Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

木熟空輸ドリアン「猫山王」

今回は番外編。マレーシア産ドリアン完熟生鮮果。

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 日本のスーパーなどで見かけるドリアンはタイやベトナムで栽培されたモントーン(黄金の枕:タイ語)という品種が大部分のようで、未熟なうちに採果され日本国内に輸入後、追熟させてから食する。

 しかし食べるタイミングが早すぎると旨み・甘みが乏しく、遅すぎると不快な酸味が出てきて食べると腹を下す。気温が低い時期だと追熟がうまく進まず、最後まで甘くならないまま腹下し味になってしまったりするので未経験者が購入するには敷居が高い果物である。

 一方でマレーシアの場合、完熟して木から落果してくるまで待って(割れるのを防ぐため枝と果実をあらかじめ紐で結んでおいて地面まで落ちないようにしたり、空中にネットを張っておいて受け止めたりして)収穫し、それを売りに出すらしい。これだとすぐに食べられるが賞味期限は数日のみ、5日たったらもう腐って食べられなくなるという。そのため最近までマレーシア国外には(すぐ隣のシンガポールなどは別として)冷凍果しか輸出されていなかったようだ。

 ところが2019年から中国の富裕層向けに生果実が輸出されるようになり、今年から日本でも空輸直販が始まる事を知った。数量限定の完全予約制、聞いただけでぶっとぶような値段だったが知人達に声をかけて資金を集め、共同購入を試みた。

 こうして到着したのが画像のドリアン。柄のところに乾燥しないように湿らせた脱脂綿が巻かれ、熟度進行を止めるためのエチレン吸収剤と共にビニールパックに封入され、さらに厳重に梱包されたものが冷蔵輸送されてきた。本気感が伝わってくる。

 見てのとおり外見は青くてみずみずしい。タイ産の乾いて黄色くなった果実を見慣れた目には未熟果にしか見えない。タイ産モントーンならこの色のものは中身がまだ固くてサクサク、白菜の芯をかじっているような嬉しくない味がする。

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 モントーンは果実の先端が尖っているが、この品種は先端が凹んでいる。ちなみにこの品種は「猫山王(ムサンキング、マオシャンワン)」という名前である。マレーシア中部グア・ムサン地方の王者、という意味をもつ高級品種だそうな。(グア・ムサンの意味を調べたら「ジャコウネコの洞窟」らしいのだが、猫洞王にするとイメージが悪かったのだろうか。そのへんはよく判らない)

 ドリアンの品種は登録されているものだけでも数百種以上あるらしいが、日本ではモントーン以外の品種はなかなか出回らない。他の品種は種が大きく可食部が少なくて重量比で割高になったり、味や香りが個性的で現地でもニッチな存在だったり、評価が高くても生産量が安定しなかったりするので日本で商品化するのは(現時点では)難しい模様。

 先端から6方向に放射状の線が走っているが、この線から果実が裂開する。一般的なドリアンでは筋が5本で内部も5部屋に分割されているが、画像果実は6分割だった。たぶんイレギュラーな果実だと思う。

 未完熟のモントーンの場合は裂開線が不明瞭で、追熟が進んで果実が自然裂開しはじめる段階になるまでは素手で果実を割くことは難しい。現地レポートでも「ドリアンはナタで割るものです」的な記事が多いのだが、この果実の場合、裂開線に指を当てて少し力を加えたらパックリ裂けた。ネット情報によると、もともと割れやすい品種のようでもある。

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 というわけで素手で綺麗に半分に分割できた。5分割ドリアンでは絶対に撮影できないレアな断面図である。(笑)

 可食部(仮種皮)が少しショボい印象だったが、後述のように種子が萎縮していて食べられる部分が主体だったのでそこそこ満足感が得られた。

  可食部が卵黄色でトロリとした感じなのがこの品種の特徴だそうだ。可食部の色は種類によって(原産地では同属の複数種が栽培されている。「ドリアン(棘の実:マレー語)」というのは日本語で言えば「ドングリ」のような言葉であって単一種ではない。詳しくは Wikipediaを参照)白に近いものから鮮朱赤色(「赤いドリアン」で画像検索すると出てくる))までいろいろあるようだが、代表的な種類ではくすんだ黃白色の品種が多いようだ。

 余談だが、果皮も仮種皮も地味な色のものは熟すと落果してマレーグマなど色覚が鈍い哺乳類を臭気で惹きつけて種子散布させている種類で、仮種皮が赤い種類は樹上で裂開しサイチョウなど視覚優位の生物を種子散布者にしているらしい。

 モントーンであれば可食部は明るい淡黃白色で光沢感は少ない。ぬらぬらした光沢があって卵黄色だったら過熟で腐りはじめている時の色調である。それを思い出してちょっと警戒心がわく。

 試食開始。指で触っただけでくずれるほど柔らかく、口に入れるとそのままとろけていく。食感としてはカスタードクリームに近い。現地での品種食べ比べレポートを読むと、食感に関しては多くのレビュアーが高評価のようだ。

 カスタード以上とも思える濃厚な甘みと、完熟特有のかすかなアルコール風味。さらにビターキャラメルの苦みを強くしたような(不快ではないが)苦さを感じる。ドリアンにはほぼ苦みが無いスイート品種と、強い苦みがあるビター品種があるようだがこれはその中間、ビタースイート品種である。ほとんど苦みの無いモントーンとは明らかに別物。どちらが美味しいかと問われたら好みの問題になってくると思う。

 一部は冷凍して食べてみたが、凍結状態でもカチカチにはならずアイスクリーム感覚で食べられた。しかし凍った状態だと甘みを感じにくくなり、ゴーヤのような苦さがガツンと直撃してくるようになった。ビター品種がお好きな方以外は解凍して室温に戻すか、電子レンジでチンしてから(これは冷凍果実の輸入商が推奨している)食べたほうが良い気がする。ちなみに冷凍の猫山王は(値段を気にしなければ)通販で普通に買える。

 東南アジア経験の多い方が「現地で食べた味だ」と言っていたので品質的には問題無いようだ。日本でもドリアンの多様性の一端が体験できるようになりつつある。

(嗜好品を遠方から空輸する行為は地球に優しくないとか、生産地で自然林が切り倒されて単一品種の大農園が造成中とかいう件についてはここではコメントしない)

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 ドリアンの種子は大粒の栗ぐらいの丸々とした立派なものだが、この果実の場合、種子はすべて萎縮していて数も少なかった。大きなものでも画像のようにほぼ種皮のみで、色も栗色になっていない。健全な種子であれば発芽率は良いようだが、この種子にはおそらく発芽力が無いと思う。稔性に関しては受粉相手にもよるので不稔品種なのかどうかは断定を避けておく。

 ちなみにモントーンも日本に輸入されてくるものは種子の萎縮傾向が強く、健全に発達した種子は少ないが、蒔いてネットで発芽報告をしている方も多い。余談だがドリアンの充実種子は茹でると食することができ、サトイモとソラマメを足して2で割ったような味がする。

 果樹のセオリー通り、優良品種は接ぎ木で増殖されており日本でも優良苗の入手は可能。しかし極端に低温に弱く、土質にうるさく、根が少なくて移植を嫌い、風にも弱く致命的な伝染病があることも報告されており純熱帯の適地以外で育てるのは難しい。

 日本国内では植物園ですら開花結実例は数える程度しか報告されていない。その中で沖縄海洋博記念公園の熱帯ドリームセンターでは2018年から3年連続で人工受粉によるドリアン結実に成功している(検索すれば画像あり)が、栽培適地ではないので果実が美味しく育ったかどうかは定かでない。

 試食会は無事に終了したが、ご存じのようにドリアンは果実香と硫黄化合物臭が混然一体になった強い特異臭を放つ。ものすごく香りの強いバナナの果肉に腐った生タマネギの汁を混ぜたというか、ワキガのお嬢さんが大量のマスクメロンを背負って立っているというか、芳香とも悪臭ともエロいフェロモン臭とも形容しがたい面妖な臭気を発散させる。モントーン種も十分臭いが、あれでも日本人向けの臭いが少ない品種であるらしい。

 試食会の後、部屋に染みついた臭気が3日以上消えなかった。完熟ドリアンは室内に持ち込んではいけない。

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