Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

Macodes petola

in Orchid Show.

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 マコデス・ペトラ、和名ナンバンカゴメラン。(環境省資料ではナンバンカモメラン)

某蘭展にて撮影。

  いわゆるジュエルオーキッドの一つ。画像では判りにくいが、実物は葉脈がキラキラと光を反射し金属感のあるパウダーゴールドに輝いている。おそらく観葉植物の中でも最も美麗な種の一つだろう。沖縄でも西表島に同種とされるものが分布しているが、自生地画像を見てみると色調ははるかに地味で、本当に同種なのか疑問に感じる。と言っても個体変異が著しいグループなので外見からの分類は限界があると思われ、詳しいことは学者先生のDNA解析におまかせしたい。

 この種は平成28年に「特定」国内希少動植物種に指定されたため現在では販売申請をして販売許可証を取得した登録業者しか販売・譲渡ができなくなっている。指定以前にはアクアリウム関係の採集業者が東南アジア各地で野外採集した個体を国内に持ち込んでいたことがあり、産地による形態の違いがマニアの話題になったりもした。

ebikusaariki.blog106.fc2.com

 蘭展の出品個体は東南アジアで人工増殖されて日本に輸入されている系統らしいが、一般的な個体とは比喩ではなく)輝きが違う。おそらくトップクラスの美麗個体を増殖しているのだろう。

 これと同一に思える外見の個体が、販売許可をうけているとは思えない町の花屋やホームセンターなどで売られていることがある。法的な規制があっても実態としてはザル法になっているようだ。まあ山採り個体でなければ売買しても自然保護上は特に問題無いはずなので、見かけても苦笑しつつスルーしている。

 というか、本来ならばマニア秘蔵の高級園芸植物として扱われるべき希少種のはずなのだが、飾り捨て用の特売品になっているのを見ると複雑な気分ではある。

 もともとジュエル系の植物は環境適応性が乏しい。四季の環境変化が激しい日本では夏に暑すぎたり冬に寒すぎたり、湿度が高すぎたり低すぎたり、ほとんどの地域で何かしらの環境不適合がおきるため自然気候下では栽培が非常に難しい。生まれたての赤ん坊をクーラーもストーブも無い家につれていく、という話を聞いたらあなたはどう思うだろう? レプタイル関係の方々には「ヤドクガエル飼育並みの面倒臭さ」と言ったらお判りいただけるだろうか。

 そういう中では本種は比較的丈夫のようで、一般家庭でも何年かは育って殖えることも珍しくはないらしい。しかし元気に育って開花までしてしまうと、その時には大幅に体力を消耗する。その後にたまたま生育に良くない気候が続いたりすると、きっちり回復させるのが非常に大変で栽培のハードルが一気に高くなる。

 ただ、昨今はちょっと事情が変わってきている。ワンルームマンションだと生活空間と植物置き場が同じ部屋にならざるをえなかったりする。小動物も飼っていたりする場合、24時間365日エアコンで温度調整を続けるのはもはや常識である。そういう方々にとっては温帯植物を季節変化に合わせて管理する事のほうがむしろ不可能に近く、一年を通じて25℃で育てるほうが簡単だ。植物は雨風の当たらない室内で水槽に入れ密閉状態にし、部屋に冷暖房をかけても湿度が一定に保たれるようにする。さらに容器内に送風扇を入れて空気をよどませないようにする。

 タイマー設定したLED育成灯を設置し常にベストの光量。屋外の病害虫からは完全にシャットアウト。気合を入れるなら水草育成用の二酸化炭素添加装置で空中施肥も加える。いわゆる植物工場で設定するような完全人工環境である。20年前ならジョークでしかなかった自然気候と完全に切り離した安定栽培が、急速に発展してきたアクアリウム・レプタイル関連設備を流用することによって現実化している。

 というか「飼育」ジャンルから参入してきて、植物に対しても「飼っている」と言っているような趣味家にとっての「栽培」は、年寄りの(あるいは一般家庭の)常識とはそもそも異なる。ネットで情報収集する場合、デリケートな種類を上手に育てている人達は栽培条件が根本的に異なっている可能性がある、という事を念頭に置いておかないと痛い目を見る。エアコン使用は飼育クラスタの方々にとって当たり前の事であり、やっているという意識すらない=ブログなどを見てもまったく書いていない。

 まあ、いずれにしても本来が長命な植物ではないようで「きちんと世話をしている」程度の甘ったれたヌルい扱いをしていれば5年から10年程度で枯らしてしまうのが普通ではなかろうか。

 サトイモ科などと違って、病気が出た場合は回復がほぼ不可能で完全ロストまで一気に進む。園芸家には常識となっている定期的殺菌剤散布(薬剤ローテーションによる耐性菌防止を含む)ですら、きちんとやっているテラリウム屋は意外と少ない。(というか動物が同居していたりすると薬剤が使えないので、その場合は耐病性が強くない植物はそもそも入れてはいけない)

 さらに新規導入株の隔離検疫、ウイルス対策としてバックアップ実生苗の生産、エアコンの故障にそなえたエアコン二台設置と停電時の自動復旧システム構築。そこまで本気でやっている趣味家はまずいないので、問題が生じた場合は長い間集めてきたコレクションが一気に全滅して終了する。

 まあベゴニアでもホマロメナでも収集品崩壊はよく聞く話ではあるが、ラン科はトラブった場合の再収集や立ち上げ直しの難度がより高い。ウイルス対策もバックアップ作成もせずにエロ動画をひたすら動画フォルダに収集して、それをコレクションとして永久保存できると思っている人間がいたらただのアホであろう。あらかじめクラッシュ発生を想定して「こんなこともあろうかと」の用意が無ければ遅かれ早かれ消滅は免れない。

 そこまで気をつかっても大震災クラスのイベントがあれば電気に頼った栽培システムはあっさり爆死する。東日本大震災の時におきた飼育屋達の阿鼻叫喚、年寄り世代の感覚ではまだ最近の話なのである。冬に温めるのはエアコンでなくても可能だが、真夏だったら一日で煮えて全滅である。エアコンを動かせる太陽光発電・蓄電設備もある? 予算が許す方は是非やってみていただきたいものだ。

 人工増殖株なら爆死して強制終了でも笑って終わりにすれば良い。が、山採り野生株の蒐集であったならばどうだろうか。野生個体の持続可能性など考えず自分が育てたいものを買いあさって育て、維持はできずにそのうち終了。今の時代、おそらくクールな趣味だとは言われないだろう。

 野生個体は中二病者の自己陶酔に捧げる供物としては秀逸ではあろうが、「表の世界で」承認欲求を満たすためのアイテムとして披露したら、今の時代にはむしろマイナス評価になる。

 そういうものに手を出す趣味家は、すべて理解した上であえて挑戦する腐れマニアか、あるいはニワカで何も判っていない馬鹿のどちらかである。

 この手の植物は山野草系の栽培スキルに加えてアクアテラリウム系の設営管理、洋蘭系の増殖技術などを複合的に駆使しない限り、永続的に維持していくのは現実的に無理がある。まあ不可能だとまでは言わないし、ガチで取り組むだけの価値はあるかもしれない。しかし日本でやると明らかに労力対成果が低い、というか低すぎる。

 そのため日本国内の生産系業者がこの手の植物に手を出すことは(隙間産業的にやっている業者はいるが)きわめて少ない。国内で扱っている業者の多くは輸入・転売オンリーの・・中には野生採集品も少なからず混じっているので、その点からも「常識的な」善意の一般園芸趣味者には参入をお勧めしづらい。流通品の多くが新しいミズゴケで根元をくるんだだけの一本苗で、植え付けてから一定期間きちんと育成された苗がほとんど見当たらない事に疑問を感じていただきたい。

 まあ栽培を止める権利は無いし、止めたところで熱に浮かされている人が止まらない事はよく知っている。どこまでも進んで崖から落ちるのも青春だろうか(違

 ちなみにシュスラン系のランは、バイオ増殖技術はすでに確立されている。

http://xmytl168.cn.baimao.com/newsdetail/17460.html(現在リンク切れ)

 リンク先にあった記事は中国の某農場で漢方薬素材として生産されているキバナシュスラン属Anoectochillus sp.の栽培状況。28℃以上にすると腐りやすいという説明があったので、かなり冷涼な圃場だと思われる。バイオ苗を年間300万フラスコ培養して生植物100トン(キログラムの間違いではない)を出荷していたようだ。

*リンク切れのため2022年改稿。

上記サイトから引用、漢方茶用に「茶摘み」をしている画像。中国語で検索すると、これぐらいの規模の業者が普通に見つかる。

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このように殖やしている種類なら遊びで消費しようが、煮て食おうが(マジで薬膳料理の素材にします)特に問題はないと思う。

 このグループは、個人でも増殖業者に委託すれば(技術的には)こういう感じで量産可能である。しかし日本ではそんな事をしても誰も褒めないし儲けにもならないので、業者に増殖委託する栽培者は(ゼロではないが)限りなくゼロに近い。

 多くの方は洋蘭業者が委託播種・委託育成を趣味家から受注している事自体をご存知無いだろうし、それどころかバックアップ技術を研修していない入門者が衝動的に野生種コレクションに走って、最終的に1本残らず腐らせてしまっていたりする。日本全体で見ても、フラスコを1本だけでも播種して順化に成功すれば、もう国内トップクラスのブリーダーを自称できてしまう程度の栽培レベルに留まっている。まあ日本の気候にまったく合わないのだから、育てようと思うほうが間違っていると言えなくもない。

 そういうネガティブな情報がまったくと言って良いほど知られていないので、育ててみたがる方々はそこそこ多い(育てられるとは言っていない)。そして消費需要を満たすために外国から次々に輸入され続けている。人工増殖されていない山盗り苗がレア物として人気だったりもする。

 昭和時代に海外から色々と輸入して食い散らかしたあげく、次の世代には何一つ残せなかった管理人世代と同じことを繰り返しているのだから、もう乾いた笑いしか出ない。

 近年、多種多様な熱帯雨林系植物が日本国内に輸入されているが、一部の植物では趣味家による国内増殖が軌道に乗って、正しく園芸普及されつつある。しかしラン科に関しては希少種であろうが優良個体であろうが、実生生産どころか栄養繁殖苗ですら趣味家の二次増殖個体はまったくと言って良いほど流通していない。販売された苗がどうなっているかは推して知るべしという感じである。

 

 *令和4年追記。

 傷みやすいランの多くは、コロナ騒動のため現時点では輸入量が激減している。山盗り輸入がほぼ途絶えたため、国内で人件費をかけて育成しても割が合うようになってきた模様。一般受けする美麗種に関しては国産の実生生産個体も一部で流通しはじめている。

 とは言っても全体的に見ると、海外で殖やしたフラスコ苗などを輸入して転売(無養生転売を含む)している件数のほうが多いように思われる。海外の蘭園が苗を輸出している種類だとかなりのレア種でも国内流通しているのに、それ以外の種類は「今なら国内で生産すれば売れるんじゃないの?」と思う種類でも増殖品をほとんど見かけない。(統計は無く、印象を元にした発言)

 いずれにしてもこのジャンルは生産者と消費者に二極化してしまっていて、中間に位置するキーパー層が薄い。大元の生産者が撤退すると、それ以降の流通がまるごと消滅しそうな種類ばかりである。輸出の混乱もどの程度続くか判らないし、流通量が長期的にどうなっていくかは予測が難しい。