Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

Vanda lamelata

in Orchid show, Okinawa island.

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コウトウヒスイラン。沖縄本島の某蘭展にて。

コウトウヒスイランは台湾の紅頭嶼(こうとうしょ。現在の蘭嶼(ランユー)島)に自生する翡翠蘭(バンダ属の和名)という意味。日本国内で唯一のバンダ属と言われていたが、フウランがバンダ属に編入されたのでそういう意味での希少価値は下がった。

日本国内では尖閣諸島魚釣島に自生(していた)と言われる。しかし魚釣島では1978年に緊急時の非常食として持ち込まれた2匹の山羊が野生化して爆殖。低層から中層の草木は食べつくされ、木の皮まではがされて着生木の実生更新も止まっているらしい。領有権がアレでコレで上陸できないので正確な現状は不明。ヤギの駆除もできないため状況としては相当にシビアな模様。「尖閣 ヤギ」で検索するといろいろ出てくるが、政治色濃厚なサイトが多いのでリンクは省略。

過去に漁師などが持ち帰ったと言われる尖閣産コウトウヒスイランと言われる個体が沖縄で栽培されており、ごく稀にネットオークションで売りに出て恐ろしい高値に競り上がることがある。が、その個体が確実に尖閣産であるとDNA鑑定で確定されているわけではないようだ。

台湾ではさまざまな品種が大量に園芸増殖されており、素心や4倍体大輪、赤っぽいの緑っぽいの白っぽいの、バリエーションに富んだ個体が沖縄のガーデンセンターで普通に安く売られている。国内のラン縛りで収集しているコレクターでなければ尖閣産にこだわる意味は皆無である。沖縄では庭木につけて放置していても育つので、ほぼ本土のフウランの感覚で栽培されている。

Amitostigma lepidum seedling

seedling in 2018.

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オキナワチドリ実生。

数多くの実生の中から「ちょっと変わった花」を探して、検定交配して遺伝特性を調べ、次世代の新しい花を作出する素材として整理していくのが管理人の趣味。

とはいえ一般的な人は植物の種名を覚えることすら一苦労。種内個体差ともなれば「ヲタクの無駄知識」の範疇だろう。

切手マニアでなければ、切手を見て標準版とレア版を識別できる人はいない。それと同じことで、花の写真を見て標準花と非標準花の区別がついたら一般人基準ではすでにマニア、腐れヲタクの領域である。

まあ、仮にチドリ類に興味を持ったとしても、栽培が面倒で種苗供給体制にも難のあるオキナワチドリにわざわざ手を出す必要は無い。大量生産されているウチョウランの中から気にいった花を選んで、飾り捨てにしていればそれで良いと思う。

Asarum caudigerum

in habitat. Nakijin village, Okinawa island, Japan.

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オナガサイシン、別名カツウダケカンアオイ。自生地にて撮影。

自生地はハブの巣窟で、足場も悪いので案内人無しで行くと簡単に死ねる。

観賞価値はそれほど高くないと思うのだが、カンアオイ類はコレクターが多く、観賞価値にかかわらずコレクトアイテムとして盗掘されてしまう。本種のようにもともと個体数が少ない種類だと、採りつくされて自生地で見るのはもう不可能に近い。画像は案内人の方がガイドして見せてくれた個体だが、一日中散策してもこの個体以外には一本も見つからなかった。

栽培は易しいとは言えない(一般人基準)が、ベテラン栽培者であれば増殖も可能なので、ごく少数ではあるが栽培下での増殖品が流通する。なお、2017年に「特定」希少動植物種に指定され、販売許可証をもつ業者以外は販売・譲渡が禁止されている。

ちなみに園芸店では変異個体としてオナガサイシンの「赤花」や「素心」と呼ばれる個体も流通しているようだが、それらに関してはよく似た別種ではないかとの事。詳しくはこちらのサイトを参照。

ASARUM JAPAN オナガサイシン

Spathoglottis hybrid

in Okinawa island, Japan.

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 コウトウシラン系交配種。沖縄本島植栽。

 コウトウシランは一年を通じて生長を続ける熱帯性常緑地生蘭。20℃以下になると生長が止まり、長期間生長が止まっていると調子を崩して枯れはじめる。(ただし同属の一部には冬期に落葉休眠する夏緑種もあり、そちらは10℃程度あれば越冬できる)

 温度さえあればシラン並みに丈夫なので、熱帯域では花壇に植えて楽しむことができる。沖縄本島でも台湾あたりから輸入されたカラフルな種間交配種が画像のごとく庭先などに植栽されているが、気候的に越冬限界ギリギリなので葉が傷んだり、寒い年には枯れたりすることもある。

 八重山諸島あたりまで行けば楽勝で越冬できるようで、原種のコウトウシランSpathoglottis plicata が道路の法面などで雑草化していたりする。しかし沖縄本島だとコウトウシランはどちらかといえばレアな植物だろう。(野生状態で見つかっているが、自生ではなく栽培からの逸出と言う説が有力)

 沖縄の一般園芸店ではこの属のランは、交配種も含めてざっくりと「コウトウシラン」と呼ばれている。「コウトウシランは沖縄では普通に売ってるよ」と言われることがあるが、原種はわざわざ殖やす業者がいないので販売品をあまり見かけない。交配種ぽい個体にplicataのラベルがついて売られていることも珍しくはない。

 本土でも日本産野生蘭の全種コレクションを狙っているような方は原種コウトウシランの栽培を試みているようだが、真冬でも強光と高温が必要になるので本土では維持が難しいようだ。

 逆に言えば強光と温度が確保できるなら栽培に難しい点はまったく無いのだが、順調に育てば育ったで草丈1mに達してしまって室内温室などに収めるのは難しい。大型温室を持っていて冬期20℃で管理しているような洋蘭愛好家が、コウトウシラン属のランを一鉢くらい育てていることはよくあるようだが、この属を積極的にコレクションしている方は日本国内にはほとんどいないと思う。一方で熱帯アジア諸国の園芸ブログなどを見てみると、種間交配によって「うわー凄い」と言いたくなるような園芸品種群が育てられていることが判る。

 しかし沖縄は別として、栽培不適地である日本にはこれらの品種はほとんど導入されていないようだ。まあその気になれば個人輸入も可能ではあるのだろうが、本土でこういうものを栽培しても労多くして益少ない気がする。

オキナワチドリの枯らし方(その5)

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 沖縄本島北部、オキナワチドリ自生地。

 定点観察に行ってみたら、未開花の実生がかろうじて数本残っていたが、開花株は一本も見当たらなかった。

 まあ「お前の自作自演だろ?」と言われても否定する材料は何も無い。いずれにしてもこういう事例がある以上、野生型のオキナワチドリを育てていると盗掘品を持っていると思われてしまう。「自分は違う」と主張しても、それを判断するのは他人である。交配育種して作った園芸系統でなければそういう疑いは払拭されない。

 沖縄の某展示会で、実名を晒して盗掘植えつけ鉢(作り込み品ではないのが一目で判る)を堂々と出品なさっておられた神経の太い方がいらっしゃったが、あの花は3年後に残っているのだろうか。

オキナワチドリの枯らし方講座を続ける。

 

8・個体差を考慮しない

 オキナワチドリには個体差というものがある。同じように育てていても、丈夫で毎年良く殖える個体と、虚弱で生かしておくのがやっとの個体がある。ネットで検索していて「何年も育てていますが栽培は簡単です」という説明がついているのは、おそらく前者。

 古くから栽培品として残っている個体の多くは奄美系で、低温耐性があって繁殖が旺盛な個体だけが生き残って増殖されている。そういう個体は雑に管理しても普通に殖えるし花も咲くが、そういう個体を基準にオキナワチドリの栽培を語るのはいかがなものか。加えて枯らした人はだいたい黙っているので、ネットにはほぼ成功談しか出てこない。いわゆる生存者バイアスである。

 「ランを育てるのは初めてだったのですけど、オキナワチドリの花を無事咲かせることができました」と喜んでいる方の多くは、さんざん説明してきたアレである。栽培歴数年以内の方の経験談はあてにならないのだが、知らない人が見ると素人でも育てられるくらい簡単なんだなーと思ってしまう。うん、チューリップって栽培簡単だよねー的な。

 きちんと育てたいならば、丈夫な品種を入手すべきなのは言うまでもない。野生個体でも栽培品として長く残っているものには淘汰選別済の丈夫な個体もあるが、平均としては交配実生のほうが丈夫な個体が多い。少なくとも沖縄産の山採りは初心者にはお薦めできない。

 ・・とは言っても交配実生はほとんど流通していない。ヤ◯オクでも年に数回出品される程度で、最近の交配品種はほとんど売りに出てこない。扱っている業者はあるのだが、ネット嫌いで店頭販売が中心だったり、儲けが薄いので積極的に販売していなかったりする。それらしい業者に直接電話をかけ、在庫確認する必要があるので購入するにも敷居が高い。検索すると山採り通販業者のホームページが先に出てきて、そちらでポチる人のほうが多そうだ。

 まあ管理人の経験上は、栽培欲を満たせれば品種なんかどうでもいいという人のほうが多いようではある。長期栽培も最初から考えておらず、栽培体験を楽しんだら満足して育てられもしない草友にあげてしまう。そうやって盗掘個体や、栽培者がほとんどいない希少品種が次々と消費されていく。

 が、考えてみれば園芸というのはもともとそういう娯楽だ。花が咲いている間だけ飾って楽しみ、気が済んだら処分する。庭植えで放任栽培できる樹木系は別として、鉢物というのは一般の感覚ではただの消耗品である。きちんと栽培しろと騒ぐほうが間違っている。

 「どうやったら育てられるんですか~~?」とか聞かれたとしても、親切のつもりで栽培方法を語ったりすると「腐れヲタクは一方的な知識マウントをコミュニケーションだと勘違いしていて痛い」と言われるので注意を要する。

 定型者が求めている「栽培情報」とは「他人が何に興味を持ち、何をしているかの情報」である。つまり栽培そのものにはそれほど興味はなく、それに関わる人間の行動を知りたがってい。誰がどういう植物を持っているか、それが他人にどう評価されるのかという話はしても良いが、植物の性質を語るのは無意味、あるいは迷惑がられる話題である

 誰かが育ててみたいと言ったとしても、それは栽培者の真似をすることで友好的に交流したいという社交辞令である。相手が(あるいはあなたが)何を目的としているのか勘違いしてはいけない。

 集団内で成功するには「他人の噂を集め、皆の背景を知って、好き嫌いを把握する」のが楽しい ーー 24時間365日、人間が興味対象になっている人のほうが有利である。ヒトよりもモノやコトに興味が向いてしまうと対人情報を探す時間が減って、社会不適合者になっていく。

 定型者にとって最も重要なのは群れに帰属することであり、他人の共感を得られないタイプの「こだわり」や「思い入れ」を持つと周りから浮いてしまう。一般社会で必要なのは「ファッション」である。手に入れた衣服が他人からどう評価されるかは重要だが、服飾史や制作技術まで知る必要はない。他人に見せるキラキラした園芸活動は好むが、植物自体に対する知見は求めていない。

 あなた自身が定型的な価値観なのか、それとも社会に不向きな人なのか、その立ち位置はよく自覚しておいたほうが良い。

 

9・休眠したあと存在を忘れる

 オキナワチドリは晩春になると葉が黄変枯死し、地下の球根のみで越夏する。球根がもともと小さく軟質なので、休眠中に水やりを忘れて完全に乾燥させてしまうと干物になる。かといって水をやりすぎると蒸れて腐ってしまう。運が良ければ屋外放置で雨にあたっているだけで偶然に夏越しに成功することもあるが、そのまま植え替えないで二年目の花を咲かせてしまったら、もう手遅れである。

 鉢植えのまま涼しい日陰に移して越夏させるのが良いか、それとも鉢をあけて球根をひろいあげ半乾きのミズゴケなどと一緒にチャック付きポリ袋などに入れて保管しておくのが良いのか。どの程度まで水を与えるのがベストなのか最適解については一概には言えず、いろいろ工夫して試してみる必要がある。(たまに冷蔵庫に入れたという方がいるが、温度が下がると活動を再開する植物を休眠期に冷やしてどうする)

 この時期に存在を忘れてしまってそのまま枯らしてしまう方も多いようだが、あまりにも初歩的な失敗なので黙して語られないことが多く、発生率については定かではない。まあほとんどの方は、わけのわからない管理を何年も愚直に続けていくほどの思い入れを持てないだろう。というか、定型者なら持たないように生まれついているはずである。

 結論としてオキナワチドリは既知外 相当に育てる人を選ぶ。栽培技術よりも育てる人の異常度 性格が長期栽培できるかどうかを決めている。

 野生蘭マニアは一度ぐらい育ててみるようだが、10年以上も育て続けている例は100人に1人いるかどうかという印象だ。むしろ中途半端に栽培知識のあるベテランのほうが舐めてかかって衰弱死させている感すらある。

 希少なランを栽培下で保全します?・・能書きだけの虚言は聞いていて虚しい。地生蘭としてはむしろ維持しやすいオキナワチドリですら次世代まで残せない栽培者に、何ができる? 

 野生種の遺伝子保全には同じ個体群から十株単位で系統保存する必要があるが、同じにしか見えない野生並花に個体番号をつけて、系統管理している趣味家がどこにいる?

 特定個体群から個体寿命に限界のある1個体(ウイルス感染などがあるので耐病性が低い種類だと永続的には栽培できない)だけ抜いてきて、それが保全になるとでも?(実生更新は別株と交配しないと、近親交配で世代を重ねるほど弱化してきてそのうち絶える)

 結局のところ、ほとんどのランは栽培しても命の消費しかできない。自生地が消滅しつづけていても、法に触れなければ(極限状況になって「種(しゅ)の保存法」などで規制がかかるまでは)消費栽培を止める手段は存在しない。

 規制されていてもバレなきゃいい、非規制種なら山採りでもいい、商業生産品なら良し、いや難しいものはやめておこう・・是非の基準は栽培者によって違うだろう。その線引きは各自のご判断におまかせするしかない。

 最後になるが、今回の一連の記事では栽培時の諸条件、たとえば生育中の潅水については詳しく触れていない。無菌播種、植物組織培養、ラン菌共生培養、遺伝子解析などの技法や参考文献、外注委託先・・本気で入れ込むなら知っておくべき情報は山のようにあるが、そういう「育て方」はここでは一切語らないでおく。自分の作場の最適解をまだ見つけていない方に、他人の答えを見せても惑わすだけだろうから。

(関連記事は最上段タグ「オキナワチドリの栽培」をクリックしてください)

オキナワチドリの枯らし方(その4)

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 販売されているオキナワチドリ。沖縄本島内の某ガーデンセンターにて。

 平鉢に赤土(そのへんで掘ってきた)で植え、表面に苔(そのへんで剥いできた)を張り付けてある。植え方が適当で、植物が傾いて根が露出している。草姿から推察して、作りこみ品ではなく山採り個体を当年に植えつけたものだと思われる。生長点にたまった水から腐敗がおきはじめて黒くなっている。

 沖縄本島内で販売されているオキナワチドリはこういうのが普通である。オキナワチドリに限らず、流通している沖縄産の植物の山採り率はきわめて高い。というより増殖業者がいないのではあるまいか。

 オキナワチドリの場合、本土の業者から園芸選抜個体を卸買いして転売することも可能なはずなのだが、球根からきっちり育成して花卉として通用する鉢物に仕立てあげるスキルのある業者は全国的に見ても数える程度だろう。というか、オキナワチドリは開花まで時間がかかるのに値段は安く、真面目に育てて出荷すると赤字になる。そのため一般園芸店にあまり流通しない。

 こういう雑な鉢植えを植え替えもせず、無肥料で管理しても数年程度であれば生かしておくことは(沖縄であれば)十分可能だ。まあ普通の人だと休眠したら管理をやめて放置してしまうので、夏の間に干物になってしまうのだが。

オキナワチドリの枯らし方講座を続ける。

 

6・大きな鉢にまとめて植える

 真面目に世話すれば、「丈夫な品種であれば」年に2倍程度に殖える。順調にいけば3球程度から始めて3年後には20球を超える。オキナワチドリは地面に葉を広げて育つので、小さいわりに生育面積を必要とする。4号鉢程度だと20球植え付けるのは厳しいので5号以上。根の深さはそれほど深くないので盆栽用の平鉢を使う・・

・・まあ、それも間違いではない。実際に100球まとめて大きな平鉢に植え、上手に育てておられる方もいないことはない。が、これは初心者に勧められる育て方ではない。

 極端に小さい鉢だと用土の乾湿変化が激しすぎて、水切れで枯らす危険性が高い。だったら大きい鉢のほうが鉢内の水分が安定して良いのか、と言うとそうでもない。あまり大きな鉢にすると過湿になった時にいつまでも過湿状態が続いてしまう。水切れの危険性は減るが腐って駄目になる危険性が小鉢に比べて著しく高くなる。大きい鉢に密植すると中心部の通気が悪くなるので、これまた腐敗の危険性が大幅にアップする。

 小鉢の時には順調に育っていたのに、大鉢に変えたらまるごと腐って全滅。チドリ類の栽培者が一度はやらかす初歩的な失敗である。

 また、鉢土の表面は乾いているけれど鉢底に停滞水が溜まっていて鉢内全体で見ると過湿、という場合がある。鉢の高さが低いと鉢底の停滞水層の比率が相対的に多くなり、水分適正部分は普通の鉢より少なくなる。ガンガン吸水する盆栽や一般山野草では多少の水分差は誤差の範疇だが、ラン科のようなデリケートな水分管理が必要な植物では平鉢と普通の鉢、多肉植物用ロングポット(あと、オキナワチドリでは使わないが腰高の東洋蘭鉢)では用土量が同じであっても、鉢内の水分分布の違いが生育差となって現われてくる。

(余談だが、砂漠に生えて地下水脈まで根を伸ばす特殊な植物では、土管のような縦長鉢に植えて腰水にし、常時下から水分が上がってきて絶対に水切れにならない&それでいて上までは水が届かなくて株元はいつもカラカラ、という育て方をすることがある。そういうのは平鉢だと再現不可能な育て方だろう)

 大鉢と小鉢、平鉢と腰高鉢では灌水の最適解が異なる(同じ管理をしていると生育に違いが出てきて、最悪の場合どちらかが枯れる)というのは考えてみれば当たり前なのだが、入門者は言われないと気づかない。

 ベテラン栽培者の場合、意図せぬ水分が加わらぬように栽培場所に雨除けの屋根を作り、一鉢ごとに灌水の量と頻度を変え、作場の通気・送風を考慮し各鉢ごとの置き場所を工夫して乾く速度を調整し、腐敗予防の殺菌消毒も定期的に行う。彼らにとってその程度の管理は「常識」であって、栽培法として語る以前の基本技術である。そんな事は世間一般ではやらないのが普通、という事が判っていない。

 というか一般人はたとえ教えたとしても「その人の作場における最適解」に翻訳して落とし込むスキルは無い、という事に気づいてさえいない。

 そして何も知らない新規参入者は展示会などで見たベテランの大鉢植えを形だけ真似して(栽培管理は素人のままで)通過儀礼的に「大鉢植えで大失敗」をすることになる。

 順調に殖えてきた時には、殖えた分だけを別の鉢に移動し、もとから植えてある鉢にも必ず一部を残しておくこと。全部いっぺんに別の鉢に移すと、環境が変わって全滅することがある。まったく同じ鉢を用意し、2鉢に分けて保険的に栽培しておくのも良いだろう。

 

7・殺菌消毒をしない

 オキナワチドリは冬に生長するため害虫の発生は比較的少ないが、逆に言うと天敵となる益虫が不在なので温室内に害虫が入り込んだ場合、繁殖に歯止めがかからない。

 発生予防のため定期的に殺虫剤を散布するのも有効ではあるが、最近は農薬抵抗性の虫が増えているので薬散してもまったく効果が無い場合がある。特にアザミウマ類(スリップス)は薬剤抵抗性が年々上がってきている。そして温室内では年中無休で発生し、幼虫は半透明で目に見えないほど小さく、しかも人間の気配を感じると葉と茎の隙間に素早くもぐりこむので発見がきわめて困難。薬散したからと思って安心していると気がついた時には生長点が食いつぶされていて、もう手遅れだったりする。

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 上画像はアザミウマに食害されたオキナワチドリ。まだ被害が目視できないぐらいの初期に防除したが、すでに生長点にもぐりこんだ幼虫に新芽がかじられていて、数週間たってからこのような無惨な状態になった。

 アザミウマの場合、食害発生直後には何ともないように見えるから始末が悪い。食害部が枯れはじめて初めて被害の大きさに気付くが、その頃には親虫は他株に移動していて、いつのまにか増殖した仔虫が周囲に散っている。

 早期に防除して画像のように健全な葉が残ってくれれば小さいながら新球根ができるが、ものすごく作落ちする。対応が遅れた場合は新球根ができずにそのまま枯れてしまう。

 こういう症状を病気だと勘違いして抗菌剤を散布しても意味は無い。ちょろちょろと素早く動いて隙間に隠れる微細な虫が視界に入った時点で、無害そうに見えても、1匹だけだったとしても、絶対に見過ごしてはならない。

↓こちらがアザミウマの関連記事

 普通の植物であれば新芽をかじられても脇芽が出てきて回復するし、アザミウマも葉より花のほうを好むので花だけかじって満足している場合が多い。植物種によってはアザミウマが花粉を媒介して共存共栄関係だったりすることもあるらしい。

 しかしオキナワチドリの場合には1個しか無い(しかも再生しない)生長点が食害されるので被害は甚大。さらにウイルスまで媒介される。百害、いや万害あって一利も無い不倶戴天の大害虫である。発生が確認された場合はただちに有効な殺虫剤を作場全域に散布し、薬が効いて虫が実際に死滅していることを目視で確認せねばならない。(農業用捕食ダニの散布は少量栽培には応用しづらい)

 ちなみにオルトラン、スミチオン、モスピランなど昔からよく使われていた農薬は最近のアザミウマには無効になっている場合が多い。ある程度有効でも同一薬剤を連用するとどんどん耐性が上がってくる。

 多剤耐性アザミウマに侵入されると1ヶ月で数百倍に増殖し、最悪の場合オキナワチドリが棚ごと壊滅する。厳重に、しっかり、油断せず、念入りな監視と防除が必要。(追記。アザミウマは10℃以下になると活動が鈍るので本土で低温栽培している場合にはそれほど発生しない模様。むしろ夏緑性のサギソウなどの生長点がしばしば食害されるそうである)

 病害に関しても要注意。小苗を密植して通気が悪くなっている場合などに突如として一部が腐りはじめ、放置すると鉢内全部に広がって全滅する場合がある。これは発生初期に一刻も早く抗菌剤の散布や土壌灌注をする。アザミウマ食害と区別がつかない場合は抗菌剤と殺虫剤を混合して撒く。

 なお、使う薬の濃度や使用時期によっては薬害が出る場合がある。初めて使用する薬剤はあらかじめ部分的にテスト散布しておくのが望ましい。問題がなければ定期的に予防散布するのも効果的だが、同一薬剤の連用は耐性虫・耐性菌の発生をまねく。むやみな乱用もそれはそれで問題がある。

 雨よけして上からの灌水を避け、しっかり日照を与えて適切な通風を与え植物体を「締めて作る」ことで腐敗性の病気はある程度までは防除できる。鉢用土の表面が常時湿っていたり、有機肥料が葉に触れていたりするとそこから腐ってくることがあるが、早期に発見すれば日に当てて風通しを良くし、表土を適度に乾かすだけで腐敗進行を止められる「こともある」。

 いずれにしても対応策を知らなければ異常に対応できないが、小型野生ランは少しでも作落ちさせるとそのまま回復できずに消滅してしまう事が多い。異常や作落ちを発生させないよう先回りして管理するのが重要である。

 読めば読むほど面倒臭いって? ラン栽培とはそういう面倒臭い部分を愛でる変態クソゲー愛好家の趣味である。面倒臭いのがお嫌いな方は最初から手を出さないのが正解である。

 まあ、たまたま運が良ければ何も対策せず、対策方法も知らない状態で育てても何年かは何事もなく育つこともある。そのうち枯らして「今年は駄目になった」とかおっしゃる方が少なからずおられるが、それは「駄目になった」のではない。あなたが「駄目にした」のだ。

(続く)

*関連記事は最上段「オキナワチドリの栽培」タグをクリックしてください。

オキナワチドリの枯らし方(その3)

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山野草ミニ盆栽」誌、2018年陽春号(Vol.127)

休刊前のラストラン特集・野生ランを育てる①

・・良い雑誌だったが、出版不況には勝てなかったようだ・・

 

 東京ドームのラン展において、オキナワチドリで日本のラン部門第一位を受賞した谷亀高広氏が、「オキナワチドリ・ラン展受賞秘話&栽培法」という記事を品種解説・カラー写真入りで4ページ執筆されている。オキナワチドリに興味のある方はご一読をお奨めする。他の記事も資料的価値があるので、野生蘭マニアなら買って損はないと思う。

 以下、先日に続いてオキナワチドリの枯らし方講座。

 

5.オキナワチドリ専用の作場を用意しない

 オキナワチドリの栽培適温は、谷亀氏によると「夜間3℃、日中15~20℃」。日中は温度を上げてしっかりと生長・光合成させ、夜間はある程度まで温度を下げて栄養消費させないようにするのが理想的な栽培条件らしい。ずっと低温だと生育が遅れてジリ貧になり、ずっと高温だと生理障害をおこして早期に落葉休眠してしまうため同様にジリ貧になるという。

 沖縄本島の冬の気温は夜間15℃、日中20℃前後。那覇市内の場合、気象庁の記録を見ると2018年1月に最低気温が10℃以下になったのは2日だけだった。谷亀氏の情報からすれば温度が高すぎることになる。まあ、日中の気温が20℃を超えなければ栽培はできるのだろうが、沖縄が分布南限であることを考えれば生存ギリギリの気候ではあるのだろう。ちなみに分布北限である九州産の個体群は沖縄本島産よりも生育適温が低いようで、管理人の作場では高温障害と思われる症状が出てしまい、うまく育てられない。

 おそらく最低気温が3℃くらいで、日中が15℃くらいの地域なら何一つ工夫せずとも上手に育てられるのだろう。しかし残念ながら、日本にはそういう地域は屋久島の海岸付近ぐらいしか見当たらない。

 本州南部の太平洋側も似たような気候ではあるが、寒波が来れば氷点下になることもある。冬緑性の植物は、ある程度は保護しないと安定して越冬させるのは難しそうだ。分布北限が宮崎県であることからしても、それより北の地域では屋外では長期栽培は難があると考えるべきだろう。

 が、栽培者から情報を集めていると、関東地方あたりから「保護なんかしなくても屋外で冬を越します」という話が聞かれる。よく聞いてみるとこれまた例のパターン。つまり「充実した球根を植えれば、劣悪な環境でも花が咲くまでは育つ」というアレである。

 無加温でも元気に花を咲かせはするが、低温のため冬の間の新球根肥大が止まっている。開花後には急激な気温上昇で葉が枯れて作落ちする。「屋外でも栽培可能」は栽培情報としてガセ以外の何物でもないのだが、オキナワチドリは多少の凍結ぐらいなら即死はしないから「屋外でも冬は越せる」であれば嘘ではない。そういう話が一次情報として流布されているのを聞くと頭が痛くなる。

 別のパターンとしては「さすがに霜に当てたりするのは危険なので、最低でも3℃はキープしてください」と言ったら最低3℃、最高7~8℃の場所で育ててしまうケース。最低15℃、最高20℃でも一応は育てられるのと同様、最高温度が10℃に満たない環境でも育たなくはない。ただし最適条件ではないので生育はそれなりに悪くなる。病気や事故で「作落ち」させると回復できずに消滅コースである。

 結局のところ「夜間3℃、日中15~20℃の置き場を作ってそこで育てる」が最適解になるのだが、実際にやるとなるとあまり簡単ではない。沖縄では機械的に冷却しない限り10℃以下にできないし、本土では何らかの手段で加温しなければ降雪の日などに十分な温度が保てなくなる。

 とはいえ温度を下げるより上げるほうが簡単なので、そういう意味ではどちらかといえば本土のほうが栽培適地と言えなくもない。関東以南の市街地マンションでは真夏の高温でウチョウランやイワチドリが生育障害をおこすので、温度と光量が調整できればオキナワチドリのほうが栽培しやすいと聞いている。(最近はワンルームマンション在住で20℃以上の室内と氷点下のベランダしか置き場が無く、純熱帯植物か凍結植物しか育てられないのでオキナワチドリは無理、という方も多いようだが)

 本土の太平洋側で冬期の日照が十分に得られ、自宅にサンルームがあるのでほとんど温度調節しなくても最適温度が保てる、というような場合は栽培管理にあまり苦労しないと思う。日本海側や北向きの部屋だったとしても、最低温度が3℃以上という条件がクリアできれば栽培は可能。室内ビニール温室の中に熱帯魚用のLED照明をつるせば日照の問題は解決できるし、照明の発熱で日中15℃以上も容易に達成できる。

 自生地の沖縄であっても、屋外管理だと暴風や長雨で傷む事が多いので、完全室内栽培・LED補光のほうが安定した管理が可能になる。

 ただ、そういう設備を用意するにはそれなりに予算がかかる。時価500円程度のオキナワチドリを育てるために総額数万円の栽培設備を用意する、という人がどれだけいるだろうか。どちらかというと、お金などかけずに適当な置き場所でごまかそうとする人のほうが多いのではないか。温度に限った話ではなく、植え替えでも肥料でもこういう「手抜き精神」が出てしまうとオキナワチドリは長生きしない。

 オキナワチドリは100点評価で90点の管理をした場合、新球根の大きさは今年の90%に縮んでしまう。用土、温度、日照、肥料、植え替え、消毒殺菌、殺虫剤の予防散布、それらの最適条件の比較検討、適切な用品調達・・いろいろな管理が適当だと栽培成績は0.9X0.9X0.9・・と相乗的に悪くなる。

 市販の「草花の土」で植え付けてうまく育たずに首をひねっている方、どうしてその土を選んだ? 他にどういう用土があって、それぞれの長所と短所を言えるか? ウチョウランとイワチドリでは栽培方法が異なるが、灌水量を変えて同一用土で育てるスキルはあるか? 用土によって肥料の適正量が違うが、それを把握しているか?

 即答できないド素人は帰れ。あなたの経験値で、野生種に挑むのは10年早い。

 が、ベテランが真面目に育てても予期せぬトラブルはある。実際のところ減点ゼロは難しい。よって作上がりを目指す場合には手抜きの逆、金と時間と手間が120%のオーバードライブお手入れをして、どこかにマイナスがあっても総合成績が100点以上になるように管理する。これが長期栽培のコツである。

 うっかり作落ちさせてしまうと、植物の体力が落ちるため翌年の栽培はもっと難しくなる。栽培開始後3年目ぐらいまでは「そこまでしなくても育てられるし・・」と笑っていた人達が、5年目ぐらいを過ぎるとほとんど全員が無口になってくる。統計はとっていないが、体感的に10年生存率は驚くほど低い。

 にもかかわらず、野生蘭愛好家の間ではオキナワチドリは入門種、初心者が育てるランという位置づけになっている。球根を植えれば初年度は馬◯でも育てられるからだろう。ステータスとしては小学生がプランターに植えているチューリップと同列の扱いだ。

 だが、ちょっと考えてほしい。チューリップはオランダの業者が大量生産しているから消耗品扱いしても問題はないが、ああいう生育が遅くてウイルス耐性が皆無に近い植物を、日本国内できちんと長期維持できる園芸家が日本に何人いるだろうか。(耐病性があって長期栽培が難しくない種類もあるようなので一概には言えないけれど)平均的な栽培難易度で言えば、園芸種のチューリップはランに勝るとも劣らない難物である。

 もし種子から「完全栽培」をしてみろ、と言われたら、ウイルス防除をしながら開花株まで5年以上かけてきちんと育てあげられる園芸家はほとんどいないだろう。

「買ってきて花を咲かせる」と「栽培できる」の間には絶望的なほど深い谷が存在しているが、その事を誰一人として意識していない。それが世間一般で言う「園芸」の実態だ。誰かに苗を供給してもらわなければ持続できない、きわめて消費的な趣味である。

(続く)

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