Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

オキナワチドリの育種(多点系)

Amitostigma lepidum (Hemipilia lepida) 'Blotch form'

 オキナワチドリ多点花。市販の交配実生をがっつり肥培し、肥料に反応して大輪化する個体を選別したもの。

 大輪系は肥培すると見違えるほど花が大きくなる。逆に言えば大輪品種でも、体力が無い株はものすごくショボい花しか咲かない。

 管理人は以前には「これは大輪系だ」という個体を探し出して殖やし、あちこちに配って「この株なら交配親に使えます」と言って育ててもらおうとしていた。

 が、育種選別物は大量生産品のウチョウラン交配実生のパチモン扱いされてしまった。「最近はこういう花、どこにでも売ってますね」と言われてしまい、真面目に育ててくれる方がいなかった。むしろ山採りの旧銘品のほうが(栽培技術の無い方でも持っているだけで所有欲が満たせるので)コレクトアイテム的な人気があった。

 そして性質に癖のある旧銘品をまともに育てられた人は数えるほどしかおらず、技術蓄積の無い若い方はほぼ維持できなかった。一方で丈夫な交配実生は気軽に「捨て作り」にされ、誰も交配親に使ってはくれず、殖やしても「その先」には何も残らなかった。

過去記事 ↓

オキナワチドリの育種(無点:虹系)

Amitostigma lepidum ( Hemipilia lepida) 'Spotless with Picoty form'

オキナワチドリ無点ぼかし花。通称「虹系オキナワチドリ」。

 「虹」というのはウチョウランの旧銘品で、無点ぼかし花という品種がまだ存在していなかった(正確にはほとんど知られていなかったので、ジャンルとして存在していなかった)時代に突如として登場し、「虹系」という新ジャンルを創設した歴史的品種。

 上画像は2006年出版の「山野草マニアックス Vol12.「特集・ウチョウラン 銘花の軌跡」からの引用。(文中のサツマチドリ「白光」は「白晃」(純白花)の誤記だと聞いているが裏付けをとっていない)

 よく見ると唇弁の奥に小さな斑紋があり、厳密には無点ではなく準無点だが、まあマニア以外は気にしないで良いと思う。

 上画像も同書からの引用。こちらが「虹」の交配親となった野生個体「翁」。

 昭和後期はウチョウランエビネなどの日本産野生ランの栽培がブームになり、野生由来の変異個体が驚くような高値で取引された。

 下画像は1990年「『自然と野生ラン』2月号増刊・’90年度版ウチョウラン・チドリ類市場価格情報」からの引用。さて、「虹」のお値段は・・

 800円000銭ではない。80万円である。1球で。

 ちなみにこの時点で紅一点花「紅光仙」は1球350万円。

 何だそりゃ、と思うかもしれないが、良花を実生作出すれば1球10万円で飛ぶように売れた時代である。最高クラスの交配親は競馬で言えばダービー制覇した種牡馬並みの価値がある。

ライバルを蹴落として1年でも早く入手せねば金儲けのチャンスに乗り遅れるっ!! 350万なら35本の苗が売れれば回収可能っ! 漢ならァァ~~ここで全財産突っ込むぜえええぇぇっ!!!>

 時代の空気というか、高度成長期のバブリーな香りが濃厚に漂っている。17世紀ヨーロッパのチューリップ・バブル - Wikipediaごとき様相である。

 そしてこの時代から30年以上。大量増殖技術が確立され、品種改良も爆発的に進み、ウチョウランは完全に園芸植物となっている。この間の血と汗の歴史は今回は省略。

 なお、現在では「虹系」は無点ぼかし花というジャンルを示す言葉になっており、虹系と呼ばれていても必ずしも「虹」の血縁個体ではない。イワチドリやオキナワチドリの「虹系」も花色が似ているからそう呼ばれているだけで、ウチョウランの血は入っていない。

ウチョウラン 虹 - Google 検索

 今でも種牡馬級の個体はそれなりに高価だが、高くても10万円台というところだろう。普及レベルであれば数千円、フラスコ出し小球根であれば1球数百円ぐらい。もはや馬刺し程度の値段である。気軽に買って飾ったあとは気軽に枯らす「普通の鉢物」として流通している。

 値段が安くなったので野生ウチョウランの狂ったような乱穫は無くなり(ゼロにはなっていないが、もともと断崖などに生える植物なので危険をおかしてまで採りに行く人がほぼいなくなった。ブームの頃はロープを使って採りに行って滑落死したという話がたまにあった)自生地が保全されるようになった。とりあえずは良き事ではある

 が、そうなるとウチョウランを真面目に育てるモチベーションが下がる。それでいて栽培はクソ面倒なので、試しに育ててみた新規参入者はほとんどが撤退し、二度と戻ってこない。

 仮に本気で惚れ込んだとしても、安定した栽培をするためにはガチの栽培設備、すなわち「蘭舎」が必要になる。土地付きの一戸建てでないと蘭舎は作りにくいし、集合住宅のベランダなどに作っても湿度調整が難しく栽培成績があまりよろしくない。

 小型地生蘭は地面の上に作った栽培棚で育てている時は何も苦労していなかった方が、改築で作場を2階に移動したら作が落ちた、5階に引っ越したら壊滅した、というような話も珍しくない。

 言い方を変えると、一戸建てが買えるような安定した収入があり、転勤も無く、自分が留守の時には代わりに水をかけてくれるような家族も同居している・・というような昭和的な状況でないと、きちんと作をかけられる長期栽培は(できなくはないが)ウチョウランの場合には難度が上がる。

 令和時代の若い人ならアパートのワンルームで室内管理できて、少しぐらい留守をしても枯れたり飢え死んだりしない動植物を趣味として選ぶのが普通だろう。

 というわけでウチョウランをガチで育てている趣味家は減る一方、ブーム時に雨後の筍のごとく設立されたウチョウラン愛好会は高齢化と新規入会者の減少で次々に自然消滅。年寄り連中が意地と惰性で育て続けている旧銘品コレクションも、次の世代では残っているかどうか怪しい。だって若い方々に40年育て続けるほどの思い入れって、ありますか? アグラオネマとかは40年後にジジイが思い出を語ってそうだけども。

 ウチョウラン生産業者はニワカ消費栽培者にほどよい値段の苗を大量供給することで商売を継続しているが、業者のほうも(こういう事を言ったら失礼なのは重々承知だが)いろいろ厳しくなってきている部分がある。

 「ウチョウランってこんな小さいのに1本500円もするの!?」みたいなお客様ばかりになってしまうと、やる気もおきないだろうと思う。1本300円の儲けが出たとしても、1万本売れて300万円。年収がこれだとバイトの給料すら払えない。あなただったら後継者になりたいですか? (これは今の日本で後継者になりたい仕事がどれだけあるかという普遍的な悲観論であって、生産業者さんに喧嘩を売っているわけではない。個人的には専業でなくても良いので生産を継続していただきたい)

 まあ、原種とか旧銘品の保存はともかく、園芸植物としてのウチョウランはそれなりに需要があるのでいきなり流通がゼロになることも無いとは思う。しかし、過去には市場に溢れていたトキソウやサギソウが生産業者の廃業で流通量が壊滅的に減っている(今年はガーデンセンターなどにほぼ入荷していない模様)のを見ると趣味家は楽観視してはいけない気がする。どこにでもある鉢物だったトキソウ白花が、もしかしたら絶種しているのではないか? という状況である。

 超高級品は大事にされるので意外と残るが、一度値段が安くなると遊び潰されて消費されてしまうので、誰かが意識的に残さないとまるっと消えて無くなる。工業製品と違って種親が絶えてしまったら二度と生産できない。いつまでも あると思うな 親と蘭。

 さて、ここで話をオキナワチドリ虹系に戻す。今回の個体の作出記録がこちらである。(画像クリックで拡大)

 原資10個体のうち、8個体が亡き師匠の栽培品、もしくは発見・栽培に関与した個体。まだ沖縄本島に数万本単位の自生地が残っていた時代に、師匠が休日をすべて使って探索・収集した遺伝子コレクションの一部である。(ちなみに師匠から受け継いだ個体を某植物園に寄贈を申し入れたことがあるが、維持管理のできる学芸員がいないと言われて断られた)

 上画像は2004年に沖縄本島の某所で撮影した自生地画像。当時は見渡す限り延々とオキナワチドリが咲き乱れる草地が本島のあちこちにあって、変異個体以外は採る気もおきない雑草だった。ところが今では島中を探し回っても並花1本を見つけることすら難しい。かろうじて生き残っている自生地が毎年消えていって、個体数が殖えている場所は見当たらない。

 これから20年後にはどうなっているか・・「昭和の頃には東京都世田谷区にサギソウの自生地があった(世田谷区の区花になっている)」というのと同じように、完全に昔話の存在になっていそうな気がする。(余談だが世田谷サギソウは三軒茶屋産の1個体だけ栽培下で現存しており、たまにネットオークションに出てきて万単位の値段がつく。ちなみに花型は標準以下である)

 本島産オキナワチドリがガンコラン(千葉県産の非アワチドリ型ウチョウラン)並みの貴重品になる日が来るなど、想像すらしていなかった。

 

ーー すべての栽培は野生個体の採集から始まる。山採りは必要悪であり、完全否定すれば園芸品種の創出はありえない。しかし園芸化をしない・できない人間が山採りを手に入れて社会に何一つ還元せず消費栽培するなら、栽培者は公共財産を盗む泥棒になってしまう ーー

 かつて師匠が語っていた、この考え方を肯定するか否定するかは読者の判断におまかせしておく。ともあれ、管理人は師匠の思想に共感を覚えた。オキナワチドリの園芸化は山採り個体を譲り受けた者の責務だと思い、自家生産オリジナルの交配育種を進めていった。その結果が冒頭の画像である。

 記録を見ると交配5世代目でこの個体が作出されている。いろいろな動植物のブリーダーに話を聞いてみると、育種に結果らしきものが出てくるのは早くても野生個体から数えて3世代目以降、だいたい4~5世代目で目に見える成果が得られる・・というのが定番らしい。逆に言うと、こういう感じで5世代にわたって飽きず腐らず交配に執着しないと結果が出せないという事になる。

 ・・と説明すると一般の方は引いてしまうと思うが、最近はオキナワチドリでも5世代目以降の交配実生が普通に流通している。1株買ってきてセルフ実生するだけで(親株として当たりの個体であれば)一発で銘品クラスの個体が出る。親株にふさわしい個体を見つけ出して手に入れられるか、というだけの話になっている。しかし、それですら現代人にはタイムパフォーマンス的にやっていられない趣味だと見なされるようになった。

 交配図中、最下の画像を拡大してみた。今回紹介した虹系個体、実生初花の画像である。

 比較スケールを入れていないので判りにくいが、この時点では唇弁の横径は10mm程度。円弁ではあるが大きさ的には凡庸である。野生個体でも花径15mm程度の個体はあるし、ウチョウランであれば500円玉(直径26.5mm)サイズの花はそれほど珍しくない。この花が店頭で売っていても皆さんは素通りするだろう。

 しかしオキナワチドリはイワチドリやウチョウランと違って、植物体のサイズに比例した大きさの花を咲かせる性質がある。大輪系統でも小株だと野生並花に劣る花を咲かせるので、がっつり肥培して「本芸」を出すまでは正しく評価できない。では肥培してみましょう。

 はい、26mmまで行きました。花の面積は初花の4倍以上。

 管理人の知る限りでは、今年流通しているオキナワチドリの最大花径は26.5mm。真円ではないので面積が足りないが、横幅だけなら500円玉サイズである。

 いや、そんな品種は売っているのを見たことないぞ! とお思いのあなた。大輪品種はがっつり肥培して「本芸」を出すまでは並花以下なのですよ。二束三文で売り飛ばされる無銘実生がそういう管理をされていると思いますか? 完成状態で出てこないだけで、苗自体は売っているのです。

 大輪オキナワチドリ虹系には多数の系統があるが、数年前からそのうちのどれかが流通している模様。SNSなどで「なんか変わったオキナワチドリ買ったよー」みたいな報告が散見されるようになった。

 が、それを作り込んで本芸の株立ちにした、という話を一度も見聞きしていない。おそらく園芸ウチョウランと同様に飾り捨てにされているのだろうが、真価を発揮することなく衰弱死しているならば残念な事ではある。

 オキナワチドリは需要が少ないので、もともと専門の増殖業者は存在していない。アマチュア趣味家の増殖苗がほそぼそと流通するに留まっていたが、ガチで栽培していた趣味家が次々に亡くなり、新規交配品の作出・供給は完全にストップしている。今の流通苗は某業者のバックヤード在庫が少しずつ放出されているだけのようだ。

 おそらく遠くない将来、オキナワチドリは(一部の斑入り品種を除いて)市場からまるっと姿を消すだろう。

 管理人も数年前から育種は辞めて、栽培品の断捨離を進めている。育てたがる趣味家は山ほどいるが「消費者」しか新規参入してこないので、苗を提供しても意味が無い。試合終了である。

 栽培品として残すには対象植物が誰にでも育てられるか、増殖できるハイアマチュアが複数いるか、業者が継続的に増殖して市場供給するか、少なくともどれか1つの条件を満たさなければならない。そしてオキナワチドリに限らず、野生ランでその条件を満たしている種類はきわめて少ない。

 管理人が自分一人でできるのは、残された時間で少しでも情報を書き残しておく事ぐらいだろう。まあ、それすらも紙媒体でなければ長くは残らないのだが。

 実物を残したかった。オキナワチドリを皆に大事にされる植物に育てあげて、自生地が滅びても人と共に生きていけるようにしたかった。

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南アフリカの地生蘭(某所で売ってます)

Satyrium erectum

from South Africa

 サティリウム・エレクタム。画像個体は日照不足でだらしない姿になっている。真の姿は画像検索されたし。(下方リンク、パシフィック・バルブ・ソサエティのサイトに自生地画像あり)

 南アフリカの小雨地域に自生する冬緑性の球根性地生蘭。花は桜餅のようなほんのり甘い香りがする。耐寒性は低いので本土では温室管理が必須だが、それほど高い温度は要求しない。雑な言い方をすれば、好適環境はオキナワチドリと極端な差は無い。

 南アフリカ産の多肉植物の管理温室がジャストフィットするが、地生蘭は栽培が面倒臭いので多肉屋は手を出さない場合が多い。さりとてラン屋だと「着生種・熱帯種用のムレムレ高温室」か「東洋蘭・夏緑性温帯蘭に合わせた低日照の越冬場」あるいは「屋外」しか選択肢が無い場合が多く、中間温度帯で冬緑性のランは置き場所に困るようだ。

 そういうわけで性質自体はそれほど弱くはないのだが、育てている趣味家は非常に少ない模様。また、ほとんど分球しないので栄養繁殖のみで長期維持していくのは本質的に難しい。

 種子の無菌培養は(事前に情報を知っていれば)簡単。日本国内で栽培例のあるサティリウム属はほぼ全種、現地採種種子を輸入して国内で培養育成されている。本種は開花サイズの苗もごく少数のみ流通しているが、1株だけ購入して自家受粉で殖やしても近交弱勢の壁がある。定期的に輸入して系統数を増やしていかない限り、日本国内で維持していくのは困難だと思う。

↓参考サイト

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アマミアセビ

Pieris amamioshimensis

from Amami island, Japan.

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アマミアセビ奄美大島の固有種。管理人宅の玄関横の植栽品。

 沖縄本島産のリュウキュウアセビと同種とされていたが、2010年に遺伝子解析の結果から別種とされた。沖縄と奄美の動植物はDNAデータからは別種と読み取れても、外見的には似通っている(種類によってはほとんど見分けがつかない)ものが多い。島の南部と北部、太平洋側と日本海側の個体群では遺伝子構成が違っていたりする事もあるので油断ならない。

 (余談だが奄美諸島沖縄諸島のオキナワチドリは外見的に違いがあるのだが、同種として良いのだろうか? 誰か調べてみてほしい)

 なお、奄美産の動植物を沖縄で育てる(あるいはその逆)のは野外逸出や、野生個体と交雑する可能性があるので基本的には避けるべき行為である。(まあ、それを言うと本土でも地元産以外の生物は飼育・栽培するなという話になる。ちなみに沖縄本島産のリュウキュウアセビは野生絶滅しており、植栽されたアマミアセビの花粉が虫に運ばれて自生地で遺伝子汚染をひきおこす事は無い)

 本種は2014~2016年に環境省、各地の国立大学と京都府立植物園によって保存プロジェクトが立ち上げられ、現地および日本各地、さらに海外の植物園からも現存個体の収集が試みられた。DNA解析で個体識別して(つまり挿し木クローンは全部合わせて一つの個体として扱う)2016年の時点で145系統を収集。そこから挿し木増殖してそれぞれの苗に情報付きQRラベル(スマホで読み込むと個体情報がダウンロードされる)をつけて奄美大島に里帰りさせるという快挙をなしとげた。

 下記リンクに初期に使われていたバーコード情報ラベルの解説があるが、希少植物はこういう感じで個体情報付きの苗を流通させていくのが理想ではある。

プロジェクトの目的|環境省 環境研究総合推進費 希少植物・絶滅危惧植物の持続可能な域外保全ネットワークの構築(旧資料)

 収集個体の中には廃屋の庭に残されていた成木から別居家族に連絡して挿し穂を採らせてもらったとか、管理者が高齢になって処分寸前の盆栽を探し出したとか、山採り業者が病気引退したあと地植え放任されて藪に埋もれていた木を見つけたとか、少し遅ければ完全消滅していた個体が数多くあった模様。「個人所有の絶滅危惧植物が消滅する分岐点にあることを強く認識した」と報告されている。(下記リンク文献より引用)

「希少植物・絶滅危惧植物の持続可能な域外保全ネットワークの構築」(改定資料)

https://www.erca.go.jp/suishinhi/seika/pdf/seika_1_h29/4-1403_2.pdf

・・でまあ、本種に関しては望みうる最善の形で保全が間に合ったが、これはアマミアセビが「素人が庭に植えて放任栽培しても長く生き続ける、収集後の管理を植物園のバイトに丸投げしても問題ない丈夫な植物」であったから実現できた話である。

 上記リンクにあるチチブイワザクラの場合は栽培増殖にある程度の技術や知識を要するため、増殖プロジェクトが遅々として進んでいない。殖やすだけなら山野草生産業者に委託すれば良いのだろうが、殖やしてもデリケートな苗を引き継いで育てられる人がほとんどいないのである。(ちなみに遺伝子解析してみたら、栽培場でよく育つ系統と、野外に植え戻した時に枯れずに育つ系統はまったく別だったという記述がたいへん興味深い)

 で、当ブログが主要ネタにしている地生蘭の場合、プロの生産業者であっても実用レベルで増殖技術を確立できている種類はごく一部しかない。シラン、エビネやクマガイソウ、沖縄でのカクチョウラン栽培や北国におけるアツモリソウなどの例外的事例を除けば庭植え放任は難しい。鉢植えにして育ててもベテラン栽培者が世話できなくなったら3日で栽培崩壊するようなクソ面倒な種類ばかりで、野生個体が消滅分岐点にあっても生育域外保全のハードルは高い。

「植物園で原種ウチョウランの収集保全をしましょう!」などと言われても「誰が世話するんだよ、枯らしたら責任問題になるんだぞ」で終了である。技官に払う金を削って造園屋に管理を外注している施設に、何ができるというのだ?

 というか、そんな手間のかかる植物を保全するマンパワーがあるなら、ただ珍しいだけで栽培自体は超簡単な植物を何種類も保全したほうが業績になる。管理人が「仕事でやるなら」地生蘭には絶対に関わらない。内容評価するのは植物にも栽培技術にも興味の無い人たちであって、何を育てても書面に書いてある経費と栽培数しか見てもらえないからである。

 現状では「じゃあ育てられないランは種子の超低温保存でもしておきますか?」みたいな方向で検討が進んでいるようだが、「誰も親株を維持できないので遠い未来に復活を託します」と言われてもそこに希望があるのか無いのかよく判らない。まあ、いずれにしても今の日本では現実的に見てそれが限界のようである。

 

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歳を報せる蘭

Cymbidium sinense var.alba

from Amami island, Japan.

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ホウサイラン素心(そしん)。通称、白花ホウサイ。

 中国の旧正月(2022年は2月1日)頃に開花することから「報歳蘭」という呼び名がついたという。日本だと花期は少し遅れることが多い模様。

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 いわゆる東洋蘭の中で見た場合、ホウサイランは植物体に比べて花が小さく、花型もあまり良くない個体が多い。花物として選別された優良個体もあるが、東洋蘭界では斑入り個体を鑑賞する観葉植物「蕙蘭(けいらん)」として評価されている品種のほうが多い。(普通個体も花型を問わなければ一般シンビジウム並みの価格で手に入る)

 ちなみにシンビジウム属は地生蘭としては例外的に個体寿命が長く、栄養繁殖のみで100年以上も維持できるっぽい。(たとえば中国で「春蘭の王」と呼ばれる「宋梅」は今から200年以上も前、乾隆帝(1736~1795)の時代に宋金旋という商人が、美少女を養女に迎える夢を見たあと見つけたと伝えられている)

https://baike.baidu.com/item/%E5%AE%8B%E9%94%A6%E6%97%8B%E6%A2%85/3402835

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 全体像。この個体の葉は横に大きく広がる。奄美大島産、台湾産のホウサイランとして流通している系統はこれと似た形質で、外見から産地を特定することは難しい。

 「中国ホウサイ」という名前で流通しているものも葉が広がる個体がみられるが、文献では大陸産ホウサイは葉が上に立ち上がる「立ち葉」が多い事になっている。流通過程で混同されてラベルに書いてある産地が信用できなくなっているので、正確なところはよく判らない。

 見ての通り、シンビジウムとして見れば「駄物」である。しかし花に上品な香りがあり、成分分析して再現し「報歳蘭の香水」として売り出された事例すらある。そのため花型は無視して香りを楽しむために育てている園芸家もいる。

 画像個体は亡き師匠から30年以上も前に「奄美大島産」という説明のもとにもらった種子を育成したもの。いわゆる「奄美報歳」は標準花と白花が奄美大島において栽培品として伝えられている。通販で増殖株が入手できるが、野生個体はほぼ絶滅状態で野外で開花株を見ることは不可能。

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 中央部、赤い線で囲った部分が無菌培養ビン出し時の球茎。撮影実長は約7mm。

そこから4年で成株にまで生長、今年に初開花した。

 あれ? 種子をもらったのは30年以上も前のはずでは? と思った方はおられるだろうか。いわゆる東洋蘭を無菌培養した場合、発芽した苗は「リゾーム」と呼ばれる小さいショウガの根のような塊になり、培地にもぐりこんだ状態で発葉も発根もせず何十年もそのまま生き続けるのである。

 ちなみに乱穫が極みに達しているカンランなどがギリギリのところで野生絶滅をまぬがれているのは、極端に長い地下生活を送る実生が、皆が忘れた頃に地上に芽を出してくるためである。

 培養ビンの中の実生を新しい培地に移し続けると、何十年でもショウガ根のままで永久に出葉しない。しかし培地に植物生長ホルモンを添加して刺激を加えたり、移植継代を中止して培地養分が枯渇し極限状態に追い込まれた場合には発葉してくることがある。画像個体は後者の苗を育成したもの。

 単価が安いランなので、国内では原種ホウサイランの実生をしている人はほとんどいない。しかし各国でシンビジウムの種間交配親に使用されており、日本ではM蘭園さんが和の趣をもつ有香シンビジウムの作出に使っておられるようだ。

Cymbidium sinense var.alba X Cym. goeringii

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 こちらは某蘭展に出品されていた白花ホウサイ X シュンラン。花はハルカンランに似ているが葉がシンビジウム的。

 

Cymbidium sinense X Cym. kanran = Cym. Medhi 'Shiunkou'

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 こちらはホウサイラン X  カンラン =Cymbidium Medhi , 個体名「紫雲香」。花型が整っていて渋い花である。

 

Cym.sinense from Yamagawa, Kagoshima pref. Japan.

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 こちらは市販の通称ヤマガワホウサイ。鹿児島県指宿市の山川(旧・山川町)で採集されたと伝えられる原種系統。実際のところは在来種なのか古い時代の渡来種なのか定かではないが、山川町の町花として住民に愛されている。株分けされたものが通販で売られており、現存数はそれなりに多いようだがオリジンが何株あったのかは不明。おそらく数える程度の個体から殖やされたものだと思うが、正確なところは誰かがDNA調査でもしない限り判らない。

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 ヤマガワホウサイは「立ち葉」である。聞くところでは屋久島産の「屋久島報歳」も立ち葉らしいが、そちらは実物を見ておらず真偽を確認できていない。

オキナワチドリの属間交配種

Ponerorchis lepida X Shizhenia pinguicula

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オキナワチドリ4倍体 X 中国大花チドリ。

以前の記事でも紹介した交配種。某業者からの販売例がある。

今まで説明した事が無かったが、園芸界では「A X  B」という表記はAが受け・・じゃなかった母親(子房親)で、Bが父親(花粉親)である。どちらが受け入れる側になったのか情報として重要なので、書く順序は絶対に間違えてはいけない。逆交配だと種子ができない組み合わせもあるので、解釈違いをおこさないよう表記順序を守らなければならない。

BL表記と逆? 管理人には何のことかよく判りません。

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花の拡大画像。

父親(中国大花チドリ)は下記リンク記事を参照。

 母親(オキナワチドリ4倍体)は下画像の個体。フローサイトメトリー計測で4倍体であることが確定されている。オキナワチドリの場合、倍数体っぽい形質の個体は大量の実生の中から時々見つかっているが、学術的手法できちんと確認された倍数体は数系統しか知られていない。(知られているだけでも数系統はあるって事ですね)

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 倍数体は大輪になる、というのが一般常識。しかしオキナワチドリの場合は4倍体は植物体が縮んでむしろ小輪になる。オキナワチドリ同士の交配であれば3倍体が最も大輪になる。

・・でまあ、ここまでは前振りである。一番上の画像個体を交配親に使えないか試してみた。

 異属間の遠縁交配、しかも片親が4倍体の「異質3倍体」である。普通に考えれば種子を作る能力は無い。自家受粉では常識通り果実が膨らまなかった。

 ところがオキナワチドリ2倍体の花粉をつけてみたら、果実が肥大しはじめた。

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 上画像が次世代作出に使ったオキナワチドリ2倍体・大点花。種子ができるとは思っていなかったので適当に選んだ無銘の実生(ただし野生選別個体からの交配記録がすべて残っている)である。

 経験上、遠縁交配の種子は途中で生長が止まって胚が枯死することが多い。そこで未熟なうちに採果してフラスコ内で胚培養してみた。数本ほど発芽して(途中経過省略)1個体だけ開花株まで生長した。下記画像は2株あるが、分球した同一個体。

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 母親が交雑種なので間違いなく中国大花チドリの血を引いているはず・・と言いたいところだが、見た目にはただのオキナワチドリに戻っている。DNA解析しなければ本当のところは判らないが、中国大花チドリの遺伝子が抜け落ちてしまったような感じである。ついごーできなかったせんしょくたいがだつらくしたのかな? ってえらいせんせーがいってた。

「スズチドリ(ウチョウランX ヒナチドリ)にヒナチドリを戻し交配してヒナチドリにウチョウランの耐暑遺伝子を取り込み、見かけはヒナチドリだが温暖地で夏を越せるランを創り出す」(実際に創られているが、ヒナチドリというラベルで出回っているためDNA検査しないと判らない)ように特別な形質を組み込む育種ができるなら価値もある。が、この交配後代には外見にも性質にも拾いあげたくなる特徴が見当たらない。

これ以上交配を進める意義を感じないので、ここで終了とする。

 サンダーズリスト(英国サンダー商会が創設したラン科交配種の血統登録制度。現在は英国王立園芸協会に引き継がれ、新しい交配種を作って報告すると作出者名と共に永久記録される)に好きな名前をつけて登録できるはずだが、交配を進めていくための記録なので交配親に使えないものを登録しても意味は無いだろう。

・・「うまぴょい」とか名称登録でき・・いや何でもない。

関連記事はこちら。

オキナワギク

沖縄菊 Aster miyagii

奄美・沖縄固有種、絶滅危惧Ⅱ類

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画像は沖縄本島の北部、東海岸産の個体。

東海岸の岩場ではわりと普通に見かけるが、西海岸での分布はきわめて局所的。というか西海岸は開発されまくっていて健全な自然植生が残っている海岸自体がものすごく少ない。

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花のアップ。頭花の部分に赤みがほとんど無い事に注目。

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 この個体は園芸用語で「青軸・準素心(あおじく・じゅんそしん)」と呼ばれるもので、赤系色素が普通よりも少ない。

 ちなみに完全なアントシアニン欠損変異、つまり一般的な花でいうところの純白品種は「素心(そしん)」と呼ばれる。これはオキナワギクのようにもともと白っぽい花の「白系標準花」と「純白花」を区別するために使われる呼び名である。

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こちらが別個体の「標準花」。白花ではあるが頭花に赤い色素が乗る。

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 こういう感じで花茎にアントシアニン系の色素が発色する個体は「泥軸(どろじく)」と呼ばれる。もっと色が濃くなれば「赤軸」、さらに「黒軸」となるが、そこまで色が濃い個体はオキナワギクではまだ見たことがない。

 オキナワギクは絶滅危惧種ではあるが、性質自体は弱いものではなく適地ではランナーを伸ばしてどんどん殖え広がる。沖縄本島ではグランドカバープランツとして殖やされてガーデンセンターで売っているくらいなので希少性や換金性も乏しく、「乱穫で」絶滅する心配はしなくて良いと思われる。

 暑さに強く、冬もビニールハウスに入れて凍らない程度に保護すれば越冬できるので、本土でも山野草業者が増殖して販売していることがある。ただ、ランナー系の移動する植物によくある事だが忌地(いやち:連作障害)が出やすい。普通のサイズの鉢に植えた場合、定期的にほぐして植え替えないといきなり全滅することがある。また日照不足にも弱い。ガンガン殖えているので安心して手抜きをしたら壊滅、というのはオキナワギクあるある話。沖縄のように庭植えで放任できる地域なら問題ないが、本土では真面目に世話しないと長生きはさせられないと思う。

 背丈の大小、花の形や色などにそこそこ個体差がある植物だが、一般人が見て一目で識別できるほどの差異ではない。そのため選別して増殖流通されている品種はほとんど無い。(過去にはあったがおそらく現存していない)

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 花色は環境によってはかなり濃く発色する系統もあるので、選別交配すれば「赤花」も作出できるだろうとは思うが、実際にやってみたという話は聞いたことがない。

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 オキナワギクは自家不和合、つまり自株の花粉では受粉できないので他株の花粉をつけなければ種子ができない。2系統以上のオキナワギクを栽培している酔狂な方はまずいないので、必然的に実生繁殖をしている方も見かけない。

 花後1ヶ月ほどすると上画像のようなタンポポ的な綿毛ができてくるが、それを採ってみると・・

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 こういう感じでほぼ全部がシイナ(不稔種子)である。たまに発芽力のある種子ができている事があるが、近くに咲いていた同属(アスター属。キク科の山野草に山ほどある)との交雑種子だったりする。余談だが、タニガワコンギク(ノコンギクの矮性系統)との交雑個体が「桃色オキナワギク」という商品名で園芸流通した事がある。

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 同時期に咲くアスター類をすべて圃場から除き、オキナワギクだけを隔離栽培して異系統間で人工交配すれば種子を得る事も可能。

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 気温15~20℃の場合、採り蒔きすると20~30日くらいで発芽してくる。

 上画像は播種後90日。

*2022年追記。播種後11ヶ月で開花した。

 植物栽培は、自分の手元で植物の生活史をじっくり見られる事も楽しみの一つ。栄養繁殖でいくらでも殖やせるような植物であっても、実生してみると色々と発見があって面白い。実生ができれば選別育種も可能。

・・とは言っても鑑賞価値だけで言えば原種デージー(イングリッシュデージー。寒冷地以外では初夏に溶けて枯れるので秋蒔き一年草扱い)のほうが上である。あちらはすでに派手な改良品種があるし「アルムの空」のような原種タイプの優良系統も流通している。あれに対抗して育種を始めたところで勝ち目は無いだろうが、誰かチャレンジするなら応援はする所存である。(協力はしない)

自生地画像はこちら。