Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

大正期・沖縄工芸の植物装飾

flower vase, 100 years ago.

made in Tuboya, Okinawa, Japan. 

 100年ほど前に沖縄本島・壷屋地区で作られた花瓶。

本土の骨董商から「ヤシの木の壺」として入手したもの。

 こちらは別の骨董商から入手した同時代の壺。植物に詳しい方ならすでにお判りだろうが、これはヤシの木ではない。バナナの木である。(バナナは草本なので木と呼ぶのは間違いだという意見もあるが、細けぇ事はいいんだよ)

 最初の花瓶、裏側の植物装飾。これも「ヤシの木」とされていた。

 沖縄の庭先では普通に見かける木である。本土の方でもこの植物の名前はほぼ全員が知っているはずだが、名称当てクイズに答えられる方は少ないと思う。

 この画像も同じ植物である。こちらのほうが種名が判りやすいだろうか。

 

 正解はパパイヤの雌木。パパイヤは木ではなく草本だという意見もあるが、細けぇ事は(略

 パパイヤの木 - Google 検索

 昔は種子から育てたら雄木になって切り倒したりしたものだが、最近はメシベがある突然変異オス系統(両性花、一本だけで結実)や単為結果性の(オス木が無い場合は種無しになる)メス木クローン苗が流通するようになっている。

 余談だがパパイヤはムチャクチャ生育が早く、ある程度育った苗を植えれば4ヶ月くらいで実が生り始める。本土では寒くなると枯れるので露地で完熟パパイヤを得るのは無理のようだが、(タイ料理のソムタムの材料にする)青パパイヤであれば普通の畑で収穫可能らしい。一年草扱いの夏野菜として栽培が広まっている模様。

 で、壺の話に戻る。これらの壺は、本体の成形技術を見ると熟練のプロの技が感じられる。ところが加飾は稚拙というか、はっきり言って小学生の夏休み工作レベルである。そのアンバランス感が尋常ではない。

 素人陶芸教室でプロと子供が一緒に作った? いや、そうではない。こういう製品が美術品として大量流通していた時代があるのだ。

 これについて説明するには、大正時代の沖縄陶芸史の話から始めねばならない・・あ、長くなるので興味の無い方は飛ばして先に進んでください。

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 明治維新廃藩置県。それに続いて明治12年琉球王国は日本に併合された。(この時に清国への朝貢が強制終了されて日清戦争の要因の一つになるが、その話は置いておく)

 薩摩藩への強制従属と貿易統制が消滅し、新生沖縄県と本土の間で自由な商業取引が始まった。

 陶磁器産業も例外ではなく、本土の工場で量産された安価な磁器が大量に流入してくるようになった。無骨な沖縄陶器の需要は落ち、非効率な手作り生産では価格的にも対抗できない。琉球王府の定期的なお買い上げ、官窯としての保護育成も消滅して沖縄の陶工達には夢も希望も無くなった。

 そういう状況を打開したのは、沖縄に移住してきた本土出身の寄留商人であった。

「非効率な手作り製品しか作れないなら、本土では非効率すぎて作れないモノを作って売ればいいんじゃね?」 

 まさに逆転の発想であった。

 

*この項書きかけ。今月中に追記予定。

過去記事まとめ(オオミズトンボ種間交配)

2014年の原種親から、今年度(2022年、交配第3世代)までの経過。

Habenaria sagittifera

原資1:交配母体のミズトンボ、栽培下増殖個体。2014年、関東某所にて撮影。

ミズトンボの花のアップ。

 

Habenaria linearifolia

原資2:花粉親のオオミズトンボ、栽培下増殖個体。2014年撮影。

↓ 過去記事

 

Habenaria sagittifera X Hab. linearifolia = 50% sagittifera

ミズトンボ♀ X  オオミズトンボ♂ = 50%ミズトンボ(仮称チュウミズトンボ)

2017年撮影。

 

50% sagittifera X Hab.linearifolia = 25% sagittifera

50%ミズトンボ X オオミズトンボ =25%ミズトンボ(仮称ヤヤミズトンボ)

2019年撮影。

 

25% sagittifera X Hab.linearifolia = 12.5% sagittifera

25%ミズトンボ X オオミズトンボ =12.5%ミズトンボ(仮称ワズカニミズトンボ)

2022年、撮影者から送ってもらった画像(今回初撮影、公開許可済)。コロナ流行のため取材に行けず詳細不明。

 

 栽培担当者がこういう交雑種をなぜ作っているのか、理由については過去記事を参照。

 

 余談だが動物の場合、核内にある遺伝子は両親から均等に受け継がれるが、核外にある細胞質遺伝子(ミトコンドリアDNA)は母親からしか受け継がれない。

 そのため他種の血が混じっている個体の遺伝子解析をする場合、核DNAを調べるか、ミトコンドリアDNAを調べるかで鑑定結果が別物になることがある。(前者は一代ごとに両親の遺伝子が混ざり合っていくが、後者は「突然変異がおきない限り」母親と同じ遺伝子が代々伝わっていく)

 被子植物でも核外遺伝子(葉緑体DNA、ミトコンドリアDNA)は一般的には母親だけから受け継がれるが、母系遺伝の縛りがゆるく、なぜか父親の核外遺伝子がごく一部だけ混入して受け継がれていることもあるらしい。

 さらに調査された被子植物のうち2割以上で、核外遺伝子が母系遺伝ではなかったそうだ。核内遺伝子と同様に両性遺伝だったり、動物とは逆に父親からだけ受け継がれたり、葉緑体ミトコンドリアが別々の親から受け継がれたりする種類もある模様。

被子植物の細胞質遺伝:https://www.jstage.jst.go.jp/article/plmorphol/23/1/23_1_25/pdf/-char/ja

 上記論文にはシュンランの場合ミトコンドリアは母系遺伝、という記述があるが、ミズトンボ類の細胞質遺伝については調べても情報が見つからなかった。今後の研究に期待したい。

 なお、葉緑体には葉色や光合成能力、ミトコンドリアには耐暑性などに関わる調節遺伝子が存在するので、別種の核外遺伝子を持つ個体は(核内遺伝子が同一でも)栽培しやすさが違ってくる可能性がある。母親・父親(および遺伝形式)の情報は重要である。

参考:人のミトコンドリア病(指定難病21) – 難病情報センター 

速報:ヤフオク、9月から国内野生生物の出品禁止

絶滅危惧種まで含め、レッドデータ種の個人出品がすべて禁止される模様。

auctions.yahoo.co.jp

 今後、環境省のレッドデータ指定種は ①人工増殖品のみ、②ストア出店者に限り出品が認められる。(出店契約時に登録審査あり。出品時には繁殖環境の画像提示が条件(取引時の注意点を参照))

 特定第一種国内希少動植物種など、国から販売許可証を得ている場合でも個人出品は一律禁止。

 古典園芸種の寒蘭とか富貴蘭とかも、ストア以外は出品できなくなる?(管理人は同種であれば一律規制と予想)

 長生蘭(セッコク環境省指定なし、37都道府県指定のみ)なら出品してもいいのか?(要確認、追加情報待ち。なお、指定種でなくても山盗り直売などは運営判断でアウトになる模様)

 「品種メダカのように一目で改良・人工交配種だと判るようなものは規制外」という未確認情報も流れているが真偽不明。(事実上黙認、という事はあるかもしれないが、正規に問い合わせれば「ストア登録しろ」と言われそうな気がする

 野生種と見分けがつかないサギソウ青葉や原種ウチョウラン類は、出品激減が予想される。

 そのへんの庭で殖えているシランも、野生では準絶滅危惧なので出品禁止という事になる。

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サギソウ「飛翔4世」

Pecteilis radiata 'Hisho-fourth-generation'

 今回は過去画像の整理。以前に本土(関東南部)某所で撮影してきたサギソウの獅子裂き品種「飛翔」の交配実生、4世代目。

 全体像。「飛翔」を花粉親にして、東北産の早咲き個体、園芸選抜品の背丈の低い個体などを交配していって曾孫世代に生まれた個体。

「飛翔」と比べて茎が太くてずんぐりした姿になっており、花期は「飛翔」より一ヶ月ほど早い。

 作出者は「全体にもっさりした印象で、サギソウの優美さが消えてしまっている。鑑賞的には普通のサギソウのほうが完成度が高いと思う」と語っていた。

 普通の人は「普通のサギソウ」がどんな形か覚えていないので、この花を見せても違いが判らず「サギソウってあちこちで見かけますね」という反応になるそうだ。

 以下、どこが違うか解説しておくが、ムダ知識なので普通の人が読む必要は無い。マニア以外はここで解散とする。

 

ーーーーーーーーーー立ち入り不要ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 まず基本知識として真祖である「飛翔」の話。(蘭ヲタクはすでに知っておられると思うので読み飛ばしていただきたい)

「飛翔」は昭和末期に選別された変異品種で、本来ならば緑色をしている萼片(がくへん)が花弁化して白くなり、特に側萼片の下半分は唇弁と似た形に変化し大きく広がっている。

 昭和末期に、関西地方の趣味家の間で秘蔵品となっていたものを東京山草会の三橋俊治氏が入手した。それ以前の来歴については記録が残っていない模様)

 その後、三橋氏が監修した「野生ラン変異辞典」(1985年)の表紙に選ばれ、この時に「無銘で出すには惜しい逸材と思い命名した」(三橋氏のブログ、2013年9月15日記事より引用)との事。 

「飛翔」の花茎は細い。

 上画像も同書からの引用。「西日本の産と思われる」とあるが、花期がかなり遅い(関東で8月下旬頃)事も西日本産の性質と一致する。唇弁は丸く小さくまとまっていて、対比で側萼片が目立つ。

 発表当初は(野生蘭ブームの頃だった事もあって)驚くような値段で取引されていたが、そのうち生産業者の手に渡って大量増殖されるようになり、平成末期頃にはガーデンセンターで普通に売られる普及品種となった。

 2022年時点ではサギソウ増殖業者の撤退によりかなり品薄になっているが、まだ流通が完全に途絶えてはいない。栽培者が多いので絶種する危険性は低いと思うが、来年以降の流通量・値動きがどうなるかは予想が難しい。

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 この「飛翔」を交配親に使ったらどんな子供ができるの? というのは普通に考える事だろうが、実際にやってみる人が出てきたのは平成20年代になってからである。

 「飛翔」は柱頭(ちゅうとう:普通の花のメシベに相当する部分)が無く、子房は退化していて種子ができない。花粉親には使えるが遅咲きなので、一般流通している他品種とは花期が合わない。実際に交配するのはかなり面倒臭いのだ。

 一般的には花期が合わない場合「花粉を冷蔵庫や冷凍庫に保存しておいて交配に使う」のがセオリーである。(管理人は経験が乏しいので、具体的な方法は各自で検索していただきたい)

 しかし他個体の花粉を保存しておいても「飛翔」にかけて種子を得る事は不可能。かといって「飛翔」の花粉を翌年まで保存しておくのは鮮度的に成功率が下がる。

 直接交配するには関西系の遅咲き個体を入手して花期をそろえるか、早咲き系統の球根を冷蔵庫で保存して芽出し~開花の時期を遅らせるか、もしくは「飛翔」の球根を加温して芽出し~開花を早めるか、の三択になる。すげー面倒臭いわ、はっはっは(普通の人はここで帰る)

 でもやるんだよ! でやってみたのが東北大学の研究グループである。

(報告のプレスリリースと要約文のリンクを貼っておくが、専門用語の羅列なので普通の人はパスしておいてほしい。「ラン科の花器発生にはクラスA、B、Cに所属する制御遺伝子だけでなく唇弁形成にAGL6類似遺伝子による制御も加わっており、ラン科独自の特殊なABCモデルWikipediaにリンク)が作り上げられている」・・管理人は用語を調べて意味を解読するのに一週間かかった。ABCモデルが提唱されたのは平成3年、高校教科書に載ったのはさらに10年後くらいなので、年寄りは概念すら習っていない)

ラン科植物サギソウにおける獅子咲き変異の原因遺伝子特定

上記リンクの内容を判りやすく言うと、

「『飛翔』は花の形を決める遺伝子の1個(1ペア=2個ある遺伝子の片方)の構成にバグがあって、本来なら花弁とオシベを形作る時にしか働かないはずの遺伝子が暴走し萼片とメシベ(柱頭)の形をバグらせている」

「他株と交配した場合、バグった遺伝子を受け継いだ実生は獅子咲きになる。ノーマルな遺伝子を受け継いだ実生は標準花になる。つまり獅子咲きは顕性(優性)遺伝する。標準花と交配した場合、子供世代の獅子咲き出現率は50%」

 全然判りやすくないって? まあ意味が判らなくても支障は無い。一生知らなくても困らない無駄知識である。 

・・でまあ、東北大の先生がたはここで帰ってしまった。3年以内で論文を書かねばならない職業研究者はいつまでも交配実験を続けているほど暇ではない。

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 そして暇な男が関東にいた。彼は実生F1個体を花粉親に使って、孫世代にどんな花が咲くか確かめてみたのである。

 孫世代でも獅子咲き:標準花=50:50。まあ予想通りの結果である。しかし彼は孫実生の中に、ごく少数ではあるが「柱頭のある獅子咲き」が混じっている事に気がついた。

 左が普通の飛翔タイプ。花粉はあるが柱頭(メシベ)が無い。花粉の両側にある褐色の部分は退化した葯室(花粉塊を収納している部位。普通の花のオシベに相当する)。バグった遺伝子の暴走で萼片は花弁になり、メシベがオシベに変化している。ABCモデル理論に沿ったセオリー通りの変化である。

 そして右が柱頭のある飛翔タイプ。理論通りならメシベができるはずがない。

 さらに萼片や柱頭が中途半端に変化して、ノーマルと飛翔の中間型のものも現われた。

 この花の場合は向かって左だけがノーマル寄り。この個体は生育状況によって変異の強弱が変化し、両側ともノーマル寄りになったり、完全な獅子咲きになったり安定しないそうだ。

 これは1個の遺伝子の暴走では説明がつかない。子実生には出現せず、孫実生のごく一部のみに見られる形質。ここに何か未解明の要素がある。

・・などという小難しい考えは彼の頭には無かった。彼が思ったのはごく単純な事であった。すなわち

 

「柱頭があるんなら、交配母体に使えるんじゃね?」

 

 しかし獅子咲き個体は、柱頭があっても子房はかなり退化している。そんな株が母体になれるのだろうか? 結実する可能性は低いのではないか?

 それでもやってみるのがちょっとおか・・常識にとらわれないチャレンジャーの心意気である。

 

 まず試してみたのは

「有柱頭の獅子咲き X 無柱頭の獅子咲き」=獅子咲きシブリング。

普通なら不可能な交配である。はたして実生はできるのだろうか?

 はい、できました。シブリング実生。

獅子咲き X 獅子咲き=獅子咲き出現率75%。

 

 獅子咲きのうち3分の1には獅子遺伝子が2個あるはずだが、外見的にはどれも同じで識別はできなかったとの事。ちなみにこの交配F3では有柱頭の獅子咲きは出現しなかったそうである。

 その後いろいろ交配が試みられて冒頭の個体に至る。ここでもう一度よく見てみよう。普通の「飛翔」と少し違いがある。

 おわかりいただけただろうか。

 冒頭画像で「柱頭がある」と気がついた方はどれぐらいおられるだろうか。かなりのマニアでも「ふーん、飛翔って実生で遺伝するんだ」程度の認識ではあるまいか。

 さらに一般流通品種と同時期に開花するよう育種されている。花粉しか使えない変異品種との交配も可能になった。交配親としての使い勝手は大幅にアップしているのだが、説明無しでは判らない。

 ・・まあ、交配育種に興味の無い方には「だから何?」と言われてしまう話ではある。

 上画像は冒頭個体と同交配の実生姉妹。唇弁が大きく横に開いた個体を選別し「飛翔」との識別化を図っている。

 上画像の花を上から撮影。この個体も柱頭がある。

 これらの交配実生を使ってさらに育種の進展を・・と言いたいところだが、育種者は昨年に病気で入院し、栽培品はすべて失われたそうだ。今回は彼の公開許可を得たので、お盆に合わせて今は亡き花々の供養をしておく。

 入院前に若干の苗が外部に譲渡されていたそうだが「飛翔』ってどこでも売ってますよね」的な評価だったそうで、栽培品として残っているかどうか定かではない。

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オキナワチドリ「多点系」

Amitostigma lepidum (Ponerorchis lepida) 'Blotch form'

 オキナワチドリ多点花。市販の交配実生をがっつり肥培し、肥料に反応して大輪化する個体を選別したもの。

 大輪系は肥培すると見違えるほど花が大きくなる。逆に言えば大輪品種でも、体力が無い株はものすごくショボい花しか咲かない。

 管理人は以前には「これは大輪系だ」という個体を探し出して殖やし、あちこちに配って「この株なら交配親に使えます」と言って育ててもらおうとしていた。

 が、育種選別物は大量生産品のウチョウラン交配実生のパチモン扱いされてしまった。「最近はこういう花、どこにでも売ってますね」と言われてしまい、真面目に育ててくれる方がいなかった。むしろ山採りの旧銘品のほうが(栽培技術の無い方でも持っているだけで所有欲が満たせるので)コレクトアイテム的な人気があった。

 そして性質に癖のある旧銘品をまともに育てられた人は数えるほどしかおらず、技術蓄積の無い若い方はほぼ維持できなかった。一方で丈夫な交配実生は気軽に「捨て作り」にされ、誰も交配親に使ってはくれず、殖やしても「その先」には何も残らなかった。

過去記事 ↓

オキナワチドリ「虹系」

Amitostigma lepidum ( Ponerorchis lepida) 'Spotless with Picoty form'

オキナワチドリ無点ぼかし花。通称「虹系オキナワチドリ」。

 「虹」というのはウチョウランの旧銘品で、無点ぼかし花という品種がまだ存在していなかった(正確にはほとんど知られていなかったので、ジャンルとして存在していなかった)時代に突如として登場し、「虹系」という新ジャンルを創設した歴史的品種。

 上画像は2006年出版の「山野草マニアックス Vol12.「特集・ウチョウラン 銘花の軌跡」からの引用。(文中のサツマチドリ「白光」は「白晃」(純白花)の誤記だと聞いているが裏付けをとっていない)

 よく見ると唇弁の奥に小さな斑紋があり、厳密には無点ではなく準無点だが、まあマニア以外は気にしないで良いと思う。

 上画像も同書からの引用。こちらが「虹」の交配親となった野生個体「翁」。

 昭和後期はウチョウランエビネなどの日本産野生ランの栽培がブームになり、野生由来の変異個体が驚くような高値で取引された。

 下画像は1990年「『自然と野生ラン』2月号増刊・’90年度版ウチョウラン・チドリ類市場価格情報」からの引用。さて、「虹」のお値段は・・

 800円000銭ではない。80万円である。1球で。

 ちなみにこの時点で紅一点花「紅光仙」は1球350万円。

 何だそりゃ、と思うかもしれないが、良花を実生作出すれば1球10万円で飛ぶように売れた時代である。最高クラスの交配親は競馬で言えばダービー制覇した種牡馬並みの価値がある。

ライバルを蹴落として1年でも早く入手せねば金儲けのチャンスに乗り遅れるっ!! 350万なら35本の苗が売れれば回収可能っ! 漢ならァァ~~ここで全財産突っ込むぜえええぇぇっ!!!>

 時代の空気というか、高度成長期のバブリーな香りが濃厚に漂っている。17世紀ヨーロッパのチューリップ・バブル - Wikipediaごとき様相である。

 そしてこの時代から30年以上。大量増殖技術が確立され、品種改良も爆発的に進み、ウチョウランは完全に園芸植物となっている。この間の血と汗の歴史は今回は省略。

 なお、現在では「虹系」は無点ぼかし花というジャンルを示す言葉になっており、虹系と呼ばれていても必ずしも「虹」の血縁個体ではない。イワチドリやオキナワチドリの「虹系」も花色が似ているからそう呼ばれているだけで、ウチョウランの血は入っていない。

ウチョウラン 虹 - Google 検索

 今でも種牡馬級の個体はそれなりに高価だが、高くても10万円台というところだろう。普及レベルであれば数千円、フラスコ出し小球根であれば1球数百円ぐらい。もはや馬刺し程度の値段である。気軽に買って飾ったあとは気軽に枯らす「普通の鉢物」として流通している。

 値段が安くなったので野生ウチョウランの狂ったような乱穫は無くなり(ゼロにはなっていないが、もともと断崖などに生える植物なので危険をおかしてまで採りに行く人がほぼいなくなった。ブームの頃はロープを使って採りに行って滑落死したという話がたまにあった)自生地が保全されるようになった。とりあえずは良き事ではある

 が、そうなるとウチョウランを真面目に育てるモチベーションが下がる。それでいて栽培はクソ面倒なので、試しに育ててみた新規参入者はほとんどが撤退し、二度と戻ってこない。

 仮に本気で惚れ込んだとしても、安定した栽培をするためにはガチの栽培設備、すなわち「蘭舎」が必要になる。土地付きの一戸建てでないと蘭舎は作りにくいし、集合住宅のベランダなどに作っても湿度調整が難しく栽培成績があまりよろしくない。

 小型地生蘭は地面の上に作った栽培棚で育てている時は何も苦労していなかった方が、改築で作場を2階に移動したら作が落ちた、5階に引っ越したら壊滅した、というような話も珍しくない。

 言い方を変えると、一戸建てが買えるような安定した収入があり、転勤も無く、自分が留守の時には代わりに水をかけてくれるような家族も同居している・・というような昭和的な状況でないと、きちんと作をかけられる長期栽培は(できなくはないが)ウチョウランの場合には難度が上がる。

 令和時代の若い人ならアパートのワンルームで室内管理できて、少しぐらい留守をしても枯れたり飢え死んだりしない動植物を趣味として選ぶのが普通だろう。

 というわけでウチョウランをガチで育てている趣味家は減る一方、ブーム時に雨後の筍のごとく設立されたウチョウラン愛好会は高齢化と新規入会者の減少で次々に自然消滅。年寄り連中が意地と惰性で育て続けている旧銘品コレクションも、次の世代では残っているかどうか怪しい。だって若い方々に40年育て続けるほどの思い入れって、ありますか? アグラオネマとかは40年後にジジイが思い出を語ってそうだけども。

 ウチョウラン生産業者はニワカ消費栽培者にほどよい値段の苗を大量供給することで商売を継続しているが、業者のほうも(こういう事を言ったら失礼なのは重々承知だが)いろいろ厳しくなってきている部分がある。

 「ウチョウランってこんな小さいのに1本500円もするの!?」みたいなお客様ばかりになってしまうと、やる気もおきないだろうと思う。1本300円の儲けが出たとしても、1万本売れて300万円。年収がこれだとバイトの給料すら払えない。あなただったら後継者になりたいですか? (これは今の日本で後継者になりたい仕事がどれだけあるかという普遍的な悲観論であって、生産業者さんに喧嘩を売っているわけではない。個人的には専業でなくても良いので生産を継続していただきたい)

 まあ、原種とか旧銘品の保存はともかく、園芸植物としてのウチョウランはそれなりに需要があるのでいきなり流通がゼロになることも無いとは思う。しかし、過去には市場に溢れていたトキソウやサギソウが生産業者の廃業で流通量が壊滅的に減っている(今年はガーデンセンターなどにほぼ入荷していない模様)のを見ると趣味家は楽観視してはいけない気がする。どこにでもある鉢物だったトキソウ白花が、下手すると絶種するんじゃないかという状況である。

 超高級品は大事にされるので意外と残るが、一度値段が安くなると遊び潰されて消費されてしまうので、誰かが意識的に残さないとまるっと消えて無くなる。工業製品と違って種親が絶えてしまうと再生産できない。いつまでも あると思うな 親と蘭。

 さて、ここで話をオキナワチドリ虹系に戻す。今回の個体の作出記録がこちらである。(画像クリックで拡大)

 原資10個体のうち、8個体が亡き師匠の栽培品、もしくは発見・栽培に関与した個体。まだ沖縄本島に数万本単位の自生地が残っていた時代に、師匠が休日をすべて使って探索・収集した遺伝子コレクションの一部である。(ちなみに師匠から受け継いだ個体を某植物園に寄贈を申し入れたことがあるが、維持管理のできる学芸員がいないと言われて断られた)

 上画像は2004年に沖縄本島の某所で撮影した自生地画像。当時は見渡す限り延々とオキナワチドリが咲き乱れる草地が本島のあちこちにあって、変異個体以外は採る気もおきない雑草だった。ところが今では島中を探し回っても並花1本を見つけることすら難しい。かろうじて生き残っている自生地が毎年消えていって、個体数が殖えている場所は見当たらない。

 これから20年後にはどうなっているか・・「昭和の頃には東京都世田谷区にサギソウの自生地があった(世田谷区の区花になっている)」というのと同じように、完全に昔話の存在になっているだろうか?(余談だが世田谷サギソウは三軒茶屋産の1個体だけ栽培下で現存しており、たまにネットオークションに出てきて万単位の値段がつく。ちなみに花型は標準以下である)

 本島産オキナワチドリがガンコラン(千葉県産の非アワチドリ型ウチョウラン)並みの貴重品になる日が来るなど、想像すらしていなかった。

 

ーー 園芸植物は野生個体の採集から始まる。山採りは必要悪であり、完全否定すれば園芸植物の創出はありえない。しかし園芸化をしない・できない人間が山採りを手に入れて社会に何一つ還元できないならば、栽培者は公共財産を盗んだ泥棒になってしまう ーー

 この思想を肯定するか否定するかは読者の判断におまかせしておく。ともあれ、管理人は師匠の考え方に共感を覚えた。オキナワチドリの園芸化は山採り個体を譲り受けた者の責務だと思い、自家生産オリジナルの交配育種を進めていった。その結果が冒頭の画像である。

 記録を見ると交配5世代目でこの個体が作出されている。いろいろな動植物のブリーダーに話を聞いてみると、育種に結果らしきものが出てくるのは早くても野生個体から数えて3世代目以降、だいたい4~5世代目で目に見える成果が得られる・・というのが定番らしい。逆に言うと、こういう感じで5世代にわたって飽きず腐らず交配に執着しないと結果が出せないという事になる。

 ・・と説明すると一般の方は引いてしまうと思うが、最近はオキナワチドリでも5世代目以降の交配実生が普通に流通している。1株買ってきてセルフ実生するだけで(親株として当たりの個体であれば)一発で銘品クラスの個体が出る。親株にふさわしい個体を見つけ出して手に入れられるか、というだけの話になっている。

 交配図中、最下の画像を拡大してみた。今回紹介した虹系個体、実生初花の画像である。

 比較スケールを入れていないので判りにくいが、この時点では唇弁の横径は10mm程度。円弁ではあるが大きさ的にはほぼゴミである。野生個体でも花径15mm程度の個体はあるし、ウチョウランであれば500円玉(直径26.5mm)サイズの花はそれほど珍しくない。この花が店頭で売っていても皆さんは素通りするだろう。

 しかしオキナワチドリはイワチドリやウチョウランと違って、植物体のサイズに比例した大きさの花を咲かせる性質がある。大輪系統でも小株だと野生並花に劣る花を咲かせるので、がっつり肥培して「本芸」を出すまでは正しく評価できない。では肥培してみましょう。

 はい、20mmを超えました。花の面積は初花の4倍。これが冒頭の画像の花である。ちなみに2013年が初開花なので、現時点ではすでに2~3世代前の旧品種になる。

 管理人の知る限りでは、今年流通しているオキナワチドリの最大品種の花径は約25mm。もうちょっとで500円玉サイズである。

 いや、そんな品種は売っているのを見たことないぞ! とお思いのあなた。大輪品種はがっつり肥培して「本芸」を出すまでは並花以下なのですよ。二束三文で売り飛ばされる無銘実生がそういう管理をされていると思いますか? ほら、あなたの目の前にあるんですよ。未選別のうちは並花と同じ値段ですけれど。

 大輪オキナワチドリ虹系には多数の系統があるが、数年前からそのうちのどれかが流通している模様。SNSなどで「なんか変わったオキナワチドリ買ったよー」みたいな報告が散見されるようになった。

 が、それを作り込んで本芸の株立ちにした、という話を一度も見聞きしていない。おそらく園芸ウチョウランと同様に飾り捨てにされているのだろうが、真価を発揮することなく衰弱死しているならば残念な事ではある。

 オキナワチドリは需要が少ないので、もともと専門の増殖業者は存在していない。アマチュア趣味家の増殖苗がほそぼそと流通するに留まっていたが、ガチで栽培していた趣味家が次々に亡くなり、新規交配品の作出・供給は完全にストップしている。今の流通苗は業者のバックヤード在庫が少しずつ放出されているだけのようだ。

 おそらく遠くない将来、オキナワチドリは(一部の斑入り品種を除いて)市場からまるっと姿を消すだろう。

 管理人も数年前から育種は辞めて、栽培品の断捨離を進めている。育てたがる趣味家は山ほどいるが「消費者」しか新規参入してこないので、苗を提供しても意味が無い。試合終了である。

 栽培品として残すには対象植物が誰にでも育てられるか、増殖できるハイアマチュアが複数いるか、業者が継続的に増殖して市場供給するか、少なくともどれか1つの条件を満たさなければならない。そしてオキナワチドリに限らず、野生ランでその条件を満たしている種類はきわめて少ない。

 管理人が自分一人でできるのは、残された時間で少しでも情報を書き残しておく事ぐらいだろう。まあ、それすらも紙媒体でなければ長くは残らないのだが。

 実物を残したかった。オキナワチドリを皆に大事にされる植物に育てあげて、自生地が滅びても人と共に生きていけるようにしたかった。

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南アフリカの地生蘭(某所で売ってます)

Satyrium erectum

from South Africa

 サティリウム・エレクタム。画像個体は日照不足でだらしない姿になっている。真の姿は画像検索されたし。(下方リンク、パシフィック・バルブ・ソサエティのサイトに自生地画像あり)

 南アフリカの小雨地域に自生する冬緑性の球根性地生蘭。花は桜餅のようなほんのり甘い香りがする。耐寒性は低いので本土では温室管理が必須だが、それほど高い温度は要求しない。雑な言い方をすれば、好適環境はオキナワチドリと極端な差は無い。

 南アフリカ産の多肉植物の管理温室がジャストフィットするが、地生蘭は栽培が面倒臭いので多肉屋は手を出さない場合が多い。さりとてラン屋だと「着生種・熱帯種用のムレムレ高温室」か「東洋蘭・夏緑性温帯蘭に合わせた低日照の越冬場」あるいは「屋外」しか選択肢が無い場合が多く、中間温度帯で冬緑性のランは置き場所に困るようだ。

 そういうわけで性質自体はそれほど弱くはないのだが、育てている趣味家は非常に少ない模様。また、ほとんど分球しないので栄養繁殖のみで長期維持していくのは本質的に難しい。

 種子の無菌培養は(事前に情報を知っていれば)簡単。日本国内で栽培例のあるサティリウム属はほぼ全種、現地採種種子を輸入して国内で培養育成されている。本種は開花サイズの苗もごく少数のみ流通しているが、1株だけ購入して自家受粉で殖やしても近交弱勢の壁がある。定期的に輸入して系統数を増やしていかない限り、日本国内で維持していくのは困難だと思う。

↓参考サイト

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