休刊前のラストラン特集・野生ランを育てる①
・・良い雑誌だったが、出版不況には勝てなかったようだ・・
東京ドームのラン展において、オキナワチドリで日本のラン部門第一位を受賞した谷亀高広氏が、「オキナワチドリ・ラン展受賞秘話&栽培法」という記事を品種解説・カラー写真入りで4ページ執筆されている。オキナワチドリに興味のある方はご一読をお奨めする。他の記事も資料的価値があるので、野生蘭マニアなら買って損はないと思う。
以下、先日に続いてオキナワチドリの枯らし方講座。
5.オキナワチドリ専用の作場を用意しない
オキナワチドリの栽培適温は、谷亀氏によると「夜間3℃、日中15~20℃」。日中は温度を上げてしっかりと生長・光合成させ、夜間はある程度まで温度を下げて栄養消費させないようにするのが理想的な栽培条件らしい。ずっと低温だと生育が遅れてジリ貧になり、ずっと高温だと生理障害をおこして早期に落葉休眠してしまうため同様にジリ貧になるという。
沖縄本島の冬の気温は夜間15℃、日中20℃前後。那覇市内の場合、気象庁の記録を見ると2018年1月に最低気温が10℃以下になったのは2日だけだった。谷亀氏の情報からすれば温度が高すぎることになる。まあ、日中の気温が20℃を超えなければ栽培はできるのだろうが、沖縄が分布南限であることを考えれば生存ギリギリの気候ではあるのだろう。ちなみに分布北限である九州産の個体群は沖縄本島産よりも生育適温が低いようで、管理人の作場では高温障害と思われる症状が出てしまい、うまく育てられない。
おそらく最低気温が3℃くらいで、日中が15℃くらいの地域なら何一つ工夫せずとも上手に育てられるのだろう。しかし残念ながら、日本にはそういう地域は屋久島の海岸付近ぐらいしか見当たらない。
本州南部の太平洋側も似たような気候ではあるが、寒波が来れば氷点下になることもある。冬緑性の植物は、ある程度は保護しないと安定して越冬させるのは難しそうだ。分布北限が宮崎県であることからしても、それより北の地域では屋外では長期栽培は難があると考えるべきだろう。
が、栽培者から情報を集めていると、関東地方あたりから「保護なんかしなくても屋外で冬を越します」という話が聞かれる。よく聞いてみるとこれまた例のパターン。つまり「充実した球根を植えれば、劣悪な環境でも花が咲くまでは育つ」というアレである。
無加温でも元気に花を咲かせはするが、低温のため冬の間の新球根肥大が止まっている。開花後には急激な気温上昇で葉が枯れて作落ちする。「屋外でも栽培可能」は栽培情報としてガセ以外の何物でもないのだが、オキナワチドリは多少の凍結ぐらいなら即死はしないから「屋外でも冬は越せる」であれば嘘ではない。そういう話が一次情報として流布されているのを聞くと頭が痛くなる。
別のパターンとしては「さすがに霜に当てたりするのは危険なので、最低でも3℃はキープしてください」と言ったら最低3℃、最高7~8℃の場所で育ててしまうケース。最低15℃、最高20℃でも一応は育てられるのと同様、最高温度が10℃に満たない環境でも育たなくはない。ただし最適条件ではないので生育はそれなりに悪くなる。病気や事故で「作落ち」させると回復できずに消滅コースである。
結局のところ「夜間3℃、日中15~20℃の置き場を作ってそこで育てる」が最適解になるのだが、実際にやるとなるとあまり簡単ではない。沖縄では機械的に冷却しない限り10℃以下にできないし、本土では何らかの手段で加温しなければ降雪の日などに十分な温度が保てなくなる。
とはいえ温度を下げるより上げるほうが簡単なので、そういう意味ではどちらかといえば本土のほうが栽培適地と言えなくもない。関東以南の市街地マンションでは真夏の高温でウチョウランやイワチドリが生育障害をおこすので、温度と光量が調整できればオキナワチドリのほうが栽培しやすいと聞いている。(最近はワンルームマンション在住で20℃以上の室内と氷点下のベランダしか置き場が無く、純熱帯植物か耐凍結植物しか育てられないのでオキナワチドリは無理、という方も多いようだが)
本土の太平洋側で冬期の日照が十分に得られ、自宅にサンルームがあるのでほとんど温度調節しなくても最適温度が保てる、というような場合は栽培管理にあまり苦労しないと思う。日本海側や北向きの部屋だったとしても、最低温度が3℃以上という条件がクリアできれば栽培は可能。室内ビニール温室の中に熱帯魚用のLED照明をつるせば日照の問題は解決できるし、照明の発熱で日中15℃以上も容易に達成できる。
自生地の沖縄であっても、屋外管理だと暴風や長雨で傷む事が多いので、完全室内栽培・LED補光のほうが安定した管理が可能になる。
ただ、そういう設備を用意するにはそれなりに予算がかかる。時価500円程度のオキナワチドリを育てるために総額数万円の栽培設備を用意する、という人がどれだけいるだろうか。どちらかというと、お金などかけずに適当な置き場所でごまかそうとする人のほうが多いのではないか。温度に限った話ではなく、植え替えでも肥料でもこういう「手抜き精神」が出てしまうとオキナワチドリは長生きしない。
オキナワチドリは100点評価で90点の管理をした場合、新球根の大きさは今年の90%に縮んでしまう。用土、温度、日照、肥料、植え替え、消毒殺菌、殺虫剤の予防散布、それらの最適条件の比較検討、適切な用品調達・・いろいろな管理が適当だと栽培成績は0.9X0.9X0.9・・と相乗的に悪くなる。
市販の「草花の土」で植え付けてうまく育たずに首をひねっている方、どうしてその土を選んだ? 他にどういう用土があって、それぞれの長所と短所を言えるか? ウチョウランとイワチドリでは栽培方法が異なるが、灌水量を変えて同一用土で育てるスキルはあるか? 用土によって肥料の適正量が違うが、それを把握しているか?
即答できないド素人は帰れ。あなたの経験値で、野生種に挑むのは10年早い。
が、ベテランが真面目に育てても予期せぬトラブルはある。実際のところ減点ゼロは難しい。よって作上がりを目指す場合には手抜きの逆、金と時間と手間が120%のオーバードライブお手入れをして、どこかにマイナスがあっても総合成績が100点以上になるように管理する。これが長期栽培のコツである。
うっかり作落ちさせてしまうと、植物の体力が落ちるため翌年の栽培はもっと難しくなる。栽培開始後3年目ぐらいまでは「そこまでしなくても育てられるし・・」と笑っていた人達が、5年目ぐらいを過ぎるとほとんど全員が無口になってくる。統計はとっていないが、体感的に10年生存率は驚くほど低い。
にもかかわらず、野生蘭愛好家の間ではオキナワチドリは入門種、初心者が育てるランという位置づけになっている。球根を植えれば初年度は馬◯でも育てられるからだろう。ステータスとしては小学生がプランターに植えているチューリップと同列の扱いだ。
だが、ちょっと考えてほしい。チューリップはオランダの業者が大量生産しているから消耗品扱いしても問題はないが、ああいう生育が遅くてウイルス耐性が皆無に近い植物を、日本国内できちんと長期維持できる園芸家が日本に何人いるだろうか。(耐病性があって長期栽培が難しくない種類もあるようなので一概には言えないけれど)平均的な栽培難易度で言えば、園芸種のチューリップはランに勝るとも劣らない難物である。
もし種子から「完全栽培」をしてみろ、と言われたら、ウイルス防除をしながら開花株まで5年以上かけてきちんと育てあげられる園芸家はほとんどいないだろう。
「買ってきて花を咲かせる」と「栽培できる」の間には絶望的なほど深い谷が存在しているが、その事を誰一人として意識していない。それが世間一般で言う「園芸」の実態だ。誰かに苗を供給してもらわなければ持続できない、きわめて消費的な趣味である。
(続く)
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