Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

サギソウ「飛翔4世」

この画像は「飛翔」ではない。某氏のオリジナル品種で、一般流通はしていない。

オークションの見本画像に何度も盗用されてしまったが、すべて無断使用、なおかつ品種詐欺である。見つけた方は運営に通報していただきたい。

 

 今回は過去画像の整理。以前に本土(関東南部)某所で撮影してきたサギソウの獅子裂き品種「飛翔」の交配実生、4世代目。

Pecteilis radiata 'Hisho-fourth-generation'

 全体像。「飛翔」を花粉親にして、東北産の早咲き個体、園芸選抜品の背丈の低い個体などを交配していって曾孫世代に生まれた個体。

「飛翔」と比べて茎が太くてずんぐりした姿になっており、花期は「飛翔」より一ヶ月ほど早い。

 作出者は「全体にもっさりした印象で、サギソウの優美さが消えてしまっている。鑑賞的には普通のサギソウのほうが完成度が高いと思う」と語っていた。

 普通の人は「普通のサギソウ」がどんな形か覚えていないので、この花を見せても違いが判らず「サギソウってあちこちで見かけますね」という反応になるそうだ。

 以下、どこが違うか解説しておくが、ムダ知識なので普通の人が読む必要は無い。マニア以外はここで解散とする。

 

ーーーーーーーーーー立ち入り不要ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 まず基本知識として真祖である「飛翔」の話。(蘭ヲタクはすでに知っておられると思うので読み飛ばしていただきたい)

「飛翔」は昭和末期に選別された変異品種で、本来ならば緑色をしている萼片(がくへん)が花弁化して白くなり、特に側萼片の下半分は唇弁と似た形に変化し大きく広がっている。

 昭和末期に、関西地方の趣味家の間で秘蔵品となっていたものを東京山草会の三橋俊治氏が入手した。それ以前の来歴については記録が残っていない模様)

 その後、三橋氏が監修した「野生ラン変異辞典」(1985年)の表紙に選ばれ、この時に「無銘で出すには惜しい逸材と思い命名した」(三橋氏のブログ、2013年9月15日記事より引用)との事。 

「飛翔」の花茎は細い。

 上画像も同書からの引用。「西日本の産と思われる」とあるが、花期がかなり遅い(関東で8月下旬頃)事も西日本産の性質と一致する。唇弁は丸く小さくまとまっていて、対比で側萼片が目立つ。

 発表当初は(野生蘭ブームの頃だった事もあって)驚くような値段で取引されていたが、そのうち生産業者の手に渡って大量増殖されるようになり、平成末期頃にはガーデンセンターで普通に売られる普及品種となった。

 2022年時点ではサギソウ増殖業者の撤退によりかなり品薄になっているが、まだ流通が完全に途絶えてはいない。栽培者が多いので絶種する危険性は低いと思うが、来年以降の流通量・値動きがどうなるかは予想が難しい。

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 この「飛翔」を交配親に使ったらどんな子供ができるの? というのは普通に考える事だろうが、実際にやってみる人が出てきたのは平成20年代になってからである。

 「飛翔」は柱頭(ちゅうとう:普通の花のメシベに相当する部分)が無く、子房は退化していて種子ができない。花粉親には使えるが遅咲きなので、一般流通している他品種とは花期が合わない。実際に交配するのはかなり面倒臭いのだ。

 一般的には花期が合わない場合「花粉を冷蔵庫や冷凍庫に保存しておいて交配に使う」のがセオリーである。(管理人は経験が乏しいので、具体的な方法は各自で検索していただきたい)

 しかし早咲き品種の花粉を保存しておいても、遅咲きの「飛翔」には柱頭が無いので交配できない。かといって「飛翔」の花粉を翌年まで保存しておくのは鮮度的に成功率が下がる。

 直接交配するには関西系の遅咲き個体を入手して花期をそろえるか、早咲き系統の球根を冷蔵庫で保存して芽出し~開花の時期を遅らせるか、もしくは「飛翔」の球根を加温して芽出し~開花を早めるか、の三択になる。要するに、どれを選んでも面倒臭い。(普通の人はここでリタイアする)

 でもやるんだよ! でやってみたのが東北大学の研究グループである。

(報告のプレスリリースと要約文のリンクを貼っておくが、専門用語の羅列なので普通の人はパスしておいてほしい。「ラン科の花器発生にはクラスA、B、Cに所属する制御遺伝子だけでなく唇弁形成にAGL6類似遺伝子による制御も加わっており、ラン科独自の特殊なABCモデルWikipediaにリンク)が作り上げられている」・・管理人は用語を調べて意味を解読するのに一週間かかった。ABCモデルが提唱されたのは平成3年、高校教科書に載ったのはさらに10年後くらいなので、年寄りは概念すら習っていない)

ラン科植物サギソウにおける獅子咲き変異の原因遺伝子特定

上記リンクの内容を判りやすく言うと、

「『飛翔』は花の形を決める遺伝子の1個(1ペア=2個ある遺伝子の片方)の構成にバグがあって、本来なら花弁とオシベを形作る時にしか働かないはずの遺伝子が暴走し、萼片とメシベ(柱頭)の形をバグらせている」

「他株と交配した場合、バグった遺伝子を受け継いだ実生は獅子咲きになる。ノーマルな遺伝子を受け継いだ実生は標準花になる。つまり獅子咲きは顕性(優性)遺伝する。標準花と交配した場合、子供世代の獅子咲き出現率は50%」

 全然判りやすくないって? まあ意味が判らなくても支障は無い。一生知らなくても困らない無駄知識である。 

・・でまあ、東北大の先生がたはここでやめてしまった。3年以内で論文を書かねばならない職業研究者は、いつまでも交配実験を続けているほど暇ではない。

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 そして暇な男が関東にいた。彼は実生F1(の獅子咲き個体)を花粉親に使って、孫世代にどんな花が咲くか確かめてみたのである。

 孫世代でも獅子咲き:標準花=50:50。まあ予想通りの結果である。しかし彼は孫実生の中に、ごく少数ではあるが「柱頭のある獅子咲き」が混じっている事に気がついた。

 左が普通の飛翔タイプ。花粉はあるが柱頭(メシベ)が無い。花粉の両側にある褐色の部分は退化した葯室(花粉塊を収納している部位。普通の花のオシベに相当する)。バグった遺伝子の暴走で萼片は花弁になり、メシベがオシベに変化している。ABCモデル理論に沿ったセオリー通りの変化である。

 そして右が柱頭のある飛翔タイプ。理論通りなら柱頭=メシベができるはずがない。

 さらに萼片や柱頭が中途半端に変化して、ノーマルと飛翔の中間型のものも現われた。

 この花の場合は向かって左だけがノーマル寄り。この個体は生育状況によって変異の強弱が変化し、両側ともノーマル寄りになったり、完全な獅子咲きになったり安定しないそうだ。

 これは1個の遺伝子の暴走では説明がつかない。子実生には出現せず、孫実生のごく一部のみに見られる不安定な形質。ここに何か未解明の要素がある。遺伝子そのものではなく、遺伝子からの転写段階で何かがおきているのだろうか?

・・などという小難しい考えは彼の頭には無かった。彼が思ったのはごく単純な事であった。すなわち

 

「柱頭があるんなら、交配母体に使えるんじゃね?」

 

 しかし獅子咲き個体は、柱頭があっても子房は退化している。そんな株が母体になれるのだろうか? 結実する可能性は低いのではないか?

 それでもやってみるのがちょっとおか・・常識にとらわれないチャレンジャーの心意気である。

 

 まず試してみたのは

「有柱頭の獅子咲き X 無柱頭の獅子咲き」=獅子咲きシブリング。

普通なら不可能な交配である。はたして実生はできるのだろうか?

 はい、できました。シブリング実生。子房が萎縮していて結実しにくかったそうだが、数多く交配すれば、ごく少量ではあるが種子が採れる「こともある」らしい。

 

獅子咲き X 獅子咲き=獅子咲き出現率75%。

 

 獅子咲きのうち3分の1には獅子遺伝子が2個あるはずだが、外見的にはどれも同じで識別はできなかったとの事。ちなみに「獅子 X 獅子」では有柱頭の獅子咲きは出現しなかったそうである。

 その後いろいろ交配が試みられて冒頭の個体に至る。ここでもう一度よく見てみよう。普通の「飛翔」と少し違いがある。

 おわかりいただけただろうか。

 冒頭画像で「柱頭がある」と気がついた方はどれぐらいおられるだろうか。かなりのマニアでも「ふーん、飛翔って実生で遺伝するんだ」程度の認識ではあるまいか。

 これらの品種群は、一般流通品種と同時期に開花するよう育種されている。柱頭があるので、花粉しか使えない変異品種との交配も可能になっている。交配親としての使い勝手は大幅にアップしているのだが、こういう特徴は説明無しでは判らない。

 ・・まあ、交配育種に興味の無い方には「だから何?」と言われてしまう話ではある。

 上画像は冒頭個体と同交配の実生姉妹。唇弁が大きく横に開いた個体を選別し「飛翔」との識別化を図っている。

 上画像の花を上から撮影。この個体も柱頭がある。

 これらの個体を使ってさらに育種の進展を・・と言いたいところだが、育種者は昨年に病気で入院し、栽培品は全滅したそうだ。今回は彼の公開許可を得たので、お盆に合わせて今は亡き花々の供養をしておく。

 入院前に若干の苗が外部に譲渡されていたそうだが「飛翔』って今はどこでも売ってますよね」的な評価だったそうで、栽培品として残っているかどうか定かではない。

 そういう差別化を目指した品種の画像を盗用して、ただの「飛翔」だと説明しやがった奴のことは絶対に許さねえ。品種詐称であり、作出者に対する侮辱行為だ、とはっきり申し上げておく。 

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