Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

Amitostigma hybrid

Amitostigma lepidum X A.keiskei

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オキナワチドリ大点♀ × イワチドリ標準花♂

上画像の実生姉妹。斑紋が多少異なる。

二枚葉であることを除けば、イワチドリと大差は無い。父親似なので交配が成立していることは推察できるが、これだと見た目に新鮮味が感じられない。

この交配は親和性が低く、受粉しても途中で胚が発生停止してしまって完熟種子が得られなかった。そこで早期に採果して胚培養を開始することで(4~5果実を培養して数本程度だが)苗を得られた。しかし交雑苗は虚弱で育ちにくく、ビン出ししてもほとんどが途中で枯れてしまった。

画像個体はたまたま開花まで生き残った個体だが、性質が弱く稔性もゼロに近い。戻し交配(正・逆)でも種子ができないので、育種としてはここで行き止まりである。

なお、最近の分子系統解析の結果から、ヒナラン属Amitostigmaはウチョウラン属Ponerorchisに統合されたようだ。

上画像の中央からやや下、赤色の部分に集まっているのがウチョウラン、ヒナチドリ、イワチドリ、コアニチドリ、ちょっと離れてオキナワチドリ。このへんはDNAで見ると同属に区分するのはまあ妥当だろう。問題は上段オレンジの区分でミヤマモジズリと一緒になっているヒナランと、その下の水色の区分で中国産チドリ類と一緒のニョホウチドリ。ヒナランとウチョウランで交雑種が作られているので、両者は極端に遠縁ではないのだろうが同属にまとめて良いのだろうか。

新分類にもとづけばオキナワチドリの学名はPonerorchis lepida になるらしい。まあ、当ブログでは面倒くさいのでしばらくは旧学名のまま続けることにする。

*2023年追記。さらに変更されて ウチョウラン属がHemipilia属に統合された模様。ということは学名はHemipilia ledida ? 

Malaxis purpurea

from Okinawa island, Japan.

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沖縄本島産のオキナワヒメランという説明のもとに、知人から種子をもらったラン。無菌培養で育成して開花させた。沖縄には酷似したカンダヒメランM.kandaeというランもあると言われているが、ネットで検索してみてもオキナワとカンダは完全に混同されているようで、典型的個体というものがどういう花なのか全然わからない。両者は同種であるという説を採用する方も少なからずおられるようだ。

花基部の苞葉が大きいのがカンダヒメラン、小さいのがオキナワヒメランという説もある。その意見に従うならリンク先の西表島産の個体はカンダヒメランという事になるだろう。

irimuti.cocolog-nifty.com

 

一方、知人から栽培情報を集めたところ「枯れにくく、栄養繁殖して殖える系統」と「花が咲くと高率で枯れてしまい、栄養繁殖もしないため長期栽培が困難な系統」があるという。これらがそれぞれオキナワとカンダに相当する別種なのか、あるいは同種内での個体差なのか、そのへんは混沌としていて管理人には判断しかねる。

ちなみに今回の画像個体は長期栽培が困難な系統。開花までの育成はさほど難しくないが、まったくと言ってよいほど分球しないうえに開花すると腐って枯れてしまうことが多く、少なくとも管理人には同一個体の長期維持はほぼ不可能。

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開花後に自動結実して果実が鈴成りになるため、無菌播種ができれば世代更新は可能。ただ、前述のごとく花が咲くと枯れてしまうので苦労して育てる意味はほとんどない。

栄養繁殖する系統があるとしても、どのみち栽培が簡単なランではない。観賞価値の高い植物でもないので栽培の労力対効果は著しく低いと言わざるをえない。こういうものは見かけても育てようなどとは思わずに、野に置いて眺めるだけにしておくのが賢いのではあるまいか。 

Allium pseudojaponicum

from Amami island.

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アマミラッキョウ(タマムラサキ)。奄美大島産。知人から栽培株を分けてもらって育てている。

本土のヤマラッキョウは葉が円筒状で中空だが、アマミラッキョウはニラのように葉が扁平で中実。その中間タイプのナンゴクヤマラッキョウというのもあるそうだ。これらが地域変異の範疇なのか、はたまた別種とすべきものなのか、あるいは倍数化or交雑起原なのか情報が乏しくて管理人にはよく判らない。f:id:amitostigma:20171207112254j:plain

アマミラッキョウとされる個体でも、産地によって4倍体やら雑種起原やらいろいろあるらしいがDNA鑑定でもしないと判別は難しい。画像個体は奄美大島産なのでアマミラッキョウで良いと思うのだが、同定に自信は無い。本土のヤマラッキョウの場合でも産地によって2倍体個体群、4倍体個体群、8倍体個体群があって、生育環境も湿原だったり乾燥した丘陵だったり岩場だったり同種と思えないくらい生態に違いがあるという。染色体数が違っていても外見的には酷似していて、ネット画像では識別が困難。詳しいことは学者先生におまかせしたい。

栽培については特筆すべき事も無い。ごく普通のラッキョウである。

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こちらは植え替えの時に撮影した球根画像。普通に食用にできそうな感じだが、食べてみた事は無い。

Nervilia nipponica propagation in flask

bloom in flask > autopollination > mature seeds > autocultivation

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昨年12月に紹介した沖縄本島産ムカゴサイシンの続報。菌依存性が高く、鉢栽培は困難なのでフラスコから出さずに継代培養しているが、今年は5本が開花してそのうち1本が結実した。

鉢栽培が可能な台湾ムカゴサイシンNervilia taiwaniana の場合は人工受粉しなければ結実しない。本種も今まではフラスコ内で結実したことは無かったので、結実には交配作業が必須だと思っていた。しかし振動か何かの影響で自動受粉することもあるらしい。だがラン科の場合、自家受粉だと果実ができても無胚種子しか入っていない事がよくある。果実が膨らんでいたのには気がついたが、「想像妊娠」だと思ってそのまま放置していた。

先日、ひさしぶりにフラスコを見てみたら親株の根元に白い粒々が見えた。コンタミ(雑菌侵入)かな?と思ってよく見たらプロトコーム(菌依存段階の幼若実生)だった。どうやら有胚種子ができていて、それがこぼれて勝手に発芽していたらしい。

ムカゴサイシンは果実が急激に生長して短期間で裂開するが、少し早めに採果すると種子が未熟すぎて発芽しない。かといって様子を見ていると変色などの前兆がないまま、いきなり果実が裂開して種子が消えて無くなっている。採取にベストなタイミングは数日程度、その時期を正確に見きわめて培養を開始する必要がある。ベストな期間に採果できても種子が消毒に弱く、1果実あたりの種子量も20粒に満たないことが多いので播種の技術的難度は高い。加えて好適培地はどういう組成なのか情報が皆無。過去に何度も培養に挑戦したがことごとく失敗、入手する機会がほとんどない貴重な種子を無駄にするだけで何の成果も得られなかった。神経を使う繊細な作業を繰り返しても無駄に終わり、吸い取られていく時間と労力にメンタルをゴリゴリと削られた。ようやく数個体の実生が得られた時には、やっと培養条件を解明できた!と力が抜けたものだ。

それが今回は放置状態で勝手に発芽していて、自分が苦労した時より数多くの実生ができている。非常に複雑な気分である。

親株は結実で体力を消耗したようで、新球根は一応できてはいるものの非常に貧弱。菌共生させていない普通の鉢栽培であれば、おそらく開花結実させると衰退消滅すると思う。まったくもって栽培向きではない。

まあ、殖やして需要のある植物でもないので園芸的には無意味な話だが、こういうこともあるという報告として書きとめておく。

Lygodium japonicum var. microstachyum

in habitat. Okinawa island, Japan.

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ナガバカニクサ。沖縄本島にて。

本土に分布するカニクサの変種で、頂裂片がカニクサに比べてやや長い。葉の光沢が若干強いのでテリバカニクサの別名があるという。ツル性で他の植物にからみつきながら伸び、よく育つと2m以上になることもある。

 

Sporophyll

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こちらは胞子葉。形状がかなり異なり、知らないと別種のシダに見える。

沖縄本島ではほとんど注目されていない植物だが、八重山諸島だとカニクサ類は祭礼の魔除けとして使われる。有名なところでは西表島の節祭(シチ:本土の節分に相当する年改めの日に行われる大祭。旧暦10月前後の己亥(つちのとい)の日からの3日間、2017年は11月8~10日)に必須とされ、いわば本土の節分におけるヒイラギのような存在。方言名もシチ・カッツァ(節祭蔓)である。具体的にはリンク先ページ中段を参照。

www.chie-project.jp

奄美諸島でも神女が身を飾る霊草として使用している例がある(盛口満「シダの扉」)そうで、理由はよく判らないが琉球文化圏では特別視されているように思われる。

1476夜『シダの扉』盛口満|松岡正剛の千夜千冊

 

Ligodium microphyllum.

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こちらは同属のイリオモテシャミセンヅル。西表島産の個体の胞子をもらってきて蒔いたもので、管理人宅で植栽している。こちらもナガバカニクサと区別することなく「シチ・カッツァ」と呼び、同様に魔除けとして利用する。

Sporophyll

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イリオモテシャミセンヅルの胞子嚢(葉の裏側)。温度さえ保てれば胞子からの育成も(シダとしては)難しくはない。観葉植物として面白さはあるが、大株になるとツルがやたらと伸びて周囲にからまるので少々扱いづらい。鑑賞的に仕立てるのが難しく、持っていて自慢できる珍種というわけでもないので栽培している人をあまり見かけない。管理人が育てているのも園芸というよりは文化史的サンプルという感じ。

Stenoglottis hybrid.

Stenoglottis (longifolia X fimbriata)X self.

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 通称ムレチドリ。もともと「ムレチドリ」は南アフリカ固有種Stenoglottis longifoliaの和名だったようだが、最近では同属のSt.fimbriata(ウズラバムレチドリ)との交配種、およびその後代がムレチドリの商品名で大量に流通するようになっている。ガーデンセンターなどで山野草として普通に売っているので、どこかの業者が量産していると思われるが詳細は把握していない。(情報をご存じの方はご教授いただけると嬉しいです)

 画像個体は管理人が試験的に「ムレチドリ」を自家受粉で交配し播種育苗したもの。稔性は低かったが、地生蘭の種間交配種は不稔になる場合のほうが多く、自家交配で苗を得られるケースはどちらかと言えば珍しい。(注:春咲きエビネは例外中の例外。また交配ウチョウランは亜種間交配であって、別種との交配ではない)

 原種のロンギフォリア種は美麗かつ強健で育て易いが、エビネ並みの大型種で栽培に場所をとる。一方でフィンブリアタ種は小型で山野草的だが暑さにはそれほど強くなく、沖縄などでは栽培が難しい。両者の交配種はそこそこ小型で強健、良いとこ取りの良交配で入門者におすすめできるランの一つ。

 沖縄だとほぼ常緑だが、本土の場合10℃以下になると落葉休眠するようだ。ただし耐寒性はそれほど高くはなく、落葉するような環境では枯らしやすい。

 本土でも太平洋側の温暖な地域だと無加温で野外栽培しているという報告を散見するが、低温になるほど水分管理の失敗でまるごと腐る確率が高くなる。スパルタ栽培だと、あまり長生きはしないと思う。

 本属は地下にネジバナのような多肉で水分の多い紡錘根がある。この根を、茎をごく一部つけて本体からはずし、植えつけておくと新芽を出してくる。キク科の園芸植物ダリアを塊根分割で殖やすような感じである。通常の分株に加えて、この「根伏せ」でも繁殖できるので増殖は容易。

 しかし一方で多肉根は古くなると非常に腐りやすくなる。大株になると中央の根塊がごっそり溶けて病原菌の温床となり、元気に育っていた株がいきなりスッポ抜けて駄目になることがしばしばある。

 市販の小苗だと古根が無いのでそれほど気にする必要はなく、放任に近い状態でもトラブルなく育ってしまう。その時点で簡単だと思って油断し、そのまま植え替えをせずに育ててしまうと突如として調子を崩す。

 症状が現れた時点では、すでに地下部が手のほどこしようが無い悲惨な状態になっている、というのがよくあるパターン。毎年きちんと植え替えて腐りかけた古根を取り除き、株分けして一株のサイズをできるだけ小さくしておくのが長期栽培のポイントになる。

 短期的には栽培容易と言えるランなのだが、愚直に世話を続けて長い年月育て続けている人を探すとほとんど見かけない。商業生産品なので消費栽培上等ではあるのだが、長生きする植物が飾り捨てにされている、そういう状況になんともいえず哀しい気持ちになるのは管理人だけだろうか?

Macodes petola

in Orchid Show.

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 マコデス・ペトラ、和名ナンバンカゴメラン。(環境省資料ではナンバンカモメラン)

某蘭展にて撮影。

  いわゆるジュエルオーキッドの一つ。画像では判りにくいが、実物は葉脈がキラキラと光を反射し金属感のあるパウダーゴールドに輝いている。おそらく観葉植物の中でも最も美麗な種の一つだろう。沖縄でも西表島に同種とされるものが分布しているが、自生地画像を見てみると色調ははるかに地味で、本当に同種なのか疑問に感じる。と言っても個体変異が著しいグループなので外見からの分類は限界があると思われ、詳しいことは学者先生のDNA解析におまかせしたい。

 この種は平成28年に「特定」国内希少動植物種に指定されたため現在では販売申請をして販売許可証を取得した登録業者しか販売・譲渡ができなくなっている。指定以前にはアクアリウム関係の採集業者が東南アジア各地で野外採集した個体を国内に持ち込んでいたことがあり、産地による形態の違いがマニアの話題になったりもした。

ebikusaariki.blog106.fc2.com

 蘭展の出品個体は東南アジアで人工増殖されて日本に輸入されている系統らしいが、一般的な個体とは比喩ではなく)輝きが違う。おそらくトップクラスの美麗個体を増殖しているのだろう。

 これと同一に思える外見の個体が、販売許可をうけているとは思えない町の花屋やホームセンターなどで売られていることがある。法的な規制があっても実態としてはザル法になっているようだ。まあ山採り個体でなければ売買しても自然保護上は特に問題無いはずなので、見かけても苦笑しつつスルーしている。

 というか、本来ならばマニア秘蔵の高級園芸植物として扱われるべき希少種のはずなのだが、飾り捨て用の特売品になっているのを見ると複雑な気分ではある。

 もともとジュエル系の植物は環境適応性が乏しい。四季の環境変化が激しい日本では夏に暑すぎたり冬に寒すぎたり、湿度が高すぎたり低すぎたり、ほとんどの地域で何かしらの環境不適合がおきるため自然気候下では栽培が非常に難しい。生まれたての赤ん坊をクーラーもストーブも無い家につれていく、という話を聞いたらあなたはどう思うだろう? レプタイル関係の方々には「ヤドクガエル飼育並みの面倒臭さ」と言ったらお判りいただけるだろうか。

 そういう中では本種は比較的丈夫のようで、一般家庭でも何年かは育って殖えることも珍しくはないらしい。しかし元気に育って開花までしてしまうと、その時には大幅に体力を消耗する。その後にたまたま生育に良くない気候が続いたりすると、きっちり回復させるのが非常に大変で栽培のハードルが一気に高くなる。

 ただ、昨今はちょっと事情が変わってきている。ワンルームマンションだと生活空間と植物置き場が同じ部屋にならざるをえなかったりする。小動物も飼っていたりする場合、24時間365日エアコンで温度調整を続けるのはもはや常識である。そういう方々にとっては温帯植物を季節変化に合わせて管理する事のほうがむしろ不可能に近く、一年を通じて25℃で育てるほうが簡単だ。植物は雨風の当たらない室内で水槽に入れ密閉状態にし、部屋に冷暖房をかけても湿度が一定に保たれるようにする。さらに容器内に送風扇を入れて空気をよどませないようにする。

 タイマー設定したLED育成灯を設置し常にベストの光量。屋外の病害虫からは完全にシャットアウト。気合を入れるなら水草育成用の二酸化炭素添加装置で空中施肥も加える。いわゆる植物工場で設定するような完全人工環境である。20年前ならジョークでしかなかった自然気候と完全に切り離した安定栽培が、急速に発展してきたアクアリウム・レプタイル関連設備を流用することによって現実化している。

 というか「飼育」ジャンルから参入してきて、植物に対しても「飼っている」と言っているような趣味家にとっての「栽培」は、年寄りの(あるいは一般家庭の)常識とはそもそも異なる。ネットで情報収集する場合、デリケートな種類を上手に育てている人達は栽培条件が根本的に異なっている可能性がある、という事を念頭に置いておかないと痛い目を見る。エアコン使用は飼育クラスタの方々にとって当たり前の事であり、やっているという意識すらない=ブログなどを見てもまったく書いていない。

 まあ、いずれにしても本来が長命な植物ではないようで「きちんと世話をしている」程度の甘ったれたヌルい扱いをしていれば5年から10年程度で枯らしてしまうのが普通ではなかろうか。

 サトイモ科などと違って、病気が出た場合は回復がほぼ不可能で完全ロストまで一気に進む。園芸家には常識となっている定期的殺菌剤散布(薬剤ローテーションによる耐性菌防止を含む)ですら、きちんとやっているテラリウム屋は意外と少ない。(というか動物が同居していたりすると薬剤が使えないので、その場合は耐病性が強くない植物はそもそも入れてはいけない)

 さらに新規導入株の隔離検疫、ウイルス対策としてバックアップ実生苗の生産、エアコンの故障にそなえたエアコン二台設置と停電時の自動復旧システム構築。そこまで本気でやっている趣味家はまずいないので、問題が生じた場合は長い間集めてきたコレクションが一気に全滅して終了する。

 まあベゴニアでもホマロメナでも収集品崩壊はよく聞く話ではあるが、ラン科はトラブった場合の再収集や立ち上げ直しの難度がより高い。ウイルス対策もバックアップ作成もせずにエロ動画をひたすら動画フォルダに収集して、それをコレクションとして永久保存できると思っている人間がいたらただのアホであろう。あらかじめクラッシュ発生を想定して「こんなこともあろうかと」の用意が無ければ遅かれ早かれ消滅は免れない。

 そこまで気をつかっても大震災クラスのイベントがあれば電気に頼った栽培システムはあっさり爆死する。東日本大震災の時におきた飼育屋達の阿鼻叫喚、年寄り世代の感覚ではまだ最近の話なのである。冬に温めるのはエアコンでなくても可能だが、真夏だったら一日で煮えて全滅である。エアコンを動かせる太陽光発電・蓄電設備もある? 予算が許す方は是非やってみていただきたいものだ。

 人工増殖株なら爆死して強制終了でも笑って終わりにすれば良い。が、山採り野生株の蒐集であったならばどうだろうか。野生個体の持続可能性など考えず自分が育てたいものを買いあさって育て、維持はできずにそのうち終了。今の時代、おそらくクールな趣味だとは言われないだろう。

 野生個体は中二病者の自己陶酔に捧げる供物としては秀逸ではあろうが、「表の世界で」承認欲求を満たすためのアイテムとして披露したら、今の時代にはむしろマイナス評価になる。

 そういうものに手を出す趣味家は、すべて理解した上であえて挑戦する腐れマニアか、あるいはニワカで何も判っていない馬鹿のどちらかである。

 この手の植物は山野草系の栽培スキルに加えてアクアテラリウム系の設営管理、洋蘭系の増殖技術などを複合的に駆使しない限り、永続的に維持していくのは現実的に無理がある。まあ不可能だとまでは言わないし、ガチで取り組むだけの価値はあるかもしれない。しかし日本でやると明らかに労力対成果が低い、というか低すぎる。

 そのため日本国内の生産系業者がこの手の植物に手を出すことは(隙間産業的にやっている業者はいるが)きわめて少ない。国内で扱っている業者の多くは輸入・転売オンリーの・・中には野生採集品も少なからず混じっているので、その点からも「常識的な」善意の一般園芸趣味者には参入をお勧めしづらい。流通品の多くが新しいミズゴケで根元をくるんだだけの一本苗で、植え付けてから一定期間きちんと育成された苗がほとんど見当たらない事に疑問を感じていただきたい。

 まあ栽培を止める権利は無いし、止めたところで熱に浮かされている人が止まらない事はよく知っている。どこまでも進んで崖から落ちるのも青春だろうか(違

 ちなみにシュスラン系のランは、バイオ増殖技術はすでに確立されている。

http://xmytl168.cn.baimao.com/newsdetail/17460.html(現在リンク切れ)

 リンク先にあった記事は中国の某農場で漢方薬素材として生産されているキバナシュスラン属Anoectochillus sp.の栽培状況。28℃以上にすると腐りやすいという説明があったので、かなり冷涼な圃場だと思われる。バイオ苗を年間300万フラスコ培養して生植物100トン(キログラムの間違いではない)を出荷していたようだ。

*リンク切れのため2022年改稿。

上記サイトから引用、漢方茶用に「茶摘み」をしている画像。中国語で検索すると、これぐらいの規模の業者が普通に見つかる。

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このように殖やしている種類なら遊びで消費しようが、煮て食おうが(マジで薬膳料理の素材にします)特に問題はないと思う。

 このグループは、個人でも増殖業者に委託すれば(技術的には)こういう感じで量産可能である。しかし日本ではそんな事をしても誰も褒めないし儲けにもならないので、業者に増殖委託する栽培者は(ゼロではないが)限りなくゼロに近い。

 多くの方は洋蘭業者が委託播種・委託育成を趣味家から受注している事自体をご存知無いだろうし、それどころかバックアップ技術を研修していない入門者が衝動的に野生種コレクションに走って、最終的に1本残らず腐らせてしまっていたりする。日本全体で見ても、フラスコを1本だけでも播種して順化に成功すれば、もう国内トップクラスのブリーダーを自称できてしまう程度の栽培レベルに留まっている。まあ日本の気候にまったく合わないのだから、育てようと思うほうが間違っていると言えなくもない。

 そういうネガティブな情報がまったくと言って良いほど知られていないので、育ててみたがる方々はそこそこ多い(育てられるとは言っていない)。そして消費需要を満たすために外国から次々に輸入され続けている。人工増殖されていない山盗り苗がレア物として人気だったりもする。

 昭和時代に海外から色々と輸入して食い散らかしたあげく、次の世代には何一つ残せなかった管理人世代と同じことを繰り返しているのだから、もう乾いた笑いしか出ない。

 近年、多種多様な熱帯雨林系植物が日本国内に輸入されているが、一部の植物では趣味家による国内増殖が軌道に乗って、正しく園芸普及されつつある。しかしラン科に関しては希少種であろうが優良個体であろうが、実生生産どころか栄養繁殖苗ですら趣味家の二次増殖個体はまったくと言って良いほど流通していない。販売された苗がどうなっているかは推して知るべしという感じである。

 

 *令和4年追記。

 傷みやすいランの多くは、コロナ騒動のため現時点では輸入量が激減している。山盗り輸入がほぼ途絶えたため、国内で人件費をかけて育成しても割が合うようになってきた模様。一般受けする美麗種に関しては国産の実生生産個体も一部で流通しはじめている。

 とは言っても全体的に見ると、海外で殖やしたフラスコ苗などを輸入して転売(無養生転売を含む)している件数のほうが多いように思われる。海外の蘭園が苗を輸出している種類だとかなりのレア種でも国内流通しているのに、それ以外の種類は「今なら国内で生産すれば売れるんじゃないの?」と思う種類でも増殖品をほとんど見かけない。(統計は無く、印象を元にした発言)

 いずれにしてもこのジャンルは生産者と消費者に二極化してしまっていて、中間に位置するキーパー層が薄い。大元の生産者が撤退すると、それ以降の流通がまるごと消滅しそうな種類ばかりである。輸出の混乱もどの程度続くか判らないし、流通量が長期的にどうなっていくかは予測が難しい。