Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

マツバランの「実生」

from Okinawa island, Japan.

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沖縄本島産マツバランの「実生(みしょう)」苗。6年前に書いた記事の個体だが、あれからずいぶん大きくなった。

 マツバランは小分けにして生育を押さえると2号鉢に収まる程度の小苗に留まるし、大鉢植えにして肥料を効かせると毎年大きくなって草丈30cmを超える。画像個体はまだ変身の余地を残している。

 栽培自体は難しくないが、生育が遅くて年単位で観察しないときちんと育っているのかどうかも判らないスローペースな植物である。時間の流れを早く感じるようになった年寄りにはほどよい生長速度だが、若者だったら変化が無さすぎて嫌になると思う。シダなので花も咲かないし・・

 マツバランの変異個体は古典園芸植物「松葉蘭」として流通しているが「鳳凰柳」や「青龍角」のような、原種(青九十九(あおつくも)と呼ばれる)と識別しやすい品種ばかりではない。門外漢にはどれも同じに見えてしまって「全種をコレクションしよう!」というほどの意欲はそそられにくい。

 とは言っても園芸品種について語ると一冊の本になってしまうほど奥が深い植物ではあるし、実際に専門書が書かれてもいる。松葉蘭の怪しい世界をお知りになりたい方はネットでご検索を。国立国会図書館デジタルコレクションで江戸時代の品種図鑑「松葉蘭譜」や「松蘭譜」をご覧いただき、200年前のどの品種が今も生存しているかご確認いただくのも一興。(下は江戸東京博物館の「松葉蘭譜」画像にリンク)

http://158.199.215.21/assets/img/2015/02/b11.jpg

 でまあ画像個体に話を戻すと、この株は棚にあった野生型マツバランの胞子が飛んで、近くの鉢から勝手に生えてきた「実生」(実から生えたものではないが、マツバランの場合は慣習的にそう呼ばれる)である。

 管理人だけでなくマツバランを育てている趣味家の栽培場では、胞子が飛んで思わぬ場所から発芽してくる。「松葉蘭」を栽培している古典園芸屋の棚では観音竹やら万年青やら君子蘭やら、さまざまな古典物の鉢植えから「実生」がニョキニョキと伸びていたりする。 試しに「マツバラン 生えてきた」で画像検索してみたらアジサイとツバキとブルーベリーとアボカドとベンジャミンゴムとカポックとコルジリネ、アロエにガステリアにゲットウギボウシにシマツルボ、あらゆる植物の根本から節操なく生えてきている状況が観測された。

 ところがその一方、マツバランを一般的なシダと同じ手法で胞子蒔きしてもまったく発芽しない。

 普通のシダの場合は胞子を蒔くと、半透明のコケのような物体が生長してくる。

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 この物体は園芸家の間では一般的に「前葉体(ぜんようたい)」と呼ばれている。(前葉体とは何者か、という説明は割愛する)

 一般的なシダであれば発芽直後から光合成して自力で生きていけるので、若干の無機養分(つまり化学肥料)があれば問題なく発育する。フラスコ培養でも無糖の肥料入り寒天で育てられたりする。

 順調に大きくなるとやがて「本葉」が出てきて、普通のシダへと生長していく。(画像は勝手に生えてきたシダなので種名不詳)

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 ところがマツバランは胞子から発芽してしばらくの間は光合成能力が無く、土中に埋もれた状態で周囲にいる共生菌から栄養分をもらいながらリゾーム状の塊(配偶体=一般的なシダの前葉体に相当する)になり長期間(数年?)生長を続け、ある程度の大きさになってから初めて地上に発芽してくるという特殊な生活史を持っている。

 それゆえ東洋蘭などの実生と同様、共生菌が土中にいない場所に胞子を蒔いても新苗はまったく生えてこない。

 ちなみにほとんどの東洋蘭(熱帯シンビジウム系生活史のキンリョウヘンとヘツカランは除く)の初期実生(地下生活リゾーム=俗称ショウガ根、あるいはラン玉)は樹木共生外根菌ーー生きた樹と共生しなければ生存できない菌ーーに寄生して養分を吸収しながら生長する。それゆえ「東洋蘭と相性の良い特定種の菌を根に棲まわせている樹木」の根元に種子を蒔かなければ苗が得られない(と推測されている。正式に調査した報文はまだ無いようだが、前記の2種以外で鉢蒔き実生に成功した例は知られていない)

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 上画像はホウサイランの無菌培養リゾームだが、形状がマツバランの根茎と似ている。自然状態でも、こういう正体不明の物体が菌から栄養を吸い取りながら密かに地下で発育を続けている。

 そしてマツバランの共生菌も外根菌と同様に、緑色植物から養分をもらわなければ生きていけない絶対的生体依存菌である。

2009年09月号 (Vol.122 No.5) < Journal of Plant Research | 日本植物学会

 マツバランから分離されているのはグロムス(のグループA)と呼ばれる菌だが、要するに緑色植物からグロムス菌が養分をもらい、さらにグロムス菌からマツバラン幼体が養分をもらう「三者共生系」を成立させなければマツバランの「実生」は不可能なのだ。(余談だがリンドウ科の一部などにもグロムス依存発芽種があり、単独で鉢蒔きすると発芽しない)

 ただしマツバランの共生グロムス菌は、共生相手を厳密に選ぶ東洋蘭の共生担子菌とは違って、節操なくそのへんの緑色植物とかたっぱしから共生関係を結べるらしい。

 イネのような水生植物やアブラナ科アカザ科、特定の共生菌とだけ関係を持つ樹種(東洋蘭が依存するのはこのタイプ)などグロムスと共生する能力がない植物グループ(ラン科もそっちのほう)もあるものの、なんと陸上植物の8割はグロムス菌を根に棲まわせる能力をもつ「アーバスキュラー菌根植物」(マツバランはこっちのグループ)なのだそうだ。

 そして寄主の膨大な種類数に比して植物の根に棲んでいるグロムスの種類数のほうはむちゃくちゃ少なく、Wikipediaの記述によれば報告されているのはまだ150種程度だという。しかも植物種/菌種の組み合わせがゆるく、1種類の植物に対してさまざまなグロムスが共生能力を持っている。(マツバランからは10種類以上の多様なグロムスが分離されている)

 つまり相手を選びまくるラン科とは比べ物にならぬほどマッチングが楽である。乱交パーテ・・いや何でもないです。

 それゆえマツバランと共生できる菌はそのへんの植物の根にも普通に棲んでいる可能性があり、観測事実もその推測と矛盾しない。・・あれ? もしかして陸上植物の8割が実生床に使える感じ?(要検討。多くの植物種は菌がいなくても生育が可能なので共生菌がついていない個体もある。またグロムスは抗菌剤に弱いので薬剤散布が多い鉢だと駄目っぽい)

 ちなみにリンドウ科の半菌依存種フデリンドウとハナヤスリ類では、自生地に混生する他の植物と、菌根菌が共通である事が実際に確認されている。

https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-20370031/20370031seika.pdf

 でまあマツバランの「実生」は何もしなくてもそのへんの鉢から普通に生えてくるのだが、意図的に「実生」ができないのは育種屋としてはちょっと癪に触るのである。

 菌依存性のランが普通に無菌培養できるのだから、マツバランもその気になれば無菌培養できて良い気がする。しかし実際に培養してみたという日本語報文が見つからない。マツバランと同様に菌依存・地下発芽性のハナワラビ(これは含糖培地で胞子発芽までは報文がある)、ハナヤスリ、ヒカゲノカズラなどの培養にも応用できそうなので技術開発に興味はあるのだが、年をとるともう自分でやってみる気力が湧かない。

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 マツバランの枝についた粒々が胞子の入っている胞子嚢。(正確には3つの胞子嚢が集まった胞子嚢群)これが成熟すると破れて粉のような胞子をふりまく。ランの未熟果培養と同じ手法で、裂開前に採取して中身を培養すれば良いのではないかと考えている。

https://www.journals.uchicago.edu/doi/abs/10.1086/337804?journalCode=botanicalgazette

 上記は「マツバラン胞子は硝酸塩と亜硝酸塩が含まれた培地では発芽・生育が阻害され、アンモニウムを窒素源にする必要があった」という英文報告。糖濃度0.2%(むちゃくちゃ薄いが、これは本当に適正濃度なのか?)で暗黒条件、発芽まで6ヶ月。ビン出しの記述は無い。

 ラン科の場合も菌依存度の高い北方系地生種では類似した培養特性の種類がある。そういうランの幼苗は多数の有機栄養素(アミノ酸、ビタミン、生長ホルモン類似物質など)を菌に依存していて自力では体内合成できず、酵母粉末やジャガイモなどの天然物を培地に添加しないと栄養障害になってビン出しサイズまで育てられない場合がある。

 マツバランの場合も窒素源をアミノ酸にするなど、北方ランの培養法を応用してみるのも有効かもしれない。違うかもしれないので要確認である。

 あ~~、お若い方、どなたかこの年寄りの代わりに培養してみてはくれんかのう。(他力本願)

日本産の野生ランを育てるのは犯罪です

こちらが法律で販売・譲渡が規制されている生物種のリスト(2020年時点)

https://www.env.go.jp/nature/kisho/pamphlet/pdf/kokunaikisho.pdf

(下:2023年、改訂版を追記)

https://www.env.go.jp/content/000113583.pdf

 環境省は、絶滅が危惧されている動植物を年間30~60種のペースで追加指定していく予定。2017年度の「種(しゅ)の保存法」附帯決議では2030年までに700種の追加が目標となっている。ラン科に関しては、将来的にほとんどの種類が何らかの形で国内取引が規制される可能性もある。(ちなみに国際商取引ではラン科全種がすでに規制対象)

 まだ規制されていないランも言わば脱法ハーブのようなもので、栽培が道義的に無問題という事ではない。オークションなどで採集品が販売されている事例をデータ収集して資料にまとめ、収奪的と判断されたものを順番に追加指定していく手法が環境省点数稼ぎ 規制方針としてすでに確立されている。

 公開で売ったり買ったりされたものは自然保護関係者が見つけしだいチクり、環境省の関係者がネットを監視して現在進行形で資料に追加している。最近はオークション入札記録サイトから過去10年分のデータをCSVファイルでダウンロード(プレミア会員用機能)してガチで全件調査し報告資料にまとめている。そうッ!あなたの入札はすべて当局の監視下にあるッ!!(ドォォーンと効果音入る)

 新規に規制対象になった事を知らずに売買してしまい、行政から調査が入った事例はどんどん増えている。規制されたとたんに流通が止まることが解析資料からも確認されているので、たいへん効率的な点数稼ぎ 有効な保護規制になっていると言えるだろう。

 その一方、オークションで個人が大量の採集販売をやらかしたため、環境省が緊急で専門家会議を開いて希少種に指定せざるをえなかった案件も出てしまった。

 野生採集品に手を出す趣味家がいるせいで国レベルでの仕事を増やされて、趣味家の存在はものすごく迷惑がられている。国際会議で生物多様性条約を日本でも実施「させられる」事になったので、今後の規制はどんどん厳しくなる。厳しくすればするほど役所の点数稼ぎになるのだから、規制を手控える理由が無い。

 オークション運営を締め上げてレッドデータ種の取引を禁止事項にさせるべきという意見も出ている。運営側としてもそんな事で企業イメージを悪化させたくないだろうし、そういう規制がいつ実施されてもおかしくない。

*2022年追記。2022年9月29日より、ヤフオクではレッドデータで絶滅危惧種・準絶滅危惧種にリストアップされている国内動植物は、個人出品がすべて禁止された。今後はストア出店者が人工増殖したもの(繁殖環境の画像公開が条件)に限り認可される。

 ちなみに自然保護関係者の間では、オークションに規制種が出品された場合には運営に違反通報せず、環境省に直接メールするのが良いとされている。出品取り消しされると追跡できなくなるので、取引を成立させて落札者ともども検挙したほうが効果的だからである。

 そういうわけで「国内希少種」という法律用語を知らない人は、いろいろな意味で野生ランに関わらせてはいけない知識が不自由な方なので、見つけしだい通報 情報共有を試みることが望ましい。

 ちなみに県指定、地域指定の希少野生動植物種というのもあるので、国のリストに無いからと言って安心してはいけない。一例をあげれば

新潟県希少野生動物保護条例.pdf

 新潟県では野生のサギソウ・トキソウ・サルメンエビネ・コアツモリソウ・クマガイソウ・ムカゴソウ・キバナノアツモリソウ・ユウシュンランが採集・譲渡禁止(追記:2022年にサワランが追加指定)なので、オークションで新潟産のこれらのランを購入すると調査が来る可能性がある。あなたは全県の規制をすべて把握しているだろうか? 

 というか、今の時代はもはや「野生ランを育てている」事を公表する事自体が馬鹿の証明にしかならない。

 完全養殖を実用化できていないウナギが資源管理できないまま食いまくられ、養殖用の稚魚は密漁・密輸・密売に依存していて(2015年の場合、採捕来歴を追跡できるのは3割のみ)生育場所も減少しつづけ絶滅危惧種入りしてしまった事を知らない方が「ウナギを食べて何が悪い」などとSNSに書いてしまって炎上する時代である。

 野生ランもほとんどの種類は完全栽培されていない(ウナギと同様に野生採集の蓄養品しか売られていない)ので、自然愛好家は栽培者イコール盗掘肯定者だと認識している。そして見つけたら敵認定してロックオン状態になる。

 そんなものを「買っちゃいました~~♪」などと自分からカミングアウトしている人はバカ発見機にバカを書き込んでいる自覚が無い。「私は頭がクソ悪いので状況を理解していません」と全世界に発信しているに等しい。

 そういう記事に「いいね」をする方々は、コンビニのおでんを指でつついている犯罪動画に「いいね」をつけてしまう人種と同類である。(当ブログに「いいね」してくださった方々を敵に回す問題発言)

 盗掘を否定する発言をしておきながら野生採取株しか売られていないランの栽培談を書いている方はダブルスタンダードなのか無知なのか、どっちにしても自分の馬鹿を隠す知能すら無い。(管理人含む)

 もし誰にも文句を言われていないとしても、思考能力にハンデを負った人に関わりたくないと思われているか、あるいは単にその発信を見ている人が誰もいないだけの話だ。ああいけない、ブーメランが頭に刺さった。

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 ちなみにこちらはフラスコ培養の沖縄本島産ヤクシマヒメアリドオシランKuhlhasseltia yakushimenshis。

知人が30年ほど前に培養を開始し、それを15年ほど前に分与してもらって管理人宅で継代培養しているもの。

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 培養はきわめて容易で、殖えたら別の瓶に1本移してやれば無限に殖やせる。その気になれば日本全国に配ることすら可能だろう。

 しかしながらこの種類も将来的に販売規制がかかる可能性がある。なぜかと言うと培養容器から出すと枯れてしまって「完全栽培」が不可能、つまり入手しても普通の人は全滅させることしかできないので、そんなものを殖やして流通させる意義はこれっぽっちも無いからである。

 持続的に利用できない生物ならばランに限らずどんどん法律で規制していく、それが今の世の中の流れである。国際的に、強制的にそういう潮流なのである。

 

( とまあ今回は、こういう感じで挑発的な言葉を入れた記事を書いた時、検索で見つけた方がどれぐらい釣れるのかテストしております。以下はネタバレ解説になりますが、面白くない内容なので一般の方はこれ以上読む必要はありません。

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 えー、でまあ上記の文章では意図的に誤解を誘っているのだが、実際のところ希少種指定は「野生ランを栽培してはいけない」という法律ではない。所有権移動(採取や無償譲渡も含む)の規制であって、育てる事は禁止されていない。

 また「業者が商業的に殖やしていない絶滅危惧植物は販売禁止」なのだが、逆に言うと「過去に商業的に人工増殖された実績がある希少植物ならば(申請して許可をうけた業者に限り)売しても良い」という例外規定がある。

(注:これはあくまで植物の場合である。動物だと養殖物を野外に放すバカがいるため、増殖販売されていても(いるからこそ?)販売禁止にしていく方針となっている。長年にわたって真面目に系統維持・選別増殖し、繁殖実績を積んできた養殖業者が一方的に販売禁止を通告されて激怒、法廷闘争に発展中の事例もあったりする)

 実質的には栽培不可能なハツシマランやオオギミラン業者が一度だけフラスコ増殖した実績があったために販売可となった。だが親株をキープできる人がいなかったので現在に至るまでそれっきり流通していない。

 一方、素人でも挿し木でバンバン殖やせる栽培容易なオキナワヒメウツギやヤドリコケモモは商業繁殖実績が無かったため、繁殖させた苗でも譲渡禁止になってしまった。(ちなみにヤドリコケモモが取引禁止になったら規制外のタイワンヤドリコケモモの人気が急上昇し、それまでは誰も見向きもしなかったのに普通に商業生産されるようになった)

 そういう突っ込むべき部分も多いのだが、とりあえずそれはこっちに置いておく。

 ここでよく考えてみてほしい。ウナギなら食用なので販売された個体がすべて食い尽くされるのは当然だが、園芸植物は食い物では無い。皆で殖やして分かち合い、栽培品として世に満ち溢れていなければ本当はおかしいのである。

 たとえば日本産のムジナモは野生絶滅してしまったが、趣味家のリレー栽培によりしっかり増殖・系統保存されている。それが本来の野生植物栽培の目指すべき方向性であろう。

(2023年追記:2022年に石川県で野生状態のムジナモが確認され、自然個体群の可能性もありうるとの報告あり)

 アルバイト職員でも可能な販売監視は実施するけれど、栽培・飼育が難しい(それでいて管理経費は増額されないので割に合わない)種類の生息域外保全をする人員や予算はどこにも無く、各方面に調整が必要な生息地保全はあまりにも面倒臭いのでな~~んにもやっていない、やる気も無いのが日本という国である。きちんと系統維持できる趣味家であれば存在意義もある。団体レベルで繁殖実績があれば行政と協働できる場合も多い。

 ところがラン科植物はどれもこれも消費栽培されて完璧なまでに食いつぶされており、世代を超えて栽培のバトンが渡されている野生種は(ゼロではないが)数えるほどしかない。完全栽培できる趣味家もきわめて少ない。「よく見たらまともに栽培できている者など一人もいない」というのが実情だ。

 まあ10年なり20年なり生存させて「栽培してます」と自称する勘違いさんもおられるが、そういう方が一人で増殖普及してもそれを手に入れた1000人のうち999人以上が枯らしてしまうので、その人から先には虚無しか残らない。実質的には時間をかけて消費栽培しているのと同じことだ。

 そもそも栽培下で途絶しないような例外種は、とっくに古典園芸になっている。エビネウチョウラン業者の無菌培養苗が飽和供給されなければ園芸植物として成立させるのは不可能だったし、杭州寒蘭なども増殖しにくいので輸入が絶えたら減る一方、古典化できるかどうか疑問である。

 そりゃあ栽培規制もされるだろうし、「てめーがやってるのは盗掘売買で希少生物の消費活動だ、ランを食い荒らす夜盗虫は今すぐ爆発しろ」と世間様から言われるのも当然の流れである。

 違法じゃないからとか言って、系統維持できる栽培力も増殖技術も無いのに衝動的に手を出すバカしかおらず、同趣味の者もそのバカに対する批判や自浄が皆無なので国が法律を作って違法行為扱いにせざるをえなかった、とそういう話だ。愛好家にまともな栽培ができていれば、こういう状況にはなっていない。

 

 ここから先は愚痴が延々と書いてあるだけなので、お暇な方以外はもう読まなくていい。いままでの文章よりも長いぞ。

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 ここで言う「まともな栽培」というものを考えるための参考資料として、管理人がリアルタイムで見聞きしてきたアツモリソウの完全栽培開発史~増殖業者撤退~実生技術ロストテクノロジー化(現在)に至るまでの30年、育苗業者の挑戦が撤退に変わっていく流れをざっくりまとめておく。

(ただし温暖地に住む管理人自身は一度もアツモリソウを育てたことは無い。本土の複数の栽培者から腐るほど一次情報を聞かされており、その記憶を客観的に裏付ける資料をネットなどで確認しながら書いているので大幅な事実誤認は少ないと思うのだが、あくまで二次情報なので間違いがあったらご指摘いただきたい)

 昭和末期、1980年代頃に野生ランの栽培ブームというものがあった。自然保護などという概念が乏しい時代で、現在では栽培不可能種とされているランもラン科植物であれば全種類が盗掘されて栽培実験に供された。アツモリソウも例外ではなく、根こそぎ盗まれて次々に地域絶滅し、わけのわからない自己流の栽培方法を押し付けられた株は育つこともなく消費され続けていた。

 完全絶滅が目前となるに至って行政が保護に動き出し、一部の愛好家や研究者は種子からの完全栽培にも挑戦しはじめた。そして日本で最初にアツモリソウ属の種子の無菌培養に成功したのは北海道礼文島にある、礼文町高山植物培養センターであった。

礼文島を北海道を日本を、いや世界を代表する名花レブンアツモリソウを山採り、採集、盗掘によって売買の対象にすべきではない。(中略)新しい増殖方法を見つけ出し、その方法を確立させ、レブンアツモリソウの大量増殖とアツモリソウ属の品種改良に着手すべきであろう。中略)レブンアツモリソウのみならずアツモリソウ属(Cypripedium)の増殖(管理人注:無菌培養によるもの)に成功したという事例はこの世にまだ存在しない。しかし礼文町高山植物培養センターではレブンアツモリソウの増殖を可能にしてきている」(1989年「マニア園芸」第2号、三心堂出版社)

 非引用部分にも色々とイキりまくった文言に満ちた、センター職員による寄稿が当時の園芸雑誌に残されている。まあこの時点では無菌発芽成功は世界初の快挙と考えられていたので、イキりたくなる気持ちはよく判る。

 ・・・が、この時に使用されていた発芽培地はまだ未完成で、その後の培養成績は微妙であったようだ。そして一番の問題は、植物学者は植物学の研究者であって、栽培技術の専門家ではなかったという点にあった。癌細胞を一目で見分ける優秀な病理学者が癌患者の手術にチャレンジした、さて患者はどうなったか、と、まあそういう感じの話である。その後の状況については公的な資料に言及がある。

「研究所の無菌実生は、何回かは発芽にこぎ着け、新聞などで報道されたりしたが、栽培の方法が地植えしかされていないなど、栽培技術的な問題もあって、ほとんどは植え出しに失敗し、効果は無かったようである」(1997年、林野庁栗駒山・栃ケ森山周辺森林生態系保護地域 保護林保全緊急対策事業 調査報告書」5-1-2章)(現在リンク切れ)

https://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/kakusyu_siryo/pdf/00233_2_h9_020.pdf

 そして日本での研究が足踏みしているうちに、欧米で先に無菌実生技術が確立されてしまった。

 この時期に各国で同時多発的に研究が進んでおり、最初に技術確立したのが誰なのか確定できていない。が、ほぼ最初期に実用化したと思われるのがアメリカのCarol & Bill Steel 両氏である。

Spangle CreekLab : Propagation Methods

 その研究開始は1986年頃だが、氏のホームページに「その頃にはすでにCyp.reginaeの無菌培養に関する論文が数多くあったので参考にした(意訳)」と書かれている。そして1990年にはもう無菌発芽させたCyp.parviflorum とreginaeの苗の販売事業を始めている。高山植物培養センターがそういう情報をどこまで把握していたのかは不明。(当時はまだインターネットが無かったので、各種情報の検索・入手は非常に難しかった)

 また、英国キュー植物園のPhillip Cribb博士、および共同研究していたドイツのWelner Frosch氏もかなり早くから研究を手掛けていたようだ。(余談だが彼らの共著「Hardy Cypripedium(2013)」はこのあいだア○ゾンで10万円近いプレミア価格になっていた)

 Frosch氏が人工交配種Cypripedium Gisela(parviflorum X macranthos)をサンダーズリストに登録したのは1992年5月5日。1994年にはアツモリソウ専門農園 Frosch(R) Exclusive Perennials でGiselaの増殖が開始され、1997年から商業販売となる。以後も次々に交配種が作出され続け、現在の園主Michael Weinnert氏が丈夫で美しく、栽培しやすい個体を選び出して圃場で増殖し、世界各国に提供しつづけている。(下記リンク参照)

https://www.cypripedium.de/English/new/new.html

 それらの技術を輸入する形で、日本でも爆発的に無菌培養技術が進歩しはじめた。開発は苦手だが改良は得意な日本人である。やればできる、と判ったとたんに山野草業者や民間農業研究施設の技術者が次々に参入し、本気で研究しはじめた。あっという間に素人でも調合できる簡易培地が開発され、育苗技術も確立されてしまった。

「現在では播種して2年、そしてフラスコから出して早いものでは2年、遅くても3年かければ大半が咲かせられるまでになりました」(2010年、山野草マニアックスvol23)

 高山植物培養センターは何をしていたかって? ・・この時期の事は聞かないのが人としての優しさである。北海道大学の協力もあったようだが、北大植物園も学者は在籍していたが生産技術者は雇用されていなかった。何を言いたいかは察してほしい。

 そして民間では優良個体同士の交配でどんどん苗が作られるようになり、さまざまな種間交配種が作出され、多数の園芸業者が参入してオリジナル品種の開発競争が始まった。園芸雑誌では定期的に特集記事が組まれ、「こうすれば育てられる」という知識が入門者に伝えられた。展示会も開かれて最新の栽培知見が盛んに交換された。自然界を荒らさず心置きなく楽しめるアツモリ園芸時代の到来である。

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 ちょっと一休みして飯テロ画像。タコライス発祥の地、金武(きん)町にある鍾乳洞を魔改造したタコライス御殿 文化施設「ぼんさいカフェ・ゴールドホール」(追記:コロナ以降は休業中)のタコライス。炊き立て熱々のご飯の上にタコスミートとチーズがたっぷり、シャキシャキの刻みレタスとフレッシュトマトがどっさり、これが標準トッピング。うまいうまい。

 

 こうしてアツモリソウは園芸植物として一般化・・と思っていたら平成後半になるとブームが去って、いつのまにか限られた趣味家しか買わないマイナー植物になっていた。そうなると寒冷地の栽培家が栄養繁殖で殖やした苗を仕入れる程度(販売規制が無い場合、この部分が「誰かが山から盗んできた株を仕入れる」に置き換わる)で総需要が満たされてしまう。種苗生産しても売れ残るだけなので、大部分の業者が自社育成から撤退した。

 すると10年経たぬうちに人工増殖に関する情報が姿を消してしまった。多数の業者が育成を試みていたという記録は、紙媒体を調べればしっかりと残っているが、ネットで検索してもそんな時代があったという話は見当たらない。当時の業者カタログなどは書籍ではないため国会図書館などにも残っていないだろうし、それほど年月が経っていないのに資料として確認する事すら難しい。前記の林野庁資料に名前が出てくる北海三共(現ホクサン)は一時はアツモリソウ苗の海外輸出まで受注するに至ったが、その後にバイオ研究所は閉鎖され、増殖担当者は退職していて会社に当時のことを知っている人がいるか定かではない。

 そして誰も技術更新をしなくなった現在、独走状態なのがあの高山植物増殖センターである。その後に共生培養によるレブンアツモリソウ苗の生産に成功しており、遅くはあっても着実に前へと進んでいる。(なお、独走状態というのはぶっちぎりの一位という事ではなく、ぼっちで走っているという意味である)ちなみに栽培技術的には・・まあその、ある程度の苗は育てられるようになっているので、さらなる発展に期待したい。どれほど技術が高くても業者は金にならない限り手を出さないし、一代限りで終わってしまう個人栽培に「勝ち」は無い。

(2021年訂正。現在も日本国内で無菌育苗している個人業者が、少数ながら存在しているとの事。限定生産に近く、一般市場向けの生産・宣伝をほとんどしていないので全容が把握できていない)

 現在、アツモリソウの無菌播種技術はロストテクノロジー化している。アツモリソウ用の培地はかなり特殊(だから実用化が遅れた)なのだが、その最新情報はネットで日本語検索しても出てこない。試作時代の古い記録か、あるいは意図的に要点を伏せて模倣できないようにした不完全な情報が断片的に見つかるのみである。完成段階の培地組成は各業者の秘伝であり、企業秘密なので「ネット上には」(日本人は)誰も公開していない。

 日本で増殖技術が確立されるまでにどれほど多くの人が、どれだけ労力をつぎこんだか、それをまとめた記録はどこにも存在していない。当時の人達の人生をかけた情熱、狂気にも似た研究状況が若い人にはまったく伝えられていない。洋蘭技術の応用で普通に増殖が始まった、と思われているっぽい。

 まあ「秘伝」は「奥義」と違って知ってしまえば誰でも真似できてしまうから秘密なのだが、こっそり要点を教えてくれる指導者がいなければ独学で1から再現するのは相当に難しい。専門の研究機関でも盛大に爆死する難度である。(それでもゼロから開発した先人よりはるかに楽だろう)

 栽培に関する情報もアップデートが止まっているため、伝言ゲームで変質した情報がたまってきて一次情報が埋もれてしまっている。たとえば「アツモリソウにはクリプトモスという用土が合う」という情報が検索するとゾロゾロ出てくるが、これは過去の栽培書から一部だけ抜き出されたものである。

 一次情報を読めば「ただしクリプトモスは白絹病菌の温床になる素材なので、抗生剤系抗菌剤バリダマイシンの定期潅注をしていないとアツモリが夏に溶けて枯れる」というような注釈が書かれていることに気がつくと思う。その重大なポイントが抜け落ちた状態で話を広めたら、どういう結果になるかお判りだろうか? 「アツモリソウについてまとめてみました! クリプトモスがおすすめです! 販売はこちらです!(フィリエイト広告) いかがでしたか?」 おいこらちょっと待て。

 でまあ今回は資料が多いはずのアツモリソウについて、あらためて検索してみて平成時代との情報の断絶に唖然とした。膨大な知識蓄積があるはずのアツモリソウなのに、ネットにはまともな栽培情報が全然出てこない。

 さまざまな場所に地雷が埋まっているのにそれを回避した経験談どころか、地雷があるという話自体が、専門的なキーワードを使って掘り下げなければ見つからない。簡単に見つかる情報だけ読んで踏み込んだら、確実に爆死する。

「きちんと育てるための最低限の知識」ですら一般社会ではとてつもなく特殊な情報になっていて、普通の人でも判る単語だけで検索すると「ググったらカス」になる。泥沼に五体投地でダイブしている連中の持っている知識に至っては、検索しても出てこない裏社会・闇情報の領域にある。

 アツモリに限った話ではなく「これをやったら枯れるぞ」「ここで気を抜くな」というような本気で注意喚起しているネット記事は、少なくとも地生蘭に関してはほとんど見当たらない。

 というより、そんなものは書く意味が無いバカは「事実上栽培不可能です」と書いておいても気にせず山から盗ってくるしネットで売り買いして消費栽培する。そもそも誰も維持できていないのだから、栽培者の芽は摘み取ったほうが有益である。一般人には「育てている奴を見かけたらネットリンチして潰せ」と教えておくぐらいで丁度良い。

 ネットに野生植物の画像を晒したり、名前を書き込むのは人間で言えば誰かの個人情報を勝手に公開しているようなものだ。それを大勢の人間に見せれば一定割合でバカが湧いてくる。素人の盗掘販売&初心者の衝動買いがどんどん簡単になっていく一方、正しい栽培情報を見つけるのは一年ごとに難しくなりつつある。

 存在を知ったので入手しました花だけは見ました枯らしました終わり。表社会では誰一人として「系統維持」や「バックアップ技術」を意識していない現状では、商業生産されていない希少種に関しては「育てたがる奴は犯罪者」の一言で栽培したがる人間を門前でブロックし、法律で縛り、娯楽消費させないようにネットでの監視を強めていく事が社会的に見れば最適解だと言わざるをえない。

 とにかくバカに興味を持たせると想定外の行動に走るので、知識が豊富な人ほど野生植物の情報をネットに流さなくなっている。話題にする場合でも検索に引っかからないよう意図的に植物名を伏せたり鍵アカウントでのみ話題にしたり、いろいろな意味で不特定多数の目に触れさせる事を避けるのが常識になりつつある。その結果、普通に探して出てくる記事のレベルは・・ああ巨大なブーメランがっ!

 なので基礎を学ぶには過去の書籍が必要になるが、現在の知見から見ると明らかに間違っている栽培解説、時代遅れになってしまった資材・技法も大量に載っている。しかし未経験者にはどの情報がガセor時代遅れで、どの情報が現在でも通用する知識なのか判別できない。

 というか、5年前の雑誌記事が資材の変化や気候変動、社会変化などによってすでに通用しなくなっている事すら珍しくない。植物栽培用LEDなどは毎年のように新機種が出てくるので、栽培成績のデータが出てくる前に機材のほうが時代遅れになっている。

 本気で育てたいと思っているならば、最新の育て方を学ぶため闇業界の怪しい導師を探し出して直接教えを請うしかない。それを怠って机上の学習だけで手を出した者は、どこかの学者先生の後追いをする事になる。

 いずれにしても、野生由来個体を枯らしながら栽培技術を覚えていくことが許される時代ではない。そして商業生産個体があっても難度の高い植物にじっくり向き合う時間的余裕、栽培環境を整える金銭的余裕が一般人にはもう無くなってしまっている。

 今後、日本産の野生ランの栽培情報を実用レベルでまとめたアップデート版書籍が出版される可能性はほぼゼロ。世代間の技術継承も途絶えつつあるので、平均的な栽培技術は下がっていく事はあっても上がる事は無いだろう。

 植物園の栽培技術? ・・普通のところはどこも運営予算が削られ、常勤職員が解雇されて管理は外部委託になっている。学者どころか造園業者のおっさんが単なる緑地公園として手入れしており、バイトが適当に水をかけておけば育つ植物しか残っていない。さらにコロナが赤字の追い打ちをかけていて技術研修どころか、もはや施設自体の存続が(遠い目)

 マイナーなランでも腐生ランでも、膨大な栽培コストを許容するならば育てられる方法はすでに見つかっている。しかしその知識は見える場所には無く、見つけ出すためには堆積した膨大な土砂をかきわけて埋もれている砂金を探し求めるような世界に入り込まねばならない。

 ガセ情報の中から「正しい情報」を選び出して「案内人」のところまでたどりつけるかどうか、その段階がすでに第一関門。その先に進めたとしても、過酷な実践課題が待ちかまえている。その合格難度は某漫画に出てくるハンター試験のレベルである。

 結論として「普通の人」は野生ランに近づいてはいけない。持続的栽培技術を習得する気も無いのに育てたがるなら状況認知が歪んだ人格破綻者だし、知識を探し求めてでも育てようという決意を持つなら、それはもう趣味ではなく異常性癖なのである。

「あんたヒヨッコ以前なんだよねー あたしの横にさ 何も見えないでしょ? 見えるようになったらもっぺんおいでよ それがココの最低条件」 (by HUNTER X HUNTER) 

Habenaria fumistrata?

from Thai.

ハベナリア・フミストラータとして入手したラン。タイ産。

学名は Habenaria diphylla が正しい可能性もあるが、近似種が多くて確定できない。詳細は下記(英語)参照。

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上画像とは別の株。ヒゲ(唇弁の側裂片)の角度や長さには個体差がある。

さらに別個体、これはヒゲが長め。

ヒゲがもっと長いタイプ(別種?)もあるようだが、管理人はそちらはまだ実物を見たことがない。

この種群(複数種を含む)は需要が乏しいので、洋蘭業者も輸入する気にならない模様。管理人は国内で売っているのを一度しか見たことが無い。

というか一般基準で言うと栽培不可能種に属するので、見かけても手を出さないほうが無難。まあ「手を出すな」と忠告するまでもなく、こういうものを苦労してまで育てたがる人はほとんどいないだろう。

ウチョウラン並みに腐りやすく、なおかつ熱帯ハベナリアの寒がる・殖えにくい・個体寿命がある・実生すると近交弱勢が激しい・・等々の欠点を一通り持っている。ウイルスに対してそれほど弱くないのだけが救いだが、普通の人間なら管理が面倒すぎて栽培放棄すると思う。

ハベナリア類を長期維持するには実生更新が必須になるが、近交弱勢を避けるためには別個体と交配しなければならない。こういう金銭価値も鑑賞価値も乏しいランを、たまたま見つけた時にまとめて全部買いしめて、シブリング交配して継代しているような人がいたら、控えめに言って頭がおかしい。

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栄養要求性がウチョウラン・サギソウ・エビネ等とは異なるので、無菌播種培地は本種に合わせて特殊な調合にする必要がある。そういう変態知識を事前に知っていなければ、培養しても育たずに枯れる。

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草姿がコンパクトで山野草として見た場合は渋い草ではあるが、一般的な美意識から言えば雑草の部類。

しかしアップで見ればターンエーか白ひげ 捨てがたい造形美だと思う。・・「普通の人は雑草をアップで見て喜ぶ趣味は無い」という指摘は無しでお願いします。

Chloraea chrysantha in flask

seedlings

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クロラエア・クリサンタの無菌実生苗。気温が下がってきて夏期休眠から目覚めた。親個体については過去記事参照。

 栽培・繁殖に関するデータはしっかり収集できたが、結論としてはこれも(管理人の基準では)栽培不可能種である。ネジバナのように短命で、実生増殖しないと維持が難しいランだからだ。だったら実生しようと口で言うのは簡単だが、別血統の入手が至難なので近交弱勢の壁を越えるのは容易でない。

 まあ、Chileflora社から10年に一度くらいリリースされる現地採取種子を何度も輸入して、多数の血統から構成された繁殖個体群を立ち上げ、血統を記録しながら定期的かつ計画的に交配し実生更新していく…というところまでやるなら継続的に維持することも可能ではあろう。しかし、5年に一度しか咲かない、咲いたら高率で枯れる、観賞価値もいまいち…という植物をそこまでして維持したいと思う栽培家はいない(断定)。

 ガチで取り組む気概が無く、一株だけのお気軽栽培で満足していれば長期的に見れば消費栽培しかできない。

 思うに栄養繁殖だけで普通に維持できるようなランなら、バイオ技術が存在しない時代から園芸化が進められ、すでに古典園芸化しているはずなのだ。さらにバイオ増殖が一般化してからも園芸化されていないランは、山採り流通・消費栽培の段階から先に進めるには労力がかかりすぎる・・つまり園芸普及させる上で何らかの致命的な問題がある植物だと考えたほうが良い。そういうものにあえて手を出すのは何もわかっていない馬鹿か、あるいは悪人か狂人だけだ。(管理人含む)

 ウチョウランエビネの栽培にしても、業者の実生増殖による量産体制(裏を返せば興味を持つ人が数多く現れたことによる、増殖業が商売として成り立つほどの継続した大量消費)が成立するまでは山盗り消費栽培の代表例であり、自然愛好家から憎悪されている行為だった。

 ウチョウランエビネの園芸化は業者実生による飽和供給・ウイルス未感染苗への入れ替え更新がなければ成立不可能。もし栄養繁殖だけで維持を試みていたとしたら供給量が乱穫消費に追いつかず、野生個体は趣味家にすべて食いつぶされて消滅していただろう。増殖業者が現れなかったら国内希少種(販売禁止)に指定され栽培対象にできなくなっていた可能性が高い。

 昭和時代の野生ラン趣味家なら絶対に野生植物の乱穫消費に加担しているはずだが、その頃の話は黒歴史として誰もが黙して語らない若い人達は、当時の趣味家がやらかした壊滅的な乱穫・殺戮栽培について古老から聞き出しておいたほうが良い。今おこなわれている山取り輸入栽培を考える時、反面教師になるはずだから。

 いずれにしても営利生産に不向きなランは個人栽培者がどれほど見事に育てても、いくら殖やしても最終的には「後継者がおらず、何一つ残らなかった」という結末を迎えてしまう。それは大局的に見ると「栽培できない」植物なのだと思う。

ダイサギソウは栽培不可能(異論は認めない)

Habenaria dentata ’Hakuho-zhishi'(White Phoenix)

from Okinawa island, Japan.

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 ダイサギソウ「白鳳獅子」系。沖縄本島で見つかった変異系統。亡き師匠が発見者から譲り受けた個体がオリジンだそうで、管理人は師匠から種子を分けてもらって無菌培養で育成、その後も実生で定期的に継代しながら30年ほど育て続けている。

 サギソウの変異品種「飛翔」と同様、側愕片の下半分が唇弁化した系統で山野草用語では「獅子咲き」と呼ばれている。系統名は管理人の師匠が命名したもので、ダイサギソウの台湾名「白鳳蘭」の獅子咲き系統という意味だと聞いた記憶がある。

 変異の遺伝様式も「飛翔」と同じく優性遺伝で、他種のハベナリアと交雑した場合でも実生に獅子咲きが出現するので交配親としても興味深い。(なお、後述するがダイサギソウは無交配結実種なので交雑母体にできず、花粉親にのみ使える)

 

left:'Hakuho-zhishi'

right:Normal frower from Kyusyu island, Japan.

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 左が「白鳳獅子」タイプ、右が鹿児島産の日本型標準花。こうやって並べれば違いが判ると思う。

 しかし普通の方はダイサギソウの標準的な花がどういうものなのかよく判っていないので、たまたま「白鳳獅子」タイプを入手しても、唯一無二の系統だという事にまったく気付かない。時には植物関係のプロが書いたネット記事で、白鳳獅子タイプが普通のダイサギソウの見本写真として使用されていたりする

 ちなみにダイサギソウの花型は産出国によってかなり違いがある。日本本土から四国・九州までのダイサギソウはほぼ同一で混ぜてしまったら識別できないが、台湾以南の海外産ダイサギソウは花型だけで国産と見分けがつく。

 参考リンク、タイ産ダイサギソウ。産出国ごとに花型が異なる。

 奄美以南の系統は外見的には本土産と同じだが生育期間が2ヶ月ほど長く、本土ではきちんと温室栽培しないと生育サイクル完了前(果実が熟す前)に枯れてしまって、株が大きくならないし種子も得られない。(後述するが、個体寿命が短いので種子更新しないとほぼ確実に消費栽培になる)

 さらに熱帯アジア産ともなれば本土産とはまったくの別種だと考えたほうが良いくらい性質が異なっている。早春から加温して促成栽培しても、蕾が出てくるのは晩秋になる。そのあと開花して休眠するまで、ずっと生育適温(25℃以上)を保ち続けなければ生育サイクルが完結しない。本土の家庭用温室だと採種どころか花を見る事すら難しい。

 バンダのような周年生育種であれば、温度不足=2年で1サイクル分の生長でも隔年開花になるだけで済む場合「も」ある。しかし落葉休眠期のある熱帯植物は、真夏が生育最盛期になるよう温度調整してサイクルを合わせてやらないと生育がおかしくなる=そのうち枯れる。

 そういうわけで南方地域産ダイサギソウは栽培上は国産種と似て否なるものであり、はっきり言って「初見殺し」である。産地不明の苗は、どれほど安くても初心者は入手しないほうが良い。

 

seedling

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「白鳳獅子」系実生、2018年フラスコ出し初花。大部分はまだ未開花。

 ダイサギソウは株が老化してくると分球しなくなり、ウイルス耐性も低いので同一個体の長期維持は難しい。本土産個体を20年以上育てているという方もおられるようなので育て方によってはそれなりに長生きすることもあるようだが、管理人の栽培だと頑張っても同一個体は10年持たない。安全率を考えて最低でも5年に一度くらいは実生し、常に3世代くらい同時に育て、古くなってウイルスに感染した個体を若い個体と入れ替えながら系統維持している。

 ダイサギソウは近交弱勢の激しいハベナリア属としては例外的に、一株だけで自動結実して無交配で勝手に種子ができてしまう性質をもつ。そのため系統維持する場合に交配親として多数の個体を維持しつづける必要が無い。

 無菌培養が容易だが(きちんと完熟種子が得られるように管理していれば)何もしなくてもこぼれた種が飛んであちこちの鉢に自然実生が出てくる。栽培場での自然実生発生率はネジバナの次くらいに高い。(ただし「段ボール蒔き」は湧いてくる菌が合わないようで、ほとんど発芽しない)それゆえ日本で入手可能なハベナリアの中では最も系統維持しやすい種類の一つである。

(注:「長期維持がクソ面倒臭いハベナリア類の中では」の話である。本土産であっても花壇に植えたり他種との寄せ植え管理で適当に育てて長生きするような植物ではない。一般論としては「カタギの人間が手ェ出して良いもんじゃねぇんだよ、痛い目に遭わないうちにとっとと帰れ」と冷たい態度で追い返すぐらいの栽培難度である)

 

seedling

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 実生初花。

 希少な系統なので自分一人で育てていて絶種させてはいけないと思い、殖やした苗は積極的に草友に譲ることにした。とはいっても栽培が易しいとは言い難い草なので渡す相手はそれなりに選ばせてもらうことにし、植物園などにも渡しておいた。入手してからの20年で、のべ100人ほどに配っただろうか。まあ全員が栽培に成功することは期待していなかったが、3人ぐらい真面目に維持してくれる人がいれば絶種の危険は大幅に減るだろうという目論見である。「この草は実生更新が必須ですから、必ず実生を試みてください」と全員に言い添えるのも忘れなかった。

 結果から言うと維持してくれた方は一人もいなかった。植物園は初年度に栽培を失敗した。ある程度の年月、栽培できていた方は少なからずいたのだが真面目に殖やそうとした方は一人もいなかった。無菌培養技術のある方も、漫然と育てるだけで播種しようとしなかった。追加配布を中止して10年。現在では管理人が配布した個体はすべて消滅してしまったようだ。

 まあ、思うところは色々あるが語るのはやめておく。判ったことは自分がいくら一所懸命に殖やしても、維持する事に興味のない趣味家が増殖分を全部食いつぶしてしまうので最後には何も残らないという冷徹な現実だった。

 結論としてはダイサギソウは個人がある程度の年月、保持していくことは不可能ではないが、世代を超えて栽培下で残していくことはできない。そういうものは管理人の基準では栽培不可能種である。この結論に対して異論を認めるつもりはない。

*他のダイサギソウ関連記事は最上段にあるHabenariaタグをクリックしてください。

ダイサギソウ相次ぎ盗掘か – 奄美新聞

Nervilia nipponica propagation in flask

bloom in flask > autopollination > mature seeds > autocultivation

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昨年12月に紹介した沖縄本島産ムカゴサイシンの続報。菌依存性が高く、鉢栽培は困難なのでフラスコから出さずに継代培養しているが、今年は5本が開花してそのうち1本が結実した。

鉢栽培が可能な台湾ムカゴサイシンNervilia taiwaniana の場合は人工受粉しなければ結実しない。本種も今まではフラスコ内で結実したことは無かったので、結実には交配作業が必須だと思っていた。しかし振動か何かの影響で自動受粉することもあるらしい。だがラン科の場合、自家受粉だと果実ができても無胚種子しか入っていない事がよくある。果実が膨らんでいたのには気がついたが、「想像妊娠」だと思ってそのまま放置していた。

先日、ひさしぶりにフラスコを見てみたら親株の根元に白い粒々が見えた。コンタミ(雑菌侵入)かな?と思ってよく見たらプロトコーム(菌依存段階の幼若実生)だった。どうやら有胚種子ができていて、それがこぼれて勝手に発芽していたらしい。

ムカゴサイシンは果実が急激に生長して短期間で裂開するが、少し早めに採果すると種子が未熟すぎて発芽しない。かといって様子を見ていると変色などの前兆がないまま、いきなり果実が裂開して種子が消えて無くなっている。採取にベストなタイミングは数日程度、その時期を正確に見きわめて培養を開始する必要がある。ベストな期間に採果できても種子が消毒に弱く、1果実あたりの種子量も20粒に満たないことが多いので播種の技術的難度は高い。加えて好適培地はどういう組成なのか情報が皆無。過去に何度も培養に挑戦したがことごとく失敗、入手する機会がほとんどない貴重な種子を無駄にするだけで何の成果も得られなかった。神経を使う繊細な作業を繰り返しても無駄に終わり、吸い取られていく時間と労力にメンタルをゴリゴリと削られた。ようやく数個体の実生が得られた時には、やっと培養条件を解明できた!と力が抜けたものだ。

それが今回は放置状態で勝手に発芽していて、自分が苦労した時より数多くの実生ができている。非常に複雑な気分である。

親株は結実で体力を消耗したようで、新球根は一応できてはいるものの非常に貧弱。菌共生させていない普通の鉢栽培であれば、おそらく開花結実させると衰退消滅すると思う。まったくもって栽培向きではない。

まあ、殖やして需要のある植物でもないので園芸的には無意味な話だが、こういうこともあるという報告として書きとめておく。

チュウミズトンボの種子

continue from 01/08/2017

25 days after pollination

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8月1日の記事の続き。

(ミズトンボ×オオミズトンボ)×セルフ、交配後25日目

 

seed pods

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果実の拡大画像。

 

almost mature embryo of 25 days seeds

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 稔性チェックのため果実から取り出した種子、拡大画像。交配後25日で胚はほぼ成熟しており、稔性も良い。

 

・・・え?

・・・えええええええ????

稔性がある???

 

 ハベナリア類の異種間交配種は、一般的に稔性がきわめて低い。

 たとえばスズキサギソウ(ミズトンボ×サギソウ)は交配すれば果実が膨らむが、内部にできる種子はほとんど全部が無胚種子で、蒔いても発芽はしない。スズキサギソウを母体にして正常なサギソウの花粉を受粉させれば、ものすごく低い確率で発芽力のある種子ができる「こともある」ようだが、基本的にはほぼ完全不稔に近い。(スズキサギソウを花粉親にした場合は花粉の活性が低いためか、ほとんど受精しない)

 ハベナリア・ロードケイラ種群内での交配のような、ごく近縁の交雑であれば稔性が保たれる「こともある」が、それ以外のハベナリア種間交配種はことごとく不稔になる。自家受粉でも有胚種子ができるような高稔性の交雑種は管理人には心当たりが無い。

・・まあ普通の人の感覚では、種子ができたからって何が嬉しいの?と思うだろうが、この交配種の場合はちょっと背景が特殊だ。

 ハベナリアは個体寿命が短いので実生更新できないと栽培維持は困難。だが日本国内のオオミズトンボは近親交配が進んでおり、限られた種親から増やされた増殖流通個体だけでは今後の世代更新を続けるのが絶望的な状況にある。

 しかし園芸的な視点だけを考えるなら、外見上オオミズトンボに見えるランであれば、実際には雑種であっても観賞的な面では問題ないのではないか? 虚弱で殖えず実生苗もできない純血ニオイエビネより、強健で実生の容易なニオイエビネ型コオズ(ジエビネの血が混ざった交雑種)のほうが園芸的には優良ということはないか? 完全消滅する前に、雑種でも良いから遺伝子だけでも残しておいたほうが資源的には良いのではないか? ミズトンボを交配親に使えば、国内絶滅が確実視される「オオミズトンボ」を園芸植物として残せるのではないか?

 ・・と言えば「交雑は遺伝子汚染である。雑種として残すぐらいならむしろ滅びたほうが良い」という意見も出てくるだろうし、安易に雑種を作ることに問題がないとは言わない。

 というか、一目見て種間交配種と判るランを、珍しい山採り原種と偽って素人に高額で売りつけた事例が山ほどある山野草業界が、洋蘭のような交配血統の記録管理などするわけがない。市販の「ヒナチドリ」を遺伝子解析してみたら「これは遺伝子的にはウチョウランですね」という結果が出てしまった事例も論文になっている。業者も趣味家も血統管理という点では信用ゼロどころか思いっきりマイナス評価である。

 まあ、現時点では何を語っても妄想の域に留まる。とりあえずこの種子はぜひ育ててみてほしいと伝えておいた。

 

*2019年追記。

 健全な種子に見えたが培養してみると発生途中でほとんどが褐変枯死してしまい、F1交雑個体のセルフ及びシブリング実生は育成できなかったとの事。ただしオオミズトンボの花粉を戻し交配したものは苗が得られた模様。