Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

リュウキュウボウランの謎

collect in Okinawa island,Japan.

(This plant cultivate in Tokyo.)

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通称「リュウキュウボウラン」。東京の某展示会に出品されていた株を知人が撮影したもの。(掲載は撮影者の了承済)

この植物に関しては色々と感慨深いものがある。もともとは亡き師匠が秘蔵していた沖縄本島採取個体(とされている。これに関しては後述する)で、師匠が株分けして数十年前に東京の山草会に送ったものが送付先で増殖され、日本全国に広まった模様。現在沖縄で栽培されている苗にも東京からの里帰り品があるようだ。

ラン科植物の多くは毎年植え替えないと作落ちしたり、暑さ寒さに耐えなかったり、ウイルスに弱かったり、いきなり腐って全滅したりする。そのため「希少なランを栽培下で保存栽培していこう!」などとイキってみても、バトンを渡した時に落とす人が多すぎてリレー栽培が現実的にほぼ成立しない。ところがこの個体はたった一株のオリジナル個体から増殖され、何十年も人から人へと手渡されつつ栽培が続いている例外的な事例である。

この個体はランとしては強健で、ある程度の粗放栽培に耐える。何かに着生させてしまえば何年も植え替えが不要。栄養繁殖しやすくウイルス耐性もあり、暑さに強く、関東でもある程度の温度が保てるなら室内越冬できるぐらいの耐寒性もある。(注:寒さは好まないので加温が足りないと花が咲かなくなる)さらに近縁の着生蘭の性質から推測するに個体寿命もおそらく100年以上あるだろう。栽培維持に関して大きな問題点が無かった、言い方を変えれば、めったに枯れない草だったからしぶとく残っているわけだ。

亡き師匠から聞いた話では、このランは沖縄本島の本部(もとぶ)半島の岩場で一株だけ見つかったもので、師匠が発見者から譲りうけて秘培していたのだという。(その後に同種の苗が発見されたという噂を聞いたことがあるが、真偽は確認できていない。現在流通している「リュウキュウボウラン」はどれも師匠から分株されたことが確実な個体と区別がつかないので、すべて同一クローンではないかと考えている

もともとリュウキュウボウランというのはSchlechter(ドイツの植物学者)

奄美大島で採集して記載したLuisia liukiuensisの和名であるらしいが、原記載を調べていないので正体がよく判らない。

日本語文献では「原色日本のラン」(前川文夫著、昭和46(1971)年)に名前だけ紹介されており、「(広域分布するボウラン属が)琉球列島にだけまったく異なる種を分化するということはまことに考えにくいことであって、ナゴラン(あるいはフウラン)といった他属とのF1である可能性も考えられるのである(同書p.67より引用)という記述がある。

ネットで検索すると今回の画像と同種の「リュウキュウボウラン」に対して「学名はLuisia liukiuensis、前川文夫博士はボウランとナゴランの交雑種だと推定している」というような解説も見つかるが、おそらくこの書籍が元ネタだろう。ただ、そういう説明の多くは孫引きを重ねていて、微妙に正確さを欠いているように思う。

ちなみにボウランとナゴラン、ボウランとフウランの交配種(Luinopsis Furusei、Luisanda RumRill)は洋蘭業者が人工作出したものが流通している。画像検索していただければ判るが、いずれも今回の個体とは外見がまったく異なっている。

というかSchlechterが記載したリュウキュウボウランなるものは、亡き師匠が栽培していた「リュウキュウボウラン」とは別物の可能性がある。記載標本と同一種でないとすれば、画像の個体をリュウキュウボウランと呼ぶ事からして間違っている。ならば何と呼べば良いのか?というと現状では「未同定の正体不明種」ということになるだろう。

前川博士の記述を見ると「リュウキュウボウランは交雑種なのでは?」という疑問を呈しているだけで、ボウランとナゴランが親だと断定してはいない。奄美大島に自然分布している野生蘭でボウランと交雑可能なのはナゴランとフウランぐらいしか思い当たらない、というだけの話ではなかろうか。(独自解釈:要検討)

現存する「リュウキュウボウラン」の外見は、沖縄本島でしばしば屋外に植栽されている東南アジア産の大型単茎種Papilionanthe teresと、ボウランを足して2で割ったような感じである。もし両者の交雑種であるならば、ボウラン属Luisiaではなく属間交配属Papilisiaという事になる。

下記リンクはPapilionanthe teresとLuisia javanicaの人工交配種、Papilisia Terejavaの画像だが、「リュウキュウボウラン」にかなり似ている。

リュウキュウボウラン」が本当に野外生育株であるならば、栽培品のPapilionanthe teresと沖縄本島産のボウランが虫媒によって交雑し、野外で種子が生育したもの、という可能性が高いように思われる。しかし現時点では仮説・憶測の域を出るものではなく、正確な両親については誰かがDNA鑑定で確定してくれるまで断定は避けておく。

問題は野外に自生していたというのは真実なのか?という点である。師匠は発見者の方から直接譲りうけ、発見場所も案内してもらったというが、それは二次情報である。まあ、こういう酔狂な交配種をわざわざ作って山に植えるような人はまずいないだろうが、第一発見者の方の情報に嘘、あるいは誤認があった可能性は否定しきれない。

もしかしたら台湾あたりの蘭園が面白半分に作った人工交配苗を買ってきて、山採り大珍品だと大法螺を吹いたオジイがいた、というのが真相だったりするかもしれない。そうなれば片親が沖縄産ボウランでは無い、という事であってもおかしくはない。いずれにしても来歴に関しては今となっては確かめる術(すべ)は無い。

 

話は変わるが「リュウキュウボウラン」は管理人も以前に栽培していたことがある。試しに交配してみたところ自家受粉ではまったく結実しなかった。自家不和合の可能性もあるが、交雑種なので稔性が非常に低いという可能性のほうが高いように思われた。(注:根拠は無い)そういう場合には親となった原種の花粉を使って「戻し交配」をするとしばしば苗が得られる。

そこでナゴラン、フウラン、ボウラン(が手元に無かったのでタカサゴボウラン)、ついでに園芸交配種のコチョウランの花粉をそれぞれ「リュウキュウボウラン」2花ずつに交配してみた。結果としてナゴラン、フウラン、コチョウランは子房が膨らむことなく落花、タカサゴボウラン交配のみが2花とも結実した。その時の種子を育苗した結果がこちらである。

Papilisia? X Luisia teres var. botanensis

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うん・・まあ何というか、残念な感じの マニア好みで味のある花である。

 

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こちらは同果実から育成した姉妹株。ほぼボウランである。予想以上にボウランである。

実生形質がバラつくところを見ると「リュウキュウボウラン」はやはり交雑種であろうか。片親がボウラン系であれば「ほぼボウラン」が出現しても矛盾は無い。

まあ観賞価値に関しては・・美の基準というものは人それぞれ、語らずに心の奥に秘めておけば良いのである。