Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

アマミアセビ

Pieris amamioshimensis

from Amami island, Japan.

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アマミアセビ奄美大島の固有種。管理人宅の玄関横の植栽品。

 沖縄本島産のリュウキュウアセビと同種とされていたが、2010年に遺伝子解析の結果から別種とされた。沖縄と奄美の動植物はDNAデータからは別種と読み取れても、外見的には似通っている(種類によってはほとんど見分けがつかない)ものが多い。島の南部と北部、太平洋側と日本海側の個体群では遺伝子構成が違っていたりする事もあるので油断ならない。

 (余談だが奄美諸島沖縄諸島のオキナワチドリは外見的に違いがあるのだが、同種として良いのだろうか? 誰か調べてみてほしい)

 なお、奄美産の動植物を沖縄で育てる(あるいはその逆)のは野外逸出や、野生個体と交雑する可能性があるので基本的には避けるべき行為である。(まあ、それを言うと本土でも地元産以外の生物は飼育・栽培するなという話になる。ちなみに沖縄本島産のリュウキュウアセビは野生絶滅しており、植栽されたアマミアセビの花粉が虫に運ばれて自生地で遺伝子汚染をひきおこす事は無い)

 本種は2014~2016年に環境省、各地の国立大学と京都府立植物園によって保存プロジェクトが立ち上げられ、現地および日本各地、さらに海外の植物園からも現存個体の収集が試みられた。DNA解析で個体識別して(つまり挿し木クローンは全部合わせて一つの個体として扱う)2016年の時点で145系統を収集。そこから挿し木増殖してそれぞれの苗に情報付きQRラベル(スマホで読み込むと個体情報がダウンロードされる)をつけて奄美大島に里帰りさせるという快挙をなしとげた。

 下記リンクに初期に使われていたバーコード情報ラベルの解説があるが、希少植物はこういう感じで個体情報付きの苗を流通させていくのが理想ではある。

プロジェクトの目的|環境省 環境研究総合推進費 希少植物・絶滅危惧植物の持続可能な域外保全ネットワークの構築(旧資料)

 収集個体の中には廃屋の庭に残されていた成木から別居家族に連絡して挿し穂を採らせてもらったとか、管理者が高齢になって処分寸前の盆栽を探し出したとか、山採り業者が病気引退したあと地植え放任されて藪に埋もれていた木を見つけたとか、少し遅ければ完全消滅していた個体が数多くあった模様。「個人所有の絶滅危惧植物が消滅する分岐点にあることを強く認識した」と報告されている。(下記リンク文献より引用)

「希少植物・絶滅危惧植物の持続可能な域外保全ネットワークの構築」(改定資料)

https://www.erca.go.jp/suishinhi/seika/pdf/seika_1_h29/4-1403_2.pdf

・・でまあ、本種に関しては望みうる最善の形で保全が間に合ったが、これはアマミアセビが「素人が庭に植えて放任栽培しても長く生き続ける、収集後の管理を植物園のバイトに丸投げしても問題ない丈夫な植物」であったから実現できた話である。

 上記リンクにあるチチブイワザクラの場合は栽培増殖にある程度の技術や知識を要するため、増殖プロジェクトが遅々として進んでいない。殖やすだけなら山野草生産業者に委託すれば良いのだろうが、殖やしてもデリケートな苗を引き継いで育てられる人がほとんどいないのである。(ちなみに遺伝子解析してみたら、栽培場でよく育つ系統と、野外に植え戻した時に枯れずに育つ系統はまったく別だったという記述がたいへん興味深い)

 で、当ブログが主要ネタにしている地生蘭の場合、プロの生産業者であっても実用レベルで増殖技術を確立できている種類はごく一部しかない。シラン、エビネやクマガイソウ、沖縄でのカクチョウラン栽培や北国におけるアツモリソウなどの例外的事例を除けば庭植え放任は難しい。鉢植えにして育ててもベテラン栽培者が世話できなくなったら3日で栽培崩壊するようなクソ面倒な種類ばかりで、野生個体が消滅分岐点にあっても生育域外保全のハードルは高い。

「植物園で原種ウチョウランの収集保全をしましょう!」などと言われても「誰が世話するんだよ、枯らしたら責任問題になるんだぞ」で終了である。技官に払う金を削って造園屋に管理を外注している施設に、何ができるというのだ?

 というか、そんな手間のかかる植物を保全するマンパワーがあるなら、ただ珍しいだけで栽培自体は超簡単な植物を何種類も保全したほうが業績になる。管理人が「仕事でやるなら」地生蘭には絶対に関わらない。内容評価するのは植物にも栽培技術にも興味の無い人たちであって、何を育てても書面に書いてある経費と栽培数しか見てもらえないからである。

 現状では「じゃあ育てられないランは種子の超低温保存でもしておきますか?」みたいな方向で検討が進んでいるようだが、「誰も親株を維持できないので遠い未来に復活を託します」と言われてもそこに希望があるのか無いのかよく判らない。まあ、いずれにしても今の日本では現実的に見てそれが限界のようである。

 

関連記事

歳を報せる蘭

Cymbidium sinense var.alba

from Amami island, Japan.

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ホウサイラン素心(そしん)。通称、白花ホウサイ。

 中国の旧正月(2022年は2月1日)頃に開花することから「報歳蘭」という呼び名がついたという。日本だと花期は少し遅れることが多い模様。

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 いわゆる東洋蘭の中で見た場合、ホウサイランは植物体に比べて花が小さく、花型もあまり良くない個体が多い。花物として選別された優良個体もあるが、東洋蘭界では斑入り個体を鑑賞する観葉植物「蕙蘭(けいらん)」として評価されている品種のほうが多い。(普通個体も花型を問わなければ一般シンビジウム並みの価格で手に入る)

 ちなみにシンビジウム属は地生蘭としては例外的に個体寿命が長く、栄養繁殖のみで100年以上も維持できるっぽい。(たとえば中国で「春蘭の王」と呼ばれる「宋梅」は今から200年以上も前、乾隆帝(1736~1795)の時代に宋金旋という商人が、美少女を養女に迎える夢を見たあと見つけたと伝えられている)

https://baike.baidu.com/item/%E5%AE%8B%E9%94%A6%E6%97%8B%E6%A2%85/3402835

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 全体像。この個体の葉は横に大きく広がる。奄美大島産、台湾産のホウサイランとして流通している系統はこれと似た形質で、外見から産地を特定することは難しい。

 「中国ホウサイ」という名前で流通しているものも葉が広がる個体がみられるが、文献では大陸産ホウサイは葉が上に立ち上がる「立ち葉」が多い事になっている。流通過程で混同されてラベルに書いてある産地が信用できなくなっているので、正確なところはよく判らない。

 見ての通り、シンビジウムとして見れば「駄物」である。しかし花に上品な香りがあり、成分分析して再現し「報歳蘭の香水」として売り出された事例すらある。そのため花型は無視して香りを楽しむために育てている園芸家もいる。

 画像個体は亡き師匠から30年以上も前に「奄美大島産」という説明のもとにもらった種子を育成したもの。いわゆる「奄美報歳」は標準花と白花が奄美大島において栽培品として伝えられている。通販で増殖株が入手できるが、野生個体はほぼ絶滅状態で野外で開花株を見ることは不可能。

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 中央部、赤い線で囲った部分が無菌培養ビン出し時の球茎。撮影実長は約7mm。

そこから4年で成株にまで生長、今年に初開花した。

 あれ? 種子をもらったのは30年以上も前のはずでは? と思った方はおられるだろうか。いわゆる東洋蘭を無菌培養した場合、発芽した苗は「リゾーム」と呼ばれる小さいショウガの根のような塊になり、培地にもぐりこんだ状態で発葉も発根もせず何十年もそのまま生き続けるのである。

 ちなみに乱穫が極みに達しているカンランなどがギリギリのところで野生絶滅をまぬがれているのは、極端に長い地下生活を送る実生が、皆が忘れた頃に地上に芽を出してくるためである。

 培養ビンの中の実生を新しい培地に移し続けると、何十年でもショウガ根のままで永久に出葉しない。しかし培地に植物生長ホルモンを添加して刺激を加えたり、移植継代を中止して培地養分が枯渇し極限状態に追い込まれた場合には発葉してくることがある。画像個体は後者の苗を育成したもの。

 単価が安いランなので、国内では原種ホウサイランの実生をしている人はほとんどいない。しかし各国でシンビジウムの種間交配親に使用されており、日本ではM蘭園さんが和の趣をもつ有香シンビジウムの作出に使っておられるようだ。

Cymbidium sinense var.alba X Cym. goeringii

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 こちらは某蘭展に出品されていた白花ホウサイ X シュンラン。花はハルカンランに似ているが葉がシンビジウム的。

 

Cymbidium sinense X Cym. kanran = Cym. Medhi 'Shiunkou'

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 こちらはホウサイラン X  カンラン =Cymbidium Medhi , 個体名「紫雲香」。花型が整っていて渋い花である。

 

Cym.sinense from Yamagawa, Kagoshima pref. Japan.

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 こちらは市販の通称ヤマガワホウサイ。鹿児島県指宿市の山川(旧・山川町)で採集されたと伝えられる原種系統。実際のところは在来種なのか古い時代の渡来種なのか定かではないが、山川町の町花として住民に愛されている。株分けされたものが通販で売られており、現存数はそれなりに多いようだがオリジンが何株あったのかは不明。おそらく数える程度の個体から殖やされたものだと思うが、正確なところは誰かがDNA調査でもしない限り判らない。

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 ヤマガワホウサイは「立ち葉」である。聞くところでは屋久島産の「屋久島報歳」も立ち葉らしいが、そちらは実物を見ておらず真偽を確認できていない。

オキナワチドリの属間交配種

Ponerorchis lepida X Shizhenia pinguicula

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オキナワチドリ4倍体 X 中国大花チドリ。

以前の記事でも紹介した交配種。某業者からの販売例がある。

今まで説明した事が無かったが、園芸界では「A X  B」という表記はAが受け・・じゃなかった母親(子房親)で、Bが父親(花粉親)である。どちらが受け入れる側になったのか情報として重要なので、書く順序は絶対に間違えてはいけない。逆交配だと種子ができない組み合わせもあるので、解釈違いをおこさないよう表記順序を守らなければならない。

BL表記と逆? 管理人には何のことかよく判りません。

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花の拡大画像。

父親(中国大花チドリ)は下記リンク記事を参照。

 母親(オキナワチドリ4倍体)は下画像の個体。フローサイトメトリー計測で4倍体であることが確定されている。オキナワチドリの場合、倍数体っぽい形質の個体は大量の実生の中から時々見つかっているが、学術的手法できちんと確認された倍数体は数系統しか知られていない。(知られているだけでも数系統はあるって事ですね)

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 倍数体は大輪になる、というのが一般常識。しかしオキナワチドリの場合は4倍体は植物体が縮んでむしろ小輪になる。オキナワチドリ同士の交配であれば3倍体が最も大輪になる。

・・でまあ、ここまでは前振りである。一番上の画像個体を交配親に使えないか試してみた。

 異属間の遠縁交配、しかも片親が4倍体の「異質3倍体」である。普通に考えれば種子を作る能力は無い。自家受粉では常識通り果実が膨らまなかった。

 ところがオキナワチドリ2倍体の花粉をつけてみたら、果実が肥大しはじめた。

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 上画像が次世代作出に使ったオキナワチドリ2倍体・大点花。種子ができるとは思っていなかったので適当に選んだ無銘の実生(ただし野生選別個体からの交配記録がすべて残っている)である。

 経験上、遠縁交配の種子は途中で生長が止まって胚が枯死することが多い。そこで未熟なうちに採果してフラスコ内で胚培養してみた。数本ほど発芽して(途中経過省略)1個体だけ開花株まで生長した。下記画像は2株あるが、分球した同一個体。

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 母親が交雑種なので間違いなく中国大花チドリの血を引いているはず・・と言いたいところだが、見た目にはただのオキナワチドリに戻っている。DNA解析しなければ本当のところは判らないが、中国大花チドリの遺伝子が抜け落ちてしまったような感じである。ついごーできなかったせんしょくたいがだつらくしたのかな? ってえらいせんせーがいってた。

「スズチドリ(ウチョウランX ヒナチドリ)にヒナチドリを戻し交配してヒナチドリにウチョウランの耐暑遺伝子を取り込み、見かけはヒナチドリだが温暖地で夏を越せるランを創り出す」(実際に創られているが、ヒナチドリというラベルで出回っているためDNA検査しないと判らない)ように特別な形質を組み込む育種ができるなら価値もある。が、この交配後代には外見にも性質にも拾いあげたくなる特徴が見当たらない。

これ以上交配を進める意義を感じないので、ここで終了とする。

 サンダーズリスト(英国サンダー商会が創設したラン科交配種の血統登録制度。現在は英国王立園芸協会に引き継がれ、新しい交配種を作って報告すると作出者名と共に永久記録される)に好きな名前をつけて登録できるはずだが、交配を進めていくための記録なので交配親に使えないものを登録しても意味は無いだろう。

・・「うまぴょい」とか名称登録でき・・いや何でもない。

関連記事はこちら。

オキナワギク

沖縄菊 Aster miyagii

奄美・沖縄固有種、絶滅危惧Ⅱ類

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画像は沖縄本島の北部、東海岸産の個体。

東海岸の岩場ではわりと普通に見かけるが、西海岸での分布はきわめて局所的。というか西海岸は開発されまくっていて健全な自然植生が残っている海岸自体がものすごく少ない。

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花のアップ。頭花の部分に赤みがほとんど無い事に注目。

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 この個体は園芸用語で「青軸・準素心(あおじく・じゅんそしん)」と呼ばれるもので、赤系色素が普通よりも少ない。

 ちなみに完全なアントシアニン欠損変異、つまり一般的な花でいうところの純白品種は「素心(そしん)」と呼ばれる。これはオキナワギクのようにもともと白っぽい花の「白系標準花」と「純白花」を区別するために使われる呼び名である。

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こちらが別個体の「標準花」。白花ではあるが頭花に赤い色素が乗る。

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 こういう感じで花茎にアントシアニン系の色素が発色する個体は「泥軸(どろじく)」と呼ばれる。もっと色が濃くなれば「赤軸」、さらに「黒軸」となるが、そこまで色が濃い個体はオキナワギクではまだ見たことがない。

 オキナワギクは絶滅危惧種ではあるが、性質自体は弱いものではなく適地ではランナーを伸ばしてどんどん殖え広がる。沖縄本島ではグランドカバープランツとして殖やされてガーデンセンターで売っているくらいなので希少性や換金性も乏しく、「乱穫で」絶滅する心配はしなくて良いと思われる。

 暑さに強く、冬もビニールハウスに入れて凍らない程度に保護すれば越冬できるので、本土でも山野草業者が増殖して販売していることがある。ただ、ランナー系の移動する植物によくある事だが忌地(いやち:連作障害)が出やすい。普通のサイズの鉢に植えた場合、定期的にほぐして植え替えないといきなり全滅することがある。また日照不足にも弱い。ガンガン殖えているので安心して手抜きをしたら壊滅、というのはオキナワギクあるある話。沖縄のように庭植えで放任できる地域なら問題ないが、本土では真面目に世話しないと長生きはさせられないと思う。

 背丈の大小、花の形や色などにそこそこ個体差がある植物だが、一般人が見て一目で識別できるほどの差異ではない。そのため選別して増殖流通されている品種はほとんど無い。(過去にはあったがおそらく現存していない)

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 花色は環境によってはかなり濃く発色する系統もあるので、選別交配すれば「赤花」も作出できるだろうとは思うが、実際にやってみたという話は聞いたことがない。

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 オキナワギクは自家不和合、つまり自株の花粉では受粉できないので他株の花粉をつけなければ種子ができない。2系統以上のオキナワギクを栽培している酔狂な方はまずいないので、必然的に実生繁殖をしている方も見かけない。

 花後1ヶ月ほどすると上画像のようなタンポポ的な綿毛ができてくるが、それを採ってみると・・

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 こういう感じでほぼ全部がシイナ(不稔種子)である。たまに発芽力のある種子ができている事があるが、近くに咲いていた同属(アスター属。キク科の山野草に山ほどある)との交雑種子だったりする。余談だが、タニガワコンギク(ノコンギクの矮性系統)との交雑個体が「桃色オキナワギク」という商品名で園芸流通した事がある。

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 同時期に咲くアスター類をすべて圃場から除き、オキナワギクだけを隔離栽培して異系統間で人工交配すれば種子を得る事も可能。

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 気温15~20℃の場合、採り蒔きすると20~30日くらいで発芽してくる。

 上画像は播種後90日。

*2022年追記。播種後11ヶ月で開花した。

 植物栽培は、自分の手元で植物の生活史をじっくり見られる事も楽しみの一つ。栄養繁殖でいくらでも殖やせるような植物であっても、実生してみると色々と発見があって面白い。実生ができれば選別育種も可能。

・・とは言っても鑑賞価値だけで言えば原種デージー(イングリッシュデージー。寒冷地以外では初夏に溶けて枯れるので秋蒔き一年草扱い)のほうが上である。あちらはすでに派手な改良品種があるし「アルムの空」のような原種タイプの優良系統も流通している。あれに対抗して育種を始めたところで勝ち目は無いだろうが、誰かチャレンジするなら応援はする所存である。(協力はしない)

自生地画像はこちら。

南アフリカ少雨地域の植物図鑑

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 必読かどうかは人によると思うが、自生地画像オンリー、オールカラー350ページの本が一般書として出版された事に驚く。「ブルー○ス」の珍奇植物特集とか、植物輸入業者が自費出版している薄い写真集がそのままの濃さで辞典ぐらいの厚さになって殴りかかってきたような本。(ただし各写真のサイズが小さいので写真集として見た場合は迫力に欠ける)

 おそらく多肉植物ブームに乗っかって出されたのだろうが、多肉だけでなく球根、樹木、動物などの画像も多く、どちらかというと「異世界フィールド図鑑」という感じである。多肉マニアよりも、むしろ動植物全般に幅広い興味をお持ちの方に向いている気がする。

 残念ながらラン科(地生種のみ)の記事は2ページに留まる。日本国内で栽培成功例がある種類がいくつか含まれているが、いずれも栄養繁殖が難しく栽培品として現存しているかどうか疑問。

 そもそも南アフリカ産地生蘭の多くは菌依存性が高い。下画像(全部ラン科)も種子であれば入手できない事もなかったりするが、フラスコ培養は可能でもビン出し後は菌共生栽培以外では生かしておくことが困難なランが含まれている。

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 なお、生態や分類については興味深い記事が多数あるものの栽培に関する記事は皆無。要するに園芸書ではない。純真な若者が写真を眺めて「こんな珍奇な植物が世の中にあるのか!」と感動して視野を広げるのが正しい読み方である。

 ちなみにラン以外の植物は日本国内で栽培・増殖されている種類がかなりの割合で含まれており、その一部は普通に通販で買えたりする。逆に言うと、この図鑑に載っていて日本で入手できない種類は園芸的に見て何か問題があると疑ったほうが良い。ほとんどの場合「誰も育てていない」のではなく「先人が試してみたが割が合わなかった」植物である。

 ・・いや、それに関しては挑戦するなとは言ってない。山盗り親株の購入は駄目だろうが、種子の個人輸入なら持続的利用の範疇だろう。まあ苦労を買うようなものだと思うが、若い時の苦労は(無責任発言)

↓ 参考記事

マツバランの「実生」

from Okinawa island, Japan.

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沖縄本島産マツバランの「実生(みしょう)」苗。6年前に書いた記事の個体だが、あれからずいぶん大きくなった。

 マツバランは小分けにして生育を押さえると2号鉢に収まる程度の小苗に留まるし、大鉢植えにして肥料を効かせると毎年大きくなって草丈30cmを超える。画像個体はまだ変身の余地を残している。

 栽培自体は難しくないが、生育が遅くて年単位で観察しないときちんと育っているのかどうかも判らないスローペースな植物である。時間の流れを早く感じるようになった年寄りにはほどよい生長速度だが、若者だったら変化が無さすぎて嫌になると思う。シダなので花も咲かないし・・

 マツバランの変異個体は古典園芸植物「松葉蘭」として流通しているが「鳳凰柳」や「青龍角」のような、原種(青九十九(あおつくも)と呼ばれる)と識別しやすい品種ばかりではない。門外漢にはどれも同じに見えてしまって「全種をコレクションしよう!」というほどの意欲はそそられにくい。

 とは言っても園芸品種について語ると一冊の本になってしまうほど奥が深い植物ではあるし、実際に専門書が書かれてもいる。松葉蘭の怪しい世界をお知りになりたい方はネットでご検索を。国立国会図書館デジタルコレクションで江戸時代の品種図鑑「松葉蘭譜」や「松蘭譜」をご覧いただき、200年前のどの品種が今も生存しているかご確認いただくのも一興。(下は江戸東京博物館の「松葉蘭譜」画像にリンク)

http://158.199.215.21/assets/img/2015/02/b11.jpg

 でまあ画像個体に話を戻すと、この株は棚にあった野生型マツバランの胞子が飛んで、近くの鉢から勝手に生えてきた「実生」(実から生えたものではないが、マツバランの場合は慣習的にそう呼ばれる)である。

 管理人だけでなくマツバランを育てている趣味家の栽培場では、胞子が飛んで思わぬ場所から発芽してくる。「松葉蘭」を栽培している古典園芸屋の棚では観音竹やら万年青やら君子蘭やら、さまざまな古典物の鉢植えから「実生」がニョキニョキと伸びていたりする。 試しに「マツバラン 生えてきた」で画像検索してみたらアジサイとツバキとブルーベリーとアボカドとベンジャミンゴムとカポックとコルジリネ、アロエにガステリアにゲットウギボウシにシマツルボ、あらゆる植物の根本から節操なく生えてきている状況が観測された。

 ところがその一方、マツバランを一般的なシダと同じ手法で胞子蒔きしてもまったく発芽しない。

 普通のシダの場合は胞子を蒔くと、半透明のコケのような物体が生長してくる。

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 この物体は園芸家の間では一般的に「前葉体(ぜんようたい)」と呼ばれている。(前葉体とは何者か、という説明は割愛する)

 一般的なシダであれば発芽直後から光合成して自力で生きていけるので、若干の無機養分(つまり化学肥料)があれば問題なく発育する。フラスコ培養でも無糖の肥料入り寒天で育てられたりする。

 順調に大きくなるとやがて「本葉」が出てきて、普通のシダへと生長していく。(画像は勝手に生えてきたシダなので種名不詳)

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 ところがマツバランは胞子から発芽してしばらくの間は光合成能力が無く、土中に埋もれた状態で周囲にいる共生菌から栄養分をもらいながらリゾーム状の塊(配偶体=一般的なシダの前葉体に相当する)になり長期間(数年?)生長を続け、ある程度の大きさになってから初めて地上に発芽してくるという特殊な生活史を持っている。

 それゆえ東洋蘭などの実生と同様、共生菌が土中にいない場所に胞子を蒔いても新苗はまったく生えてこない。

 ちなみにほとんどの東洋蘭(熱帯シンビジウム系生活史のキンリョウヘンとヘツカランは除く)の初期実生(地下生活リゾーム=俗称ショウガ根、あるいはラン玉)は樹木共生外根菌ーー生きた樹と共生しなければ生存できない菌ーーに寄生して養分を吸収しながら生長する。それゆえ「東洋蘭と相性の良い特定種の菌を根に棲まわせている樹木」の根元に種子を蒔かなければ苗が得られない(と推測されている。正式に調査した報文はまだ無いようだが、前記の2種以外で鉢蒔き実生に成功した例は知られていない)

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 上画像はホウサイランの無菌培養リゾームだが、形状がマツバランの根茎と似ている。自然状態でも、こういう正体不明の物体が菌から栄養を吸い取りながら密かに地下で発育を続けている。

 そしてマツバランの共生菌も外根菌と同様に、緑色植物から養分をもらわなければ生きていけない絶対的生体依存菌である。

2009年09月号 (Vol.122 No.5) < Journal of Plant Research | 日本植物学会

 マツバランから分離されているのはグロムス(のグループA)と呼ばれる菌だが、要するに緑色植物からグロムス菌が養分をもらい、さらにグロムス菌からマツバラン幼体が養分をもらう「三者共生系」を成立させなければマツバランの「実生」は不可能なのだ。(余談だがリンドウ科の一部などにもグロムス依存発芽種があり、単独で鉢蒔きすると発芽しない)

 ただしマツバランの共生グロムス菌は、共生相手を厳密に選ぶ東洋蘭の共生担子菌とは違って、節操なくそのへんの緑色植物とかたっぱしから共生関係を結べるらしい。

 イネのような水生植物やアブラナ科アカザ科、特定の共生菌とだけ関係を持つ樹種(東洋蘭が依存するのはこのタイプ)などグロムスと共生する能力がない植物グループ(ラン科もそっちのほう)もあるものの、なんと陸上植物の8割はグロムス菌を根に棲まわせる能力をもつ「アーバスキュラー菌根植物」(マツバランはこっちのグループ)なのだそうだ。

 そして寄主の膨大な種類数に比して植物の根に棲んでいるグロムスの種類数のほうはむちゃくちゃ少なく、Wikipediaの記述によれば報告されているのはまだ150種程度だという。しかも植物種/菌種の組み合わせがゆるく、1種類の植物に対してさまざまなグロムスが共生能力を持っている。(マツバランからは10種類以上の多様なグロムスが分離されている)

 つまり相手を選びまくるラン科とは比べ物にならぬほどマッチングが楽である。乱交パーテ・・いや何でもないです。

 それゆえマツバランと共生できる菌はそのへんの植物の根にも普通に棲んでいる可能性があり、観測事実もその推測と矛盾しない。・・あれ? もしかして陸上植物の8割が実生床に使える感じ?(要検討。多くの植物種は菌がいなくても生育が可能なので共生菌がついていない個体もある。またグロムスは抗菌剤に弱いので薬剤散布が多い鉢だと駄目っぽい)

 ちなみにリンドウ科の半菌依存種フデリンドウとハナヤスリ類では、自生地に混生する他の植物と、菌根菌が共通である事が実際に確認されている。

https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-20370031/20370031seika.pdf

 でまあマツバランの「実生」は何もしなくてもそのへんの鉢から普通に生えてくるのだが、意図的に「実生」ができないのは育種屋としてはちょっと癪に触るのである。

 菌依存性のランが普通に無菌培養できるのだから、マツバランもその気になれば無菌培養できて良い気がする。しかし実際に培養してみたという日本語報文が見つからない。マツバランと同様に菌依存・地下発芽性のハナワラビ(これは含糖培地で胞子発芽までは報文がある)、ハナヤスリ、ヒカゲノカズラなどの培養にも応用できそうなので技術開発に興味はあるのだが、年をとるともう自分でやってみる気力が湧かない。

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 マツバランの枝についた粒々が胞子の入っている胞子嚢。(正確には3つの胞子嚢が集まった胞子嚢群)これが成熟すると破れて粉のような胞子をふりまく。ランの未熟果培養と同じ手法で、裂開前に採取して中身を培養すれば良いのではないかと考えている。

https://www.journals.uchicago.edu/doi/abs/10.1086/337804?journalCode=botanicalgazette

 上記は「マツバラン胞子は硝酸塩と亜硝酸塩が含まれた培地では発芽・生育が阻害され、アンモニウムを窒素源にする必要があった」という英文報告。糖濃度0.2%(むちゃくちゃ薄いが、これは本当に適正濃度なのか?)で暗黒条件、発芽まで6ヶ月。ビン出しの記述は無い。

 ラン科の場合も菌依存度の高い北方系地生種では類似した培養特性の種類がある。そういうランの幼苗は多数の有機栄養素(アミノ酸、ビタミン、生長ホルモン類似物質など)を菌に依存していて自力では体内合成できず、酵母粉末やジャガイモなどの天然物を培地に添加しないと栄養障害になってビン出しサイズまで育てられない場合がある。

 マツバランの場合も窒素源をアミノ酸にするなど、北方ランの培養法を応用してみるのも有効かもしれない。違うかもしれないので要確認である。

 あ~~、お若い方、どなたかこの年寄りの代わりに培養してみてはくれんかのう。(他力本願)

オキ「イ」ワチドリ異質3倍体

Amitostigma lepidum 'Tetraploid'  X  Ami.keiskei

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 オキナワチドリ4倍体(大点花)X イワチドリ2倍体。

 母体に4倍体オキナワチドリを使ったためこの個体の遺伝子はオキナワチドリ:イワチドリ=2:1の比率になっている。そのため下記交配種(2倍体 X 2倍体=1:1)よりオキナワチドリの形質が強くなり、葉の枚数も4~5枚ある。

 オキナワチドリの「冬期生長」とイワチドリの「発芽後すぐに開花する」という性質が合わさって秋咲きになったのが興味深いが、鑑賞上は両親に勝る部分は特に無い。不稔なので育種的な発展も望めない。園芸的には意味の乏しい交配だが一応、記録として残しておく。

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 こちらは姉妹株の別個体。ほぼ見分けがつかない。

なお、現在ヒナラン属Amitostigmaはウチョウラン属Ponerorchisに統合されて消滅しているが、当ブログでは過去記事の修正が面倒臭いので旧学名のまま記述している)