Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

過去記事まとめ(オオミズトンボ種間交配)

2014年の原種親から、今年度(2022年、交配第3世代)までの経過。

Habenaria sagittifera

原資1:交配母体のミズトンボ、栽培下増殖個体。2014年、関東某所にて撮影。

ミズトンボの花のアップ。

 

Habenaria linearifolia

原資2:花粉親のオオミズトンボ、栽培下増殖個体。2014年撮影。

↓ 過去記事

 

Habenaria sagittifera X Hab. linearifolia = 50% sagittifera

ミズトンボ♀ X  オオミズトンボ♂ = 50%ミズトンボ(仮称チュウミズトンボ)

2017年撮影。

 

50% sagittifera X Hab.linearifolia = 25% sagittifera

50%ミズトンボ X オオミズトンボ =25%ミズトンボ(仮称ヤヤミズトンボ)

2019年撮影。

 

25% sagittifera X Hab.linearifolia = 12.5% sagittifera

25%ミズトンボ X オオミズトンボ =12.5%ミズトンボ(仮称ホボオオミズトンボ)

2022年、撮影者から送ってもらった画像(公開許可済)。コロナ流行のため取材に行けず詳細不明。

えーと、カニカマボコの「ほぼカニ」(商品名)みたいな感じ?

こちらは上画像の同交配・姉妹株。こちらもほぼオオミズトンボ。言われなければ雑種だと判らない。

「見かけをオオミズトンボに戻してしまったらミズトンボを交配した意味が無い。わけのわからない事をしている」と言われているらしいが、栽培担当者がミズトンボを使っている理由については、前述の過去記事を参照。

 

 こちらの画像は、交配過程で違う花粉親(オオミズトンボ)を使った12.5%ミズトンボ。この個体はミズトンボの特徴がまだ残っている。

 交配後代では「形質分離」によって顔の違う子供達が生まれてくるので、どれを次世代の親にしていくか悩ましい。

 というか「近交弱勢の回避、雑種強勢」がミズトンボ交配の主目的なら、特定個体のみが繁殖親に使われて、次世代がすべて近い血筋になってしまうのは望ましくない。

 持続的な利用を目的とする場合、できる限り多くの個体を繁殖に参加させ、育成過程でミズトンボの別個体も新たに交配親に加えて「繁殖集団としての多様性・健全性」を創設・増強していく必要がある。ハベナリアはイネやダイズのような近交系が作れる生き物とは違うのだ。

  こちらは上画像の個体と母親は同じで、違う花粉親(オオミズトンボ)を使った12.5%ミズトンボ。これはこれで面白い感じではある。おそらく稔性に問題は無いと思うので、交配選別を続けていけば、中国産のHabenaria schindleri に似た花を育成することも不可能ではなさそう。

naturelib.net

(上記サイトからの引用画像)

 

 ただしオオミズトンボ系は性質がクソ弱く、実際には育種するどころか系統維持すら困難。園芸的発展は技術者が言うところの「技術的には可能」というやつで、現実的には無理らしい。強化増殖に成功しても育成後継者がいないので、これらの育成品は栽培担当者が退職した時点ですべて絶種するだろうとの事。

 

 (以下余談。こむずかしい話なので読む必要ありません)

 

 動物の場合、核内にある遺伝子は両親から均等に受け継がれるが、核外にある細胞質遺伝子(ミトコンドリアDNA)は母親からしか受け継がれない。

 そのため他種の血が混じっている個体の遺伝子解析をする場合、核DNAを調べるか、ミトコンドリアDNAを調べるかで鑑定結果が別物になることがある。(前者は一代ごとに両親の遺伝子が混ざり合っていくが、後者は「突然変異がおきない限り」母親と同じ遺伝子が代々伝わっていく)

 被子植物でも核外遺伝子(葉緑体DNA、ミトコンドリアDNA)は一般的には母親だけから受け継がれるが、母系遺伝の縛りがゆるく、なぜか父親の核外遺伝子がごく一部だけ混入して受け継がれている事例も見つかっているらしい。

 さらに調査された被子植物のうち2割以上で、核外遺伝子が母系遺伝ではなかったそうだ。核内遺伝子と同様に両性遺伝だったり、動物とは逆に父親からだけ受け継がれたり、葉緑体ミトコンドリアが別々の親から受け継がれたりする種類もある模様。

被子植物の細胞質遺伝:https://www.jstage.jst.go.jp/article/plmorphol/23/1/23_1_25/pdf/-char/ja

 上記論文にはシュンランの場合ミトコンドリアは母系遺伝、という記述があるが、ミズトンボ類の細胞質遺伝については調べても情報が見つからなかった。今後の研究に期待したい。

 なお、葉緑体には葉色や光合成能力、ミトコンドリアには耐暑性などに関わる調節遺伝子が存在するので、別種由来の核外遺伝子を持つ個体は(核内遺伝子が同一でも)栽培しやすさが違ってくる可能性がある。

 交雑種群において外見的には基種と見分けがつかないけれど、ミトコンドリアのみが他種のものに置き換わっている実例はすでに報告されている。「外見は基種のまま、核外遺伝子のみを入れ換える育種」というものがあることを、頭の隅に置いておく必要があるように思う。

参考:人のミトコンドリア病(指定難病21) – 難病情報センター 

 

 最後はオマケ画像。25%ミズトンボの自然結実個体を実生したものだそうで、花粉親は不明。見た感じではセルフ実生っぽい。染色体に問題があるのか性質は弱く、育てるには難があるそうだがチュウミズトンボ系の雑種としてはけっこう面白いと思う。