で育てられたりする。

 順調に大きくなるとやがて「本葉」が出てきて、普通のシダへと生長していく。(画像は勝手に生えてきたシダなので種名不詳)

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 ところがマツバランは胞子から発芽してしばらくの間は光合成能力が無く、土中に埋もれた状態で周囲にいる共生菌から栄養分をもらいながらリゾーム状の塊(配偶体=一般的なシダの前葉体に相当する)になり長期間(数年?)生長を続け、ある程度の大きさになってから初めて地上に発芽してくるという特殊な生活史を持っている。

 それゆえ東洋蘭などの実生と同様、共生菌が土中にいない場所に胞子を蒔いても新苗はまったく生えてこない。

 ちなみにほとんどの東洋蘭(熱帯シンビジウム系生活史のキンリョウヘンとヘツカランは除く)の初期実生(地下生活リゾーム=俗称ショウガ根、あるいはラン玉)は樹木共生外根菌ーー生きた樹と共生しなければ生存できない菌ーーに寄生して養分を吸収しながら生長する。それゆえ「東洋蘭と相性の良い特定種の菌を根に棲まわせている樹木」の根元に種子を蒔かなければ苗が得られない(と推測されている。正式に調査した報文はまだ無いようだが、前記の2種以外で鉢蒔き実生に成功した例は知られていない)

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 上画像はホウサイランの無菌培養リゾームだが、形状がマツバランの根茎と似ている。自然状態でも、こういう正体不明の物体が菌から栄養を吸い取りながら密かに地下で発育を続けている。

 そしてマツバランの共生菌も外根菌と同様に、緑色植物から養分をもらわなければ生きていけない絶対的生体依存菌である。

2009年09月号 (Vol.122 No.5) < Journal of Plant Research | 日本植物学会

 マツバランから分離されているのはグロムス(のグループA)と呼ばれる菌だが、要するに緑色植物からグロムス菌が養分をもらい、さらにグロムス菌からマツバラン幼体が養分をもらう「三者共生系」を成立させなければマツバランの「実生」は不可能なのだ。(余談だがリンドウ科の一部などにもグロムス依存発芽種があり、単独で鉢蒔きすると発芽しない)

 ただしマツバランの共生グロムス菌は、共生相手を厳密に選ぶ東洋蘭の共生担子菌とは違って、節操なくそのへんの緑色植物とかたっぱしから共生関係を結べるらしい。

 イネのような水生植物やアブラナ科アカザ科、特定の共生菌とだけ関係を持つ樹種(東洋蘭が依存するのはこのタイプ)などグロムスと共生する能力がない植物グループ(ラン科もそっちのほう)もあるものの、なんと陸上植物の8割はグロムス菌を根に棲まわせる能力をもつ「アーバスキュラー菌根植物」(マツバランはこっちのグループ)なのだそうだ。

 そして寄主の膨大な種類数に比して植物の根に棲んでいるグロムスの種類数のほうはむちゃくちゃ少なく、Wikipediaの記述によれば報告されているのはまだ150種程度だという。しかも植物種/菌種の組み合わせがゆるく、1種類の植物に対してさまざまなグロムスが共生能力を持っている。(マツバランからは10種類以上の多様なグロムスが分離されている)

 つまり相手を選びまくるラン科とは比べ物にならぬほどマッチングが楽である。乱交パーテ・・いや何でもないです。

 それゆえマツバランと共生できる菌はそのへんの植物の根にも普通に棲んでいる可能性があり、観測事実もその推測と矛盾しない。・・あれ? もしかして陸上植物の8割が実生床に使える感じ?(要検討。多くの植物種は菌がいなくても生育が可能なので共生菌がついていない個体もある。またグロムスは抗菌剤に弱いので薬剤散布が多い鉢だと駄目っぽい)

 ちなみにリンドウ科の半菌依存種フデリンドウとハナヤスリ類では、自生地に混生する他の植物と、菌根菌が共通である事が実際に確認されている。

https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-20370031/20370031seika.pdf

 でまあマツバランの「実生」は何もしなくてもそのへんの鉢から普通に生えてくるのだが、意図的に「実生」ができないのは育種屋としてはちょっと癪に触るのである。

 菌依存性のランが普通に無菌培養できるのだから、マツバランもその気になれば無菌培養できて良い気がする。しかし実際に培養してみたという日本語報文が見つからない。マツバランと同様に菌依存・地下発芽性のハナワラビ(これは含糖培地で胞子発芽までは報文がある)、ハナヤスリ、ヒカゲノカズラなどの培養にも応用できそうなので技術開発に興味はあるのだが、年をとるともう自分でやってみる気力が湧かない。

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 マツバランの枝についた粒々が胞子の入っている胞子嚢。(正確には3つの胞子嚢が集まった胞子嚢群)これが成熟すると破れて粉のような胞子をふりまく。ランの未熟果培養と同じ手法で、裂開前に採取して中身を培養すれば良いのではないかと考えている。

https://www.journals.uchicago.edu/doi/abs/10.1086/337804?journalCode=botanicalgazette

 上記は「マツバラン胞子は硝酸塩と亜硝酸塩が含まれた培地では発芽・生育が阻害され、アンモニウムを窒素源にする必要があった」という英文報告。糖濃度0.2%(むちゃくちゃ薄いが、これは本当に適正濃度なのか?)で暗黒条件、発芽まで6ヶ月。ビン出しの記述は無い。

 ラン科の場合も菌依存度の高い北方系地生種では類似した培養特性の種類がある。そういうランの幼苗は多数の有機栄養素(アミノ酸、ビタミン、生長ホルモン類似物質など)を菌に依存していて自力では体内合成できず、酵母粉末やジャガイモなどの天然物を培地に添加しないと栄養障害になってビン出しサイズまで育てられない場合がある。

 マツバランの場合も窒素源をアミノ酸にするなど、北方ランの培養法を応用してみるのも有効かもしれない。違うかもしれないので要確認である。

 あ~~、お若い方、どなたかこの年寄りの代わりに培養してみてはくれんかのう。(他力本願)

オキ「イ」ワチドリ異質3倍体

Amitostigma lepidum 'Tetraploid'  X  Ami.keiskei

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 オキナワチドリ4倍体(大点花)X イワチドリ2倍体。

 母体に4倍体オキナワチドリを使ったためこの個体の遺伝子はオキナワチドリ:イワチドリ=2:1の比率になっている。そのため下記交配種(2倍体 X 2倍体=1:1)よりオキナワチドリの形質が強くなり、葉の枚数も4~5枚ある。

 オキナワチドリの「冬期生長」とイワチドリの「発芽後すぐに開花する」という性質が合わさって秋咲きになったのが興味深いが、鑑賞上は両親に勝る部分は特に無い。不稔なので育種的な発展も望めない。園芸的には意味の乏しい交配だが一応、記録として残しておく。

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 こちらは姉妹株の別個体。ほぼ見分けがつかない。

なお、現在ヒナラン属Amitostigmaはウチョウラン属Ponerorchisに統合されて消滅しているが、当ブログでは過去記事の修正が面倒臭いので旧学名のまま記述している)

木熟空輸ドリアン「猫山王」

今回は番外編。マレーシア産ドリアン完熟生鮮果。

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 日本のスーパーなどで見かけるドリアンはタイやベトナムで栽培されたモントーン(黄金の枕:タイ語)という品種が大部分のようで、未熟なうちに採果され日本国内に輸入後、追熟させてから食する。

 しかし食べるタイミングが早すぎると旨み・甘みが乏しく、遅すぎると不快な酸味が出てきて食べると腹を下す。気温が低い時期だと追熟がうまく進まず、最後まで甘くならないまま腹下し味になってしまったりするので未経験者が購入するには敷居が高い果物である。

 一方でマレーシアの場合、完熟して木から落果してくるまで待って(割れるのを防ぐため枝と果実をあらかじめ紐で結んでおいて地面まで落ちないようにしたり、空中にネットを張っておいて受け止めたりして)収穫し、それを売りに出すらしい。これだとすぐに食べられるが賞味期限は数日のみ、5日たったらもう腐って食べられなくなるという。そのため最近までマレーシア国外には(すぐ隣のシンガポールなどは別として)冷凍果しか輸出されていなかったようだ。

 ところが2019年から中国の富裕層向けに生果実が輸出されるようになり、今年から日本でも空輸直販が始まる事を知った。数量限定の完全予約制、聞いただけでぶっとぶような値段だったが知人達に声をかけて資金を集め、共同購入を試みた。

 こうして到着したのが画像のドリアン。柄のところに乾燥しないように湿らせた脱脂綿が巻かれ、熟度進行を止めるためのエチレン吸収剤と共にビニールパックに封入され、さらに厳重に梱包されたものが冷蔵輸送されてきた。本気感が伝わってくる。

 見てのとおり外見は青くてみずみずしい。タイ産の乾いて黄色くなった果実を見慣れた目には未熟果にしか見えない。タイ産モントーンならこの色のものは中身がまだ固くてサクサク、白菜の芯をかじっているような嬉しくない味がする。

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 モントーンは果実の先端が尖っているが、この品種は先端が凹んでいる。ちなみにこの品種は「猫山王(ムサンキング、マオシャンワン)」という名前である。マレーシア中部グア・ムサン地方の王者、という意味をもつ高級品種だそうな。(グア・ムサンの意味を調べたら「ジャコウネコの洞窟」らしいのだが、猫洞王にするとイメージが悪かったのだろうか。そのへんはよく判らない)

 ドリアンの品種は登録されているものだけでも数百種以上あるらしいが、日本ではモントーン以外の品種はなかなか出回らない。他の品種は種が大きく可食部が少なくて重量比で割高になったり、味や香りが個性的で現地でもニッチな存在だったり、評価が高くても生産量が安定しなかったりするので日本で商品化するのは(現時点では)難しい模様。

 先端から6方向に放射状の線が走っているが、この線から果実が裂開する。一般的なドリアンでは筋が5本で内部も5部屋に分割されているが、画像果実は6分割だった。たぶんイレギュラーな果実だと思う。

 未完熟のモントーンの場合は裂開線が不明瞭で、追熟が進んで果実が自然裂開しはじめる段階になるまでは素手で果実を割くことは難しい。現地レポートでも「ドリアンはナタで割るものです」的な記事が多いのだが、この果実の場合、裂開線に指を当てて少し力を加えたらパックリ裂けた。ネット情報によると、もともと割れやすい品種のようでもある。

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 というわけで素手で綺麗に半分に分割できた。5分割ドリアンでは絶対に撮影できないレアな断面図である。(笑)

 可食部(仮種皮)が少しショボい印象だったが、後述のように種子が萎縮していて食べられる部分が主体だったのでそこそこ満足感が得られた。

  可食部が卵黄色でトロリとした感じなのがこの品種の特徴だそうだ。可食部の色は種類によって(原産地では同属の複数種が栽培されている。「ドリアン(棘の実:マレー語)」というのは日本語で言えば「ドングリ」のような言葉であって単一種ではない。詳しくは Wikipediaを参照)白に近いものから鮮朱赤色(「赤いドリアン」で画像検索すると出てくる))までいろいろあるようだが、代表的な種類ではくすんだ黃白色の品種が多いようだ。

 余談だが、果皮も仮種皮も地味な色のものは熟すと落果してマレーグマなど色覚が鈍い哺乳類を臭気で惹きつけて種子散布させている種類で、仮種皮が赤い種類は樹上で裂開しサイチョウなど視覚優位の生物を種子散布者にしているらしい。

 モントーンであれば可食部は明るい淡黃白色で光沢感は少ない。ぬらぬらした光沢があって卵黄色だったら過熟で腐りはじめている時の色調である。それを思い出してちょっと警戒心がわく。

 試食開始。指で触っただけでくずれるほど柔らかく、口に入れるとそのままとろけていく。食感としてはカスタードクリームに近い。現地での品種食べ比べレポートを読むと、食感に関しては多くのレビュアーが高評価のようだ。

 カスタード以上とも思える濃厚な甘みと、完熟特有のかすかなアルコール風味。さらにビターキャラメルの苦みを強くしたような(不快ではないが)苦さを感じる。ドリアンにはほぼ苦みが無いスイート品種と、強い苦みがあるビター品種があるようだがこれはその中間、ビタースイート品種である。ほとんど苦みの無いモントーンとは明らかに別物。どちらが美味しいかと問われたら好みの問題になってくると思う。

 一部は冷凍して食べてみたが、凍結状態でもカチカチにはならずアイスクリーム感覚で食べられた。しかし凍った状態だと甘みを感じにくくなり、ゴーヤのような苦さがガツンと直撃してくるようになった。ビター品種がお好きな方以外は解凍して室温に戻すか、電子レンジでチンしてから(これは冷凍果実の輸入商が推奨している)食べたほうが良い気がする。ちなみに冷凍の猫山王は(値段を気にしなければ)通販で普通に買える。

 東南アジア経験の多い方が「現地で食べた味だ」と言っていたので品質的には問題無いようだ。日本でもドリアンの多様性の一端が体験できるようになりつつある。

(嗜好品を遠方から空輸する行為は地球に優しくないとか、生産地で自然林が切り倒されて単一品種の大農園が造成中とかいう件についてはここではコメントしない)

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 ドリアンの種子は大粒の栗ぐらいの丸々とした立派なものだが、この果実の場合、種子はすべて萎縮していて数も少なかった。大きなものでも画像のようにほぼ種皮のみで、色も栗色になっていない。健全な種子であれば発芽率は良いようだが、この種子にはおそらく発芽力が無いと思う。稔性に関しては受粉相手にもよるので不稔品種なのかどうかは断定を避けておく。

 ちなみにモントーンも日本に輸入されてくるものは種子の萎縮傾向が強く、健全に発達した種子は少ないが、蒔いてネットで発芽報告をしている方も多い。余談だがドリアンの充実種子は茹でると食することができ、サトイモとソラマメを足して2で割ったような味がする。

 果樹のセオリー通り、優良品種は接ぎ木で増殖されており日本でも優良苗の入手は可能。しかし極端に低温に弱く、土質にうるさく、根が少なくて移植を嫌い、風にも弱く致命的な伝染病があることも報告されており純熱帯の適地以外で育てるのは難しい。

 日本国内では植物園ですら開花結実例は数える程度しか報告されていない。その中で沖縄海洋博記念公園の熱帯ドリームセンターでは2018年から3年連続で人工受粉によるドリアン結実に成功している(検索すれば画像あり)が、栽培適地ではないので果実が美味しく育ったかどうかは定かでない。

 試食会は無事に終了したが、ご存じのようにドリアンは果実香と硫黄化合物臭が混然一体になった強い特異臭を放つ。ものすごく香りの強いバナナの果肉に腐った生タマネギの汁を混ぜたというか、ワキガのお嬢さんが大量のマスクメロンを背負って立っているというか、芳香とも悪臭ともエロいフェロモン臭とも形容しがたい面妖な臭気を発散させる。モントーン種も十分臭いが、あれでも日本人向けの臭いが少ない品種であるらしい。

 試食会の後、部屋に染みついた臭気が3日以上消えなかった。完熟ドリアンは室内に持ち込んではいけない。

*果物関連の記事は最上部の「熱帯果樹」タグをクリックしてください。

Pectabenaria 'Unregistered' F3

((Pecteilis radiata X Habenaria linearifolia) X Hab. lineariforia) X Hab. linearifolia

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((サギソウXオオミズトンボ)Xオオミズトンボ) X オオミズトンボ。

 

 知人が某業者バックヤードにて撮影した画像を転送してもらった。(公開許可済)

 地生蘭の場合、遠縁交配の種間雑種はほぼ不稔になる。しかし親種の花粉をかけて戻し交配するとごく希に発芽力のある種子ができる事があり、くりかえし片親の花粉をかけ続けるとどんどん原種に近くなっていって4世代目ぐらいに稔性が回復する・・というパターンが多い。

 ・・のだが、サギソウXオオミズトンボの場合は何世代たってもほぼ不稔のままらしい。むしろ世代を重ねるほど異数体っぽい奇形個体ばかりになってきて栽培できなくなってしまうそうだ。画像個体はようやく育った最後の一株だそうだが稔性はほぼゼロ、性質もたいへん虚弱で栄養繁殖による維持も無理っぽく、これ以上の継代は断念したとの事。

 一応データとして公開しておくが、園芸的成果は得られなかった模様。

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