Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

オキナワチドリ「虹系」

Amitostigma lepidum ( Ponerorchis lepida) 'Spotless with Picoty form'

オキナワチドリ無点ぼかし花。通称「虹系オキナワチドリ」。

 「虹」というのはウチョウランの旧銘品で、無点ぼかし花という品種がまだ存在していなかった(正確にはほとんど知られていなかったので、ジャンルとして存在していなかった)時代に突如として登場し、「虹系」という新ジャンルを創設した歴史的品種。

 上画像は2006年出版の「山野草マニアックス Vol12.「特集・ウチョウラン 銘花の軌跡」からの引用。(文中のサツマチドリ「白光」は「白晃」(純白花)の誤記だと聞いているが裏付けをとっていない)

 よく見ると唇弁の奥に小さな斑紋があり、厳密には無点ではなく準無点だが、まあマニア以外は気にしないで良いと思う。

 上画像も同書からの引用。こちらが「虹」の交配親となった野生個体「翁」。

 昭和後期はウチョウランエビネなどの日本産野生ランの栽培がブームになり、野生由来の変異個体が驚くような高値で取引された。

 下画像は1990年「『自然と野生ラン』2月号増刊・’90年度版ウチョウラン・チドリ類市場価格情報」からの引用。さて、「虹」のお値段は・・

 800円000銭ではない。80万円である。1球で。

 ちなみにこの時点で紅一点花「紅光仙」は1球350万円。

 何だそりゃ、と思うかもしれないが、良花を実生作出すれば1球10万円で飛ぶように売れた時代である。最高クラスの交配親は競馬で言えばダービー制覇した種牡馬並みの価値がある。

ライバルを蹴落として1年でも早く入手せねば金儲けのチャンスに乗り遅れるっ!! 350万なら35本の苗が売れれば回収可能っ! 漢ならァァ~~ここで全財産突っ込むぜえええぇぇっ!!!>

 時代の空気というか、高度成長期のバブリーな香りが濃厚に漂っている。17世紀ヨーロッパのチューリップ・バブル - Wikipediaごとき様相である。

 そしてこの時代から30年以上。大量増殖技術が確立され、品種改良も爆発的に進み、ウチョウランは完全に園芸植物となっている。この間の血と汗の歴史は今回は省略。

 なお、現在では「虹系」は無点ぼかし花というジャンルを示す言葉になっており、虹系と呼ばれていても必ずしも「虹」の血縁個体ではない。イワチドリやオキナワチドリの「虹系」も花色が似ているからそう呼ばれているだけで、ウチョウランの血は入っていない。

ウチョウラン 虹 - Google 検索

 今でも種牡馬級の個体はそれなりに高価だが、高くても10万円台というところだろう。普及レベルであれば数千円、フラスコ出し小球根であれば1球数百円ぐらい。もはや馬刺し程度の値段である。気軽に買って飾ったあとは気軽に枯らす「普通の鉢物」として流通している。

 値段が安くなったので野生ウチョウランの狂ったような乱穫は無くなり(ゼロにはなっていないが、もともと断崖などに生える植物なので危険をおかしてまで採りに行く人がほぼいなくなった。ブームの頃はロープを使って採りに行って滑落死したという話がたまにあった)自生地が保全されるようになった。とりあえずは良き事ではある

 が、そうなるとウチョウランを真面目に育てるモチベーションが下がる。それでいて栽培はクソ面倒なので、試しに育ててみた新規参入者はほとんどが撤退し、二度と戻ってこない。

 仮に本気で惚れ込んだとしても、安定した栽培をするためにはガチの栽培設備、すなわち「蘭舎」が必要になる。土地付きの一戸建てでないと蘭舎は作りにくいし、集合住宅のベランダなどに作っても湿度調整が難しく栽培成績があまりよろしくない。

 小型地生蘭は地面の上に作った栽培棚で育てている時は何も苦労していなかった方が、改築で作場を2階に移動したら作が落ちた、5階に引っ越したら壊滅した、というような話も珍しくない。

 言い方を変えると、一戸建てが買えるような安定した収入があり、転勤も無く、自分が留守の時には代わりに水をかけてくれるような家族も同居している・・というような昭和的な状況でないと、きちんと作をかけられる長期栽培は(できなくはないが)ウチョウランの場合には難度が上がる。

 令和時代の若い人ならアパートのワンルームで室内管理できて、少しぐらい留守をしても枯れたり飢え死んだりしない動植物を趣味として選ぶのが普通だろう。

 というわけでウチョウランをガチで育てている趣味家は減る一方、ブーム時に雨後の筍のごとく設立されたウチョウラン愛好会は高齢化と新規入会者の減少で次々に自然消滅。年寄り連中が意地と惰性で育て続けている旧銘品コレクションも、次の世代では残っているかどうか怪しい。だって若い方々に40年育て続けるほどの思い入れって、ありますか? アグラオネマとかは40年後にジジイが思い出を語ってそうだけども。

 ウチョウラン生産業者はニワカ消費栽培者にほどよい値段の苗を大量供給することで商売を継続しているが、業者のほうも(こういう事を言ったら失礼なのは重々承知だが)いろいろ厳しくなってきている部分がある。

 「ウチョウランってこんな小さいのに1本500円もするの!?」みたいなお客様ばかりになってしまうと、やる気もおきないだろうと思う。1本300円の儲けが出たとしても、1万本売れて300万円。年収がこれだとバイトの給料すら払えない。あなただったら後継者になりたいですか? (これは今の日本で後継者になりたい仕事がどれだけあるかという普遍的な悲観論であって、生産業者さんに喧嘩を売っているわけではない。個人的には専業でなくても良いので生産を継続していただきたい)

 まあ、原種とか旧銘品の保存はともかく、園芸植物としてのウチョウランはそれなりに需要があるのでいきなり流通がゼロになることも無いとは思う。しかし、過去には市場に溢れていたトキソウやサギソウが生産業者の廃業で流通量が壊滅的に減っている(今年はガーデンセンターなどにほぼ入荷していない模様)のを見ると趣味家は楽観視してはいけない気がする。どこにでもある鉢物だったトキソウ白花が、下手すると絶種するんじゃないかという状況である。

 超高級品は大事にされるので意外と残るが、一度値段が安くなると遊び潰されて消費されてしまうので、誰かが意識的に残さないとまるっと消えて無くなる。工業製品と違って種親が絶えてしまうと再生産できない。いつまでも あると思うな 親と蘭。

 さて、ここで話をオキナワチドリ虹系に戻す。今回の個体の作出記録がこちらである。(画像クリックで拡大)

 原資10個体のうち、8個体が亡き師匠の栽培品、もしくは発見・栽培に関与した個体。まだ沖縄本島に数万本単位の自生地が残っていた時代に、師匠が休日をすべて使って探索・収集した遺伝子コレクションの一部である。(ちなみに師匠から受け継いだ個体を某植物園に寄贈を申し入れたことがあるが、維持管理のできる学芸員がいないと言われて断られた)

 上画像は2004年に沖縄本島の某所で撮影した自生地画像。当時は見渡す限り延々とオキナワチドリが咲き乱れる草地が本島のあちこちにあって、変異個体以外は採る気もおきない雑草だった。ところが今では島中を探し回っても並花1本を見つけることすら難しい。かろうじて生き残っている自生地が毎年消えていって、個体数が殖えている場所は見当たらない。

 これから20年後にはどうなっているか・・「昭和の頃には東京都世田谷区にサギソウの自生地があった(世田谷区の区花になっている)」というのと同じように、完全に昔話の存在になっているだろうか?(余談だが世田谷サギソウは三軒茶屋産の1個体だけ栽培下で現存しており、たまにネットオークションに出てきて万単位の値段がつく。ちなみに花型は標準以下である)

 本島産オキナワチドリがガンコラン(千葉県産の非アワチドリ型ウチョウラン)並みの貴重品になる日が来るなど、想像すらしていなかった。

 

ーー 園芸植物は野生個体の採集から始まる。山採りは必要悪であり、完全否定すれば園芸植物の創出はありえない。しかし園芸化をしない・できない人間が山採りを手に入れて社会に何一つ還元できないならば、栽培者は公共財産を盗んだ泥棒になってしまう ーー

 この思想を肯定するか否定するかは読者の判断におまかせしておく。ともあれ、管理人は師匠の考え方に共感を覚えた。オキナワチドリの園芸化は山採り個体を譲り受けた者の責務だと思い、自家生産オリジナルの交配育種を進めていった。その結果が冒頭の画像である。

 記録を見ると交配5世代目でこの個体が作出されている。いろいろな動植物のブリーダーに話を聞いてみると、育種に結果らしきものが出てくるのは早くても野生個体から数えて3世代目以降、だいたい4~5世代目で目に見える成果が得られる・・というのが定番らしい。逆に言うと、こういう感じで5世代にわたって飽きず腐らず交配に執着しないと結果が出せないという事になる。

 ・・と説明すると一般の方は引いてしまうと思うが、最近はオキナワチドリでも5世代目以降の交配実生が普通に流通している。1株買ってきてセルフ実生するだけで(親株として当たりの個体であれば)一発で銘品クラスの個体が出る。親株にふさわしい個体を見つけ出して手に入れられるか、というだけの話になっている。

 交配図中、最下の画像を拡大してみた。今回紹介した虹系個体、実生初花の画像である。

 比較スケールを入れていないので判りにくいが、この時点では唇弁の横径は10mm程度。円弁ではあるが大きさ的にはほぼゴミである。野生個体でも花径15mm程度の個体はあるし、ウチョウランであれば500円玉(直径26.5mm)サイズの花はそれほど珍しくない。この花が店頭で売っていても皆さんは素通りするだろう。

 しかしオキナワチドリはイワチドリやウチョウランと違って、植物体のサイズに比例した大きさの花を咲かせる性質がある。大輪系統でも小株だと野生並花に劣る花を咲かせるので、がっつり肥培して「本芸」を出すまでは正しく評価できない。では肥培してみましょう。

 はい、20mmを超えました。花の面積は初花の4倍。これが冒頭の画像の花である。ちなみに2013年が初開花なので、現時点ではすでに2~3世代前の旧品種になる。

 管理人の知る限りでは、今年流通しているオキナワチドリの最大品種の花径は約25mm。もうちょっとで500円玉サイズである。

 いや、そんな品種は売っているのを見たことないぞ! とお思いのあなた。大輪品種はがっつり肥培して「本芸」を出すまでは並花以下なのですよ。二束三文で売り飛ばされる無銘実生がそういう管理をされていると思いますか? ほら、あなたの目の前にあるんですよ。未選別のうちは並花と同じ値段ですけれど。

 大輪オキナワチドリ虹系には多数の系統があるが、数年前からそのうちのどれかが流通している模様。SNSなどで「なんか変わったオキナワチドリ買ったよー」みたいな報告が散見されるようになった。

 が、それを作り込んで本芸の株立ちにした、という話を一度も見聞きしていない。おそらく園芸ウチョウランと同様に飾り捨てにされているのだろうが、真価を発揮することなく衰弱死しているならば残念な事ではある。

 オキナワチドリは需要が少ないので、もともと専門の増殖業者は存在していない。アマチュア趣味家の増殖苗がほそぼそと流通するに留まっていたが、ガチで栽培していた趣味家が次々に亡くなり、新規交配品の作出・供給は完全にストップしている。今の流通苗は業者のバックヤード在庫が少しずつ放出されているだけのようだ。

 おそらく遠くない将来、オキナワチドリは(一部の斑入り品種を除いて)市場からまるっと姿を消すだろう。

 管理人も数年前から育種は辞めて、栽培品の断捨離を進めている。育てたがる趣味家は山ほどいるが「消費者」しか新規参入してこないので、苗を提供しても意味が無い。試合終了である。

 栽培品として残すには対象植物が誰にでも育てられるか、増殖できるハイアマチュアが複数いるか、業者が継続的に増殖して市場供給するか、少なくともどれか1つの条件を満たさなければならない。そしてオキナワチドリに限らず、野生ランでその条件を満たしている種類はきわめて少ない。

 管理人が自分一人でできるのは、残された時間で少しでも情報を書き残しておく事ぐらいだろう。まあ、それすらも紙媒体でなければ長くは残らないのだが。

 実物を残したかった。オキナワチドリを皆に大事にされる植物に育てあげて、自生地が滅びても人と共に生きていけるようにしたかった。

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