Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

オオミズトンボ販売開始

Habenaria linearifolia

seedling,  by A.G.Y. Nursery.

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 オオミズトンボ。

 昨日のオオスズキサギソウ(仮称)と同じ場所で栽培されていた。某業者さんが北関東産の個体から実生増殖し、数年前から販売している系統だそうだ。

 オークションで転売されて数万円で落札されたりしているようだが、当該業者のネット記事を見つける能力の無い情報弱者か、野生採集の別血統だと勘違いして入札している残念な方だろう。

 オオミズトンボを増殖して販売に至った事例を、管理人はこれまで一度も見聞きした事が無い。(増殖が試みられた事例は知っているが、その後に販売されたという話は聞いていない)

 というより管理人が知る限りでは過去40年の間(狂ったように希少ランの山採りが売られていた昭和の野生蘭ブームの時代も含めて)数本しか売品を見たことがない。殖やす以前の問題で、種親がほぼ入手不可能。一般向けに商業流通したのは上記業者さん(鈴木吉五郎翁のお弟子さん)の実生生産品が初めて、というかおそらく最初で最後だろう。これが生産終了すれば、もう二度と出回る事は無いと思う。

 

沖縄では言うまでもなく栽培不可能だが、本土であっても育成は非常に面倒らしい。

 

性質が繊細で、栽培地の気候が合わない場合にはしだいに弱って枯れる。

環境が合っても栽培用土が適当だと枯れる。

用土が最良でも日照管理が不適切だと枯れる。

日照管理がベストでも肥料が合わないと枯れる。

肥料が適切でも病虫害で枯れる。

病虫害対策をしても台風で折れる。

天候対策をしても水湿管理が狂って枯れる。

完璧に世話していても気を抜いた時に枯れる。

枯れずに殖えていても、そのうちランの個体寿命が来て同時に育ちが悪くなってくる。

個体寿命が来なくても個人栽培の管理力はいずれ尽きる。

誰かに託そうとしても、恐ろしく面倒な草を育てるのは普通の人には無理。

世話できなくなったら三日で壊滅、一人で何十年育てても何も残らない残せない。

 

 オオミズトンボの自生地である湿性草原は開発で消滅しやすく、開発されなくても地下水低下による乾燥化や、植生遷移で生育できない環境になってしまうことが多い。しかも栄養繁殖率が低く、個体寿命もそれほど長くはない。

 基本的には実生で個体更新しながら存続している植物なので、新規の実生が生育できる環境(河川の氾濫などで定期的に表土が攪乱され、湿性草原の一部に部分的にできた半裸地)が無くなると個体群が維持できなくなる。おまけに近親交配させると近交弱勢がおこり稔性が著しく低下する。個体数が一定数以下になれば、あとは加速的に衰退していく。

 保護されている自生地でも、すでに個体群を維持できる限界数以下になってしまった場所があると聞いている。現状では各自生地が日本各地に遠く分断されてしまっているので、虫などが花粉を運んで遺伝子交流が行われる可能性はゼロに等しい。

 

 ということで、あらためてオオミズトンボの保全栽培について考えてみる。近い将来の国内絶滅にむけてまっしぐらの状況ではあるが、2016年現在であれば複数系統の親個体を見つけることは(至難ではあるが)研究者などのコネを総動員すれば必ずしも不可能ではない。栽培されている個体に野生オオミズトンボの花粉をかけて実生を育成すれば、少なくとも次世代での近交弱勢は回避されるだろう。丈夫な苗がたくさん作れるかもしれない。

 が、その先のビジョンが何も見えてこない。自生地そのものの存続が怪しいのだから、自生地への植え戻しは検討しづらい。栽培難度が高すぎて、園芸植物化して残すというのも無理がある。近交弱勢を永続的に回避するには数十株単位で保存栽培せねばならないが、大量栽培は個人には労力的に難しい。大勢で分散管理しようとしても「まともに」育てられる人は全国でも数える程度で、栽培グループ結成を画策しても絵に描いた餅。

 植物園などに期待しても、栽培担当は外部委託の造園業者だったり、バイトのおばちゃんだったり、ランのことに詳しい指導技官は一人もいないので育成できる技量はない。(理事長と看護師と検査技師はいるけれど医者はいない大病院、みたいな状況になっている)

 当面、生産苗をリリースした業者さんが種親として、まとまった個体数を維持栽培しておいてくれることを期待するぐらいしか思いつかない。その先のことは・・はてさて。

 ま、生物の保護などというものは、財団でも作って活動するレベルでやらない限り、どうにもならぬものではあるのだろう。

 

*2020年追記。実生増殖に関する聞き書き

・完熟種子には強い休眠があり、発芽は不均一で何年もかけて少しずつ発芽してくる。

・採りたての種子を使い、洗浄処理(発芽抑制物質除去)して無菌播種して低温処理(休眠打破)してもまったく発芽しない事も珍しくない。

・3年目ぐらいになってようやく数本だけ発芽したりする場合もあるので簡単にあきらめてはいけないが、芽が出ない時は何をしても出ない。確実に発芽させる方法は未解明。

・地生蘭の中には暗黒にすると発芽しやすくなるものもあるらしいが、本種は明条件のほうが発芽しやすいようである。

・サギソウとは比較にならないほど難発芽。しかしこれはサギソウのほうが簡単すぎるのであって、地生蘭としての発芽難度は中レベル。

・ちなみにオオミズトンボの鉢蒔き実生に成功した報告も複数あるが、狙って実生できるほど簡単ではない模様。

・年単位で経過観察し、発芽してきた苗から順番に移植培養していく。なお、無菌播種フラスコ一般植物の培養のような通気を重視した容器を使用すると保管中に培地が乾燥してきたり、雑菌やダニが侵入したりするため超長期の保管は難しくなる。(汚染対策の工夫については非公開情報)

・無菌培養の場合、交配後25日前後の未完熟種子のほうが発芽させやすい。

・しかし気候条件・生育状況・個体差などによってベストの交配時期・採果時期が異なってくる。同じように交配・播種しているのに1果実だけが大量に発芽し、それ以外の果実は不稔だったり発芽不良に終わる事もある。「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」という認識でせっせと交配し、試行回数を増やす。

・冷涼な地域では普通に完熟種子が得られる。しかし温暖な地域だと花期に高温が続いて受粉がうまくいかなかったり、たまたま涼しい年に正常に受粉してもその後の高温で胚の生長が止まってしまい、最終的に不稔種子しか得られない場合も多い

・暑すぎて生育障害がおきる地域では、一定以上の成熟が見られたら胚がまだ生きているうちに(早すぎず遅すぎず)採果し、生育不良の胚を取り出して人工的に培養しないと苗が得られない場合もある。

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・基本の(シンプルな)ハイポネックス培地だと生育不良になる。ジャガイモ角切りなど何らかの有機物を添加する事が望ましい。

・発芽培地の最適組成はサギソウとは異なる印象があるが、現時点ではまだ確定されていない。糖濃度は標準で良いようだが、無機塩濃度は3分の1程度に薄めないと発芽不全をおこす?(未確定、データ収集中につき引用不可)

・寒冷地・菌依存性ラン用の「全濃度を希釈してアミノ酸などをがっつり入れた培地」を使うと生育障害をおこす。(ちなみにHabenaria属には極端に栄養要求が異なるグループが混在しており、そういう培地を使わないと育たない種類も山ほどある)

・まばらに発芽している場合でも、発芽直後に新鮮な培地に移植したほうがその後の生育が良くなる。(古い培地だと生育阻害あり?)

・1年目には小さな球根ができるだけなので、新球根を休眠中に新しい培地に移植して継代培養し、2年目以降の球根をフラスコ出ししたほうが歩留まりが良い。

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発芽苗を新しい培地に移植しても半数は育たずに途中で枯れる。しかし無事に育った個体はフラスコ内で分球して小さい2~3球目もできることが多い。

・1果実から得られる苗はうまくいっても10個体(分球した小球を含めて20球)程度。蒔いてもまったく発芽しない、しても育たない事のほうがむしろ多い。

・画像は1フラスコ分のビン出し球。大きな球根は植え出しした年に開花するが、虚弱な個体だと開花後に力尽きてそのまま枯れてしまう。継続して開花する健全な個体は異系統間交配でも10本に1本くらい。自家受粉の場合はそういう丈夫な個体がゼロに近くなる。もしかしたら菌依存度が高く、もともと鉢栽培に不向きなランなのだろうか?(根拠は無い)

・というか自家受粉の場合は交配しても結実しにくく、結実しても有胚率が低く、有胚種子が得られても発芽しにくく、発芽しても苗がまともに育たない。

・異系統交配の実生株を親株に使えば自家受粉でもそれなりに発芽する場合「も」あるが、そのまま世代を重ねて近親交配が進むとどんどん発芽率が落ちていく。(これはハベナリア属全般、その他の多くの地生蘭でも見られる現象)

・「1回開花させたら枯れる」というぐらいの認識を持ち、全力で異系交配・実生更新を続けなければ短命な地生蘭の系統維持は不可能。「同じ場所に留まるためには力の限り走らなきゃいかん。もし他のところへ行きたいのなら、その2倍の速さで走らなくてはならんのだ」(赤の女王@鏡の国のアリス

・稔性の良い個体と悪い個体があり、非常に種子ができにくい個体(栽培環境に合わない個体?)は頑張ってもほとんど苗が得られない。しかし交配相手を変えてしつこく交配を試すと、特定の組み合わせに限り稔性が良い事もある。

・うまく受粉しても、近年に都市部で蔓延しているランミモグリバエなどの害虫を確実に防除できないと種子が得られない。

・近交弱勢を避けるため、血統記録しながら交配しまくってできるかぎり遺伝的多様性のある種子を得て、そこから親が異なる苗をそれぞれ十本単位で育ててさらに相互交配を続け、丈夫で種子もできやすい苗がある程度の本数キープできた時点で、ようやく継代が続けられるスタートラインに到達する。

・つまるところ、1本や2本の親株を入手して長期維持できるような植物ではない。

・自生地から種子を採ってきて蒔けば殖やせる、などというクソ甘い考えは捨てろ。その種子が自家受粉だったら苗は育たない。

・過去に増殖を試みた個人や組織は複数あるが、このような狂気的ハードモードを想定していなかったため全例が惨敗している。「雪山未経験集団が事前情報も無いまま冬の八甲田山縦走にチャレンジした」ような結末になっている。

参考:オガサワラシジミ(蝶)の生息域外保全、近交弱勢により4年で絶滅

・上記の事例では雌1個体(持ち腹産卵)からバンバン殖やして複数施設において100個体単位の飼育にまで広がったが、世代を重ねるにつれ近交弱勢がひどくなり、まともな幼虫が一匹も生まれなくなって壊滅した。苦労して繁殖技術(交尾に広大な飛翔空間が必要)を確立させて一時は順調に殖やしたけれど、最終的には「種親が1個体だった」という壁を超えられなかった。野生絶滅していれば新規交配親の入手も不可能になっているわけで・・

・オオミズトンボの場合、交配目的で親株を2株以上購入している個人や施設が日本に何件存在しているか疑問である。興味本位で1株だけ入手して、系統維持できずに終わっている事例しか無いのではないか?

・とにかく最初にまとまった数の親株を、それも複数系統入手して、初回から実生育成を成功させないと確実に消費栽培で終わる。某業者が所有している全血統をまとめて購入したとしても、原資としてギリギリ足りるか足りないか、というレベル。理想的にはDNA解析で全個体の近親度を確認しながらやるべき仕事。

全個体ジェノタイピングに基づく保全

・今なら生息域外保全のできる最後のチャンスが残っているが、どう考えても常人には無理ゲーである。

・「殖やしましょう」などと口で言う人間は少なくないが、ほぼ例外なく実計画の大変さを何もわかっていない空論愛好家なので真面目に相手をしないほうが良い。本当に判る人であれば難しい顔で実務のロードマップについて具体的に質問してくる。

・結論としては、某業者が増殖して販売流通させている事のほうが明らかに非常識である。この苗を引き継いで二次増殖を試みる趣味家や組織が現れない限り、我々が実物を手にできた最後の世代になるだろう

以上。

 

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