Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

「銀の丘」再始動

 世界的に名を轟かせていた南アフリカのシードハンター、シルバーヒルシードの園主ご夫妻が盗賊(本物)の襲撃によってお亡くなりになった事件からすでに3年。

 南アフリカの固有植物(固有蘭も含む)を一手に扱っていた貴重な業者もこれで活動停止か? と心配されていたが、このほど後継者の方がホームページをリニューアルオープンした。

(上記がリンク切れの場合、Silverhill seedsで検索してサイトにアクセスしてもBandwidth Limit Exceeded(サイトの月毎の契約転送量が使い切られたため、来月まで表示できません)になっている場合があります)

 南アフリカ産の地生蘭は一般的に菌依存性が高く、フラスコ培養する時に普通の培地では育てられない種類が多い。どちらかと言うとアツモリソウとかオフリスとか、そういう変態ランの培養手法に近い。

 そういうランの種子を取り寄せて鉢播きで開花させてしまった恐るべき方(管理人ではありません)も日本国内に存在していることを確認できるのが、インターネットの恐しさである。

 とりあえず再始動を祝いたい。

f:id:amitostigma:20210312113550j:plain

ちなみに現在は販売していないが、こういう珍品の種子も販売していたことがある。

*2021年、関連記事を追加

海マリモ

沖縄島固有の希少植物、クビレミドロ Pseudodichotomosiphon constrictus

f:id:amitostigma:20210209151008j:plain

海藻の一種だが、緑藻でも紅藻でも褐藻でもないクソ珍しい植物。知人は海マリモと呼んでいるが、マリモとは縁遠い。

f:id:amitostigma:20210209151100j:plain

絶滅が危惧されているため人工培養法が研究されているが、報告書を読んでみると個人では取り組む気にもならないほど育てるのが面倒臭い。まあこういうものは一般人は野外で観察してフーンと感心しておく以外に何もできない。

 

 強烈な日照と清浄な海水、適度な流れがあって泥が沈殿せず、それでいて波で荒れることもない綺麗な砂の浅瀬、つまり今の沖縄ではものすごい勢いで消失しつつある特殊環境に局所的に残存しているにすぎないので、いつまで観察できるか非常に怪しい。このへんはまあ、沖縄の開発と土木利権がとんでもなくアレで、しかもコロナで将来性がポシャって自然環境保全も開発計画も両者共に焼け野原、県民の得になる要素が何一つ残ってないんですが、という話になってくるのだけれども、精神的によろしくないのでやめておく。

 

 沖縄には淡水エビの筋肉に寄生するマリモの親戚とか、陸封化されたアオサ属とか、昔は食用にされていた淡水モズク(紅藻)とか、生物好きが聞いたら「え、そんなのいるの?」と食いつきそうな藻類も多いのだが園芸ブログとは無関係な連中なので省略。お暇な方はググってみると視野が広がると思う。

オキイワチドリ(誤字ではない)

Amitostigma lepidum X Ami.keiskei

f:id:amitostigma:20201204100536j:plain

 オキナワチドリ大点花♀ X イワチドリ紅一点花♂ 

 オキナワチドリとイワチドリを交配してみたらどう? などと冗談で言う方は時々いるが、花期が一致しづらいので開花調整しないと交配できない。そのため実際にやってみた方はほとんどいないと思う。画像個体は秋から冷蔵処理をかけたイワチドリ球根を冬に発芽させてオキナワチドリに花期を合わせ、その花粉を使用している。ちなみにイワチドリは1果実あたりの種子量が少ないので、種間交配(受精成功率が低い)の母体に使った場合は確率的にほとんど種子が得られない。オキナワチドリを母体にした場合でもかたっぱしから交配して親株同士の相性が良い組み合わせのみ、数えるくらいの苗ができる程度の成功率である。

 以前、イワチドリの育種をなさっておられる方がオキナワチドリとの交配に興味を示しておられたので、4倍体オキナワチドリの球根を進呈した事がある。4倍体イワチドリと交配すれば稔性のある実生(複2倍体)ができて後代の育種が可能になるはずなので試してみてほしい、とお願いしたのだが、実際に交配するとなると非常に面倒だったようで、すぐに興味を無くしてしまって進呈したオキナワチドリは処分されてしまったと聞く。管理人も自分自身でやってみたかったのだが4倍体イワチドリは当地では維持が困難で、実験用に使い捨てにできるような値段でもないため断念した。

 ちなみに交配受精が成立しにくいに留まらず、成立しても完熟する前に胚が崩壊枯死する。そのため未熟胚のうちに果実から取り出してフラスコ培養で育成しないと苗が得られない。

 実生には冬緑性の秋咲き個体と、夏緑性の春咲き個体が混在していたが、当地では夏緑性個体は夏越しできなかったため現在栽培しているのは前者のみ。

f:id:amitostigma:20201204100601j:plain

 オキナワチドリが母体だが、葉姿はイワチドリに近い。DNA解析していないので証明はできないが、外見から見る限りでは受粉刺激による単為発生ではなく、実際に交配が成立していると思っている。

f:id:amitostigma:20201204100632j:plain

 花型は乱れが強く、園芸的にはあまり特筆すべきものではない。花粉ができず、母体にして戻し交配しても果実が膨らむ様子はまったく無いので、育種的にはここで打ち止めである。そういう交配種であれば、苦労して作出する意義は見当たらない。

 マッドサイエンティストが生み出した悲しい生物という感じで、興味深くはあるが面白がって世に広めるような花ではあるまい。自分でやっておいて言うのも何だが、こういう発展性の無い生き物を遊びで生み出すのは趣味が良くないと思う。園芸的に寄与する可能性が無い事が確認できたので、オキナワチドリ系の種間交配はもう二度と試すつもりはない。

関連記事はこちら

あなたはナリヤランの事を知らない

Arundina hybrid 'alba'

f:id:amitostigma:20201105160629j:plain

 ナリヤラン種群間交配個体、3.5号鉢。小型個体群純白花と、おそらく亜種として分類されるであろう矮性濃色個体群の交配個体(後述)の種子から育てた第二世代。

端的に言うと(白X 赤)Xセルフ。

f:id:amitostigma:20201105160650j:plain

 まあ鑑賞的にはそれほど悪くないと思うが、花持ちがよろしくない(2日程度)なので鉢花として出回る可能性は無い。

別個体。撮影時の草丈は約15cm。

 

こちらはさらに別の個体。上個体よりも丸弁で草丈も大きい。

 

f:id:amitostigma:20201105160721j:plain

 ちなみにこれらの純白花の親個体(白X赤)はこういう花である。片親が濃色花なので交配第一世代もわりと濃色。この花の種を播くと4分の1の確率で純白花が出る。濃色花の実生がどうして純白になるのか、という理屈については調べれば判ると思うので省略。

 上画像個体の姉妹株。こちらは色が淡く、片親が純白花だと言われれば素直に納得できる色調である。この交配では、このようにF1でもバラつきが出た。

  ナリヤランは産地によって花の大きさや草丈、耐寒限度などに著しい違いがある。草丈が成株で30cmの系統と2mの系統、耐寒限度が5℃の系統と15℃の系統、バンバン栄養繁殖する系統と高芽以外ではほぼ殖えない系統。ほぼ別種と言って良いほど栽培特性が異なる個体群がいくつも存在してい

 上画像は中国・雲南省産の「ナリヤラン」だが、一般的なナリヤランとは一目見れば区別がつく。この画像だけ見れば大差は無いように見えるが・・・

 実物はムチャクチャ小さい。草丈は30cm以下で、花径は35mm。エビネかな?という花サイズである。

 これは海外ではDwarf Bamboo OrchidとかMiniature(略)とかいう商品名で流通している。「Arundina sp.」として別種扱いされている事もあるが、区別せずに「Arundina graminifolia」にされている場合もある。

 あなたが知っている「ナリヤラン」は模式種ナリヤランだろうか? それとも亜種や変種に属する個体群? 原産地はどこで、そこはどういう気候? 日本国内ではどの系統もすべて「ナリヤラン」というラベルで区別されずに出回っているが、あなたの言う「ナリヤラン」はどのナリヤラン?

 どれか一鉢買い求めて育ててみても「そのサンプルはたまたまそういう性質だった」という経験が得られるにすぎない。それを普遍的なものだと思い込んでナリヤランの栽培解説をするのは、女性1人としか付き合った事の無い男が「女とはこういう生き物だ」と偉そうに語ってしまうくらい痛い行為である。

 知れば知るほど複雑怪奇なナリヤラン種群。その全体像を把握している人間は(管理人も含めて)日本国内には一人もいないと思う。

f:id:amitostigma:20201109150359j:plain

 本土で鉢植え栽培する場合は、コンパクトな系統のほうが扱いやすいだろう。

 しかし熱帯地域で花壇植えするなら、ある程度背丈が高いほうが雑草などに負けにくく育て易い。沖縄本島でも、地元(西表産)の中型系統よりも、海外から導入されたらしき巨大輪の大型種のほうが見栄えが良いため人気が高いようだ。明らかに地元産ではない系統が露地栽培されている事例を複数確認しているが、沖縄全域で何種類ぐらいの「ナリヤラン」が栽培されているのかまったく判らない。

 そういうものが八重山諸島に持ち込まれると野生化、あるいはタイリクバラタナゴのように移入交雑問題をおこす可能性があり、区別される事なく一律に「ナリヤラン」として販売流通している現状には少々問題がある。栽培する時には系統が違うものは別種、という認識を持って管理していただきたいと思う。

*他のナリヤラン記事は最上段のArundinaタグをクリックしてください

日本産の野生ランを育てるのは犯罪です

こちらが法律で販売・譲渡が規制されている生物種のリスト(2020年時点)

https://www.env.go.jp/nature/kisho/pamphlet/pdf/kokunaikisho.pdf

(下:2023年、改訂版を追記)

https://www.env.go.jp/content/000113583.pdf

 環境省は、絶滅が危惧されている動植物を年間30~60種のペースで追加指定していく予定。2017年度の「種(しゅ)の保存法」附帯決議では2030年までに700種の追加が目標となっている。ラン科に関しては、将来的にほとんどの種類が何らかの形で国内取引が規制される可能性もある。(ちなみに国際商取引ではラン科全種がすでに規制対象)

 まだ規制されていないランも言わば脱法ハーブのようなもので、栽培が道義的に無問題という事ではない。オークションなどで採集品が販売されている事例をデータ収集して資料にまとめ、収奪的と判断されたものを順番に追加指定していく手法が環境省点数稼ぎ 規制方針としてすでに確立されている。

 公開で売ったり買ったりされたものは自然保護関係者が見つけしだいチクり、環境省の関係者がネットを監視して現在進行形で資料に追加している。最近はオークション入札記録サイトから過去10年分のデータをCSVファイルでダウンロード(プレミア会員用機能)してガチで全件調査し報告資料にまとめている。そうッ!あなたの入札はすべて当局の監視下にあるッ!!(ドォォーンと効果音入る)

 新規に規制対象になった事を知らずに売買してしまい、行政から調査が入った事例はどんどん増えている。規制されたとたんに流通が止まることが解析資料からも確認されているので、たいへん効率的な点数稼ぎ 有効な保護規制になっていると言えるだろう。

 その一方、オークションで個人が大量の採集販売をやらかしたため、環境省が緊急で専門家会議を開いて希少種に指定せざるをえなかった案件も出てしまった。

 野生採集品に手を出す趣味家がいるせいで国レベルでの仕事を増やされて、趣味家の存在はものすごく迷惑がられている。国際会議で生物多様性条約を日本でも実施「させられる」事になったので、今後の規制はどんどん厳しくなる。厳しくすればするほど役所の点数稼ぎになるのだから、規制を手控える理由が無い。

 オークション運営を締め上げてレッドデータ種の取引を禁止事項にさせるべきという意見も出ている。運営側としてもそんな事で企業イメージを悪化させたくないだろうし、そういう規制がいつ実施されてもおかしくない。

*2022年追記。2022年9月29日より、ヤフオクではレッドデータで絶滅危惧種・準絶滅危惧種にリストアップされている国内動植物は、個人出品がすべて禁止された。今後はストア出店者が人工増殖したもの(繁殖環境の画像公開が条件)に限り認可される。

 ちなみに自然保護関係者の間では、オークションに規制種が出品された場合には運営に違反通報せず、環境省に直接メールするのが良いとされている。出品取り消しされると追跡できなくなるので、取引を成立させて落札者ともども検挙したほうが効果的だからである。

 そういうわけで「国内希少種」という法律用語を知らない人は、いろいろな意味で野生ランに関わらせてはいけない知識が不自由な方なので、見つけしだい通報 情報共有を試みることが望ましい。

 ちなみに県指定、地域指定の希少野生動植物種というのもあるので、国のリストに無いからと言って安心してはいけない。一例をあげれば

新潟県希少野生動物保護条例.pdf

 新潟県では野生のサギソウ・トキソウ・サルメンエビネ・コアツモリソウ・クマガイソウ・ムカゴソウ・キバナノアツモリソウ・ユウシュンランが採集・譲渡禁止(追記:2022年にサワランが追加指定)なので、オークションで新潟産のこれらのランを購入すると調査が来る可能性がある。あなたは全県の規制をすべて把握しているだろうか? 

 というか、今の時代はもはや「野生ランを育てている」事を公表する事自体が馬鹿の証明にしかならない。

 完全養殖を実用化できていないウナギが資源管理できないまま食いまくられ、養殖用の稚魚は密漁・密輸・密売に依存していて(2015年の場合、採捕来歴を追跡できるのは3割のみ)生育場所も減少しつづけ絶滅危惧種入りしてしまった事を知らない方が「ウナギを食べて何が悪い」などとSNSに書いてしまって炎上する時代である。

 野生ランもほとんどの種類は完全栽培されていない(ウナギと同様に野生採集の蓄養品しか売られていない)ので、自然愛好家は栽培者イコール盗掘肯定者だと認識している。そして見つけたら敵認定してロックオン状態になる。

 そんなものを「買っちゃいました~~♪」などと自分からカミングアウトしている人はバカ発見機にバカを書き込んでいる自覚が無い。「私は頭がクソ悪いので状況を理解していません」と全世界に発信しているに等しい。

 そういう記事に「いいね」をする方々は、コンビニのおでんを指でつついている犯罪動画に「いいね」をつけてしまう人種と同類である。(当ブログに「いいね」してくださった方々を敵に回す問題発言)

 盗掘を否定する発言をしておきながら野生採取株しか売られていないランの栽培談を書いている方はダブルスタンダードなのか無知なのか、どっちにしても自分の馬鹿を隠す知能すら無い。(管理人含む)

 もし誰にも文句を言われていないとしても、思考能力にハンデを負った人に関わりたくないと思われているか、あるいは単にその発信を見ている人が誰もいないだけの話だ。ああいけない、ブーメランが頭に刺さった。

f:id:amitostigma:20201001120139j:plain

 ちなみにこちらはフラスコ培養の沖縄本島産ヤクシマヒメアリドオシランKuhlhasseltia yakushimenshis。

知人が30年ほど前に培養を開始し、それを15年ほど前に分与してもらって管理人宅で継代培養しているもの。

f:id:amitostigma:20201001120251j:plain

 培養はきわめて容易で、殖えたら別の瓶に1本移してやれば無限に殖やせる。その気になれば日本全国に配ることすら可能だろう。

 しかしながらこの種類も将来的に販売規制がかかる可能性がある。なぜかと言うと培養容器から出すと枯れてしまって「完全栽培」が不可能、つまり入手しても普通の人は全滅させることしかできないので、そんなものを殖やして流通させる意義はこれっぽっちも無いからである。

 持続的に利用できない生物ならばランに限らずどんどん法律で規制していく、それが今の世の中の流れである。国際的に、強制的にそういう潮流なのである。

 

( とまあ今回は、こういう感じで挑発的な言葉を入れた記事を書いた時、検索で見つけた方がどれぐらい釣れるのかテストしております。以下はネタバレ解説になりますが、面白くない内容なので一般の方はこれ以上読む必要はありません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 えー、でまあ上記の文章では意図的に誤解を誘っているのだが、実際のところ希少種指定は「野生ランを栽培してはいけない」という法律ではない。所有権移動(採取や無償譲渡も含む)の規制であって、育てる事は禁止されていない。

 また「業者が商業的に殖やしていない絶滅危惧植物は販売禁止」なのだが、逆に言うと「過去に商業的に人工増殖された実績がある希少植物ならば(申請して許可をうけた業者に限り)売しても良い」という例外規定がある。

(注:これはあくまで植物の場合である。動物だと養殖物を野外に放すバカがいるため、増殖販売されていても(いるからこそ?)販売禁止にしていく方針となっている。長年にわたって真面目に系統維持・選別増殖し、繁殖実績を積んできた養殖業者が一方的に販売禁止を通告されて激怒、法廷闘争に発展中の事例もあったりする)

 実質的には栽培不可能なハツシマランやオオギミラン業者が一度だけフラスコ増殖した実績があったために販売可となった。だが親株をキープできる人がいなかったので現在に至るまでそれっきり流通していない。

 一方、素人でも挿し木でバンバン殖やせる栽培容易なオキナワヒメウツギやヤドリコケモモは商業繁殖実績が無かったため、繁殖させた苗でも譲渡禁止になってしまった。(ちなみにヤドリコケモモが取引禁止になったら規制外のタイワンヤドリコケモモの人気が急上昇し、それまでは誰も見向きもしなかったのに普通に商業生産されるようになった)

 そういう突っ込むべき部分も多いのだが、とりあえずそれはこっちに置いておく。

 ここでよく考えてみてほしい。ウナギなら食用なので販売された個体がすべて食い尽くされるのは当然だが、園芸植物は食い物では無い。皆で殖やして分かち合い、栽培品として世に満ち溢れていなければ本当はおかしいのである。

 たとえば日本産のムジナモは野生絶滅してしまったが、趣味家のリレー栽培によりしっかり増殖・系統保存されている。それが本来の野生植物栽培の目指すべき方向性であろう。

(2023年追記:2022年に石川県で野生状態のムジナモが確認され、自然個体群の可能性もありうるとの報告あり)

 アルバイト職員でも可能な販売監視は実施するけれど、栽培・飼育が難しい(それでいて管理経費は増額されないので割に合わない)種類の生息域外保全をする人員や予算はどこにも無く、各方面に調整が必要な生息地保全はあまりにも面倒臭いのでな~~んにもやっていない、やる気も無いのが日本という国である。きちんと系統維持できる趣味家であれば存在意義もある。団体レベルで繁殖実績があれば行政と協働できる場合も多い。

 ところがラン科植物はどれもこれも消費栽培されて完璧なまでに食いつぶされており、世代を超えて栽培のバトンが渡されている野生種は(ゼロではないが)数えるほどしかない。完全栽培できる趣味家もきわめて少ない。「よく見たらまともに栽培できている者など一人もいない」というのが実情だ。

 まあ10年なり20年なり生存させて「栽培してます」と自称する勘違いさんもおられるが、そういう方が一人で増殖普及してもそれを手に入れた1000人のうち999人以上が枯らしてしまうので、その人から先には虚無しか残らない。実質的には時間をかけて消費栽培しているのと同じことだ。

 そもそも栽培下で途絶しないような例外種は、とっくに古典園芸になっている。エビネウチョウラン業者の無菌培養苗が飽和供給されなければ園芸植物として成立させるのは不可能だったし、杭州寒蘭なども増殖しにくいので輸入が絶えたら減る一方、古典化できるかどうか疑問である。

 そりゃあ栽培規制もされるだろうし、「てめーがやってるのは盗掘売買で希少生物の消費活動だ、ランを食い荒らす夜盗虫は今すぐ爆発しろ」と世間様から言われるのも当然の流れである。

 違法じゃないからとか言って、系統維持できる栽培力も増殖技術も無いのに衝動的に手を出すバカしかおらず、同趣味の者もそのバカに対する批判や自浄が皆無なので国が法律を作って違法行為扱いにせざるをえなかった、とそういう話だ。愛好家にまともな栽培ができていれば、こういう状況にはなっていない。

 

 ここから先は愚痴が延々と書いてあるだけなので、お暇な方以外はもう読まなくていい。いままでの文章よりも長いぞ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ここで言う「まともな栽培」というものを考えるための参考資料として、管理人がリアルタイムで見聞きしてきたアツモリソウの完全栽培開発史~増殖業者撤退~実生技術ロストテクノロジー化(現在)に至るまでの30年、育苗業者の挑戦が撤退に変わっていく流れをざっくりまとめておく。

(ただし温暖地に住む管理人自身は一度もアツモリソウを育てたことは無い。本土の複数の栽培者から腐るほど一次情報を聞かされており、その記憶を客観的に裏付ける資料をネットなどで確認しながら書いているので大幅な事実誤認は少ないと思うのだが、あくまで二次情報なので間違いがあったらご指摘いただきたい)

 昭和末期、1980年代頃に野生ランの栽培ブームというものがあった。自然保護などという概念が乏しい時代で、現在では栽培不可能種とされているランもラン科植物であれば全種類が盗掘されて栽培実験に供された。アツモリソウも例外ではなく、根こそぎ盗まれて次々に地域絶滅し、わけのわからない自己流の栽培方法を押し付けられた株は育つこともなく消費され続けていた。

 完全絶滅が目前となるに至って行政が保護に動き出し、一部の愛好家や研究者は種子からの完全栽培にも挑戦しはじめた。そして日本で最初にアツモリソウ属の種子の無菌培養に成功したのは北海道礼文島にある、礼文町高山植物培養センターであった。

礼文島を北海道を日本を、いや世界を代表する名花レブンアツモリソウを山採り、採集、盗掘によって売買の対象にすべきではない。(中略)新しい増殖方法を見つけ出し、その方法を確立させ、レブンアツモリソウの大量増殖とアツモリソウ属の品種改良に着手すべきであろう。中略)レブンアツモリソウのみならずアツモリソウ属(Cypripedium)の増殖(管理人注:無菌培養によるもの)に成功したという事例はこの世にまだ存在しない。しかし礼文町高山植物培養センターではレブンアツモリソウの増殖を可能にしてきている」(1989年「マニア園芸」第2号、三心堂出版社)

 非引用部分にも色々とイキりまくった文言に満ちた、センター職員による寄稿が当時の園芸雑誌に残されている。まあこの時点では無菌発芽成功は世界初の快挙と考えられていたので、イキりたくなる気持ちはよく判る。

 ・・・が、この時に使用されていた発芽培地はまだ未完成で、その後の培養成績は微妙であったようだ。そして一番の問題は、植物学者は植物学の研究者であって、栽培技術の専門家ではなかったという点にあった。癌細胞を一目で見分ける優秀な病理学者が癌患者の手術にチャレンジした、さて患者はどうなったか、と、まあそういう感じの話である。その後の状況については公的な資料に言及がある。

「研究所の無菌実生は、何回かは発芽にこぎ着け、新聞などで報道されたりしたが、栽培の方法が地植えしかされていないなど、栽培技術的な問題もあって、ほとんどは植え出しに失敗し、効果は無かったようである」(1997年、林野庁栗駒山・栃ケ森山周辺森林生態系保護地域 保護林保全緊急対策事業 調査報告書」5-1-2章)(現在リンク切れ)

https://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/kakusyu_siryo/pdf/00233_2_h9_020.pdf

 そして日本での研究が足踏みしているうちに、欧米で先に無菌実生技術が確立されてしまった。

 この時期に各国で同時多発的に研究が進んでおり、最初に技術確立したのが誰なのか確定できていない。が、ほぼ最初期に実用化したと思われるのがアメリカのCarol & Bill Steel 両氏である。

Spangle CreekLab : Propagation Methods

 その研究開始は1986年頃だが、氏のホームページに「その頃にはすでにCyp.reginaeの無菌培養に関する論文が数多くあったので参考にした(意訳)」と書かれている。そして1990年にはもう無菌発芽させたCyp.parviflorum とreginaeの苗の販売事業を始めている。高山植物培養センターがそういう情報をどこまで把握していたのかは不明。(当時はまだインターネットが無かったので、各種情報の検索・入手は非常に難しかった)

 また、英国キュー植物園のPhillip Cribb博士、および共同研究していたドイツのWelner Frosch氏もかなり早くから研究を手掛けていたようだ。(余談だが彼らの共著「Hardy Cypripedium(2013)」はこのあいだア○ゾンで10万円近いプレミア価格になっていた)

 Frosch氏が人工交配種Cypripedium Gisela(parviflorum X macranthos)をサンダーズリストに登録したのは1992年5月5日。1994年にはアツモリソウ専門農園 Frosch(R) Exclusive Perennials でGiselaの増殖が開始され、1997年から商業販売となる。以後も次々に交配種が作出され続け、現在の園主Michael Weinnert氏が丈夫で美しく、栽培しやすい個体を選び出して圃場で増殖し、世界各国に提供しつづけている。(下記リンク参照)

https://www.cypripedium.de/English/new/new.html

 それらの技術を輸入する形で、日本でも爆発的に無菌培養技術が進歩しはじめた。開発は苦手だが改良は得意な日本人である。やればできる、と判ったとたんに山野草業者や民間農業研究施設の技術者が次々に参入し、本気で研究しはじめた。あっという間に素人でも調合できる簡易培地が開発され、育苗技術も確立されてしまった。

「現在では播種して2年、そしてフラスコから出して早いものでは2年、遅くても3年かければ大半が咲かせられるまでになりました」(2010年、山野草マニアックスvol23)

 高山植物培養センターは何をしていたかって? ・・この時期の事は聞かないのが人としての優しさである。北海道大学の協力もあったようだが、北大植物園も学者は在籍していたが生産技術者は雇用されていなかった。何を言いたいかは察してほしい。

 そして民間では優良個体同士の交配でどんどん苗が作られるようになり、さまざまな種間交配種が作出され、多数の園芸業者が参入してオリジナル品種の開発競争が始まった。園芸雑誌では定期的に特集記事が組まれ、「こうすれば育てられる」という知識が入門者に伝えられた。展示会も開かれて最新の栽培知見が盛んに交換された。自然界を荒らさず心置きなく楽しめるアツモリ園芸時代の到来である。

f:id:amitostigma:20201003100915j:plain

 ちょっと一休みして飯テロ画像。タコライス発祥の地、金武(きん)町にある鍾乳洞を魔改造したタコライス御殿 文化施設「ぼんさいカフェ・ゴールドホール」(追記:コロナ以降は休業中)のタコライス。炊き立て熱々のご飯の上にタコスミートとチーズがたっぷり、シャキシャキの刻みレタスとフレッシュトマトがどっさり、これが標準トッピング。うまいうまい。

 

 こうしてアツモリソウは園芸植物として一般化・・と思っていたら平成後半になるとブームが去って、いつのまにか限られた趣味家しか買わないマイナー植物になっていた。そうなると寒冷地の栽培家が栄養繁殖で殖やした苗を仕入れる程度(販売規制が無い場合、この部分が「誰かが山から盗んできた株を仕入れる」に置き換わる)で総需要が満たされてしまう。種苗生産しても売れ残るだけなので、大部分の業者が自社育成から撤退した。

 すると10年経たぬうちに人工増殖に関する情報が姿を消してしまった。多数の業者が育成を試みていたという記録は、紙媒体を調べればしっかりと残っているが、ネットで検索してもそんな時代があったという話は見当たらない。当時の業者カタログなどは書籍ではないため国会図書館などにも残っていないだろうし、それほど年月が経っていないのに資料として確認する事すら難しい。前記の林野庁資料に名前が出てくる北海三共(現ホクサン)は一時はアツモリソウ苗の海外輸出まで受注するに至ったが、その後にバイオ研究所は閉鎖され、増殖担当者は退職していて会社に当時のことを知っている人がいるか定かではない。

 そして誰も技術更新をしなくなった現在、独走状態なのがあの高山植物増殖センターである。その後に共生培養によるレブンアツモリソウ苗の生産に成功しており、遅くはあっても着実に前へと進んでいる。(なお、独走状態というのはぶっちぎりの一位という事ではなく、ぼっちで走っているという意味である)ちなみに栽培技術的には・・まあその、ある程度の苗は育てられるようになっているので、さらなる発展に期待したい。どれほど技術が高くても業者は金にならない限り手を出さないし、一代限りで終わってしまう個人栽培に「勝ち」は無い。

(2021年訂正。現在も日本国内で無菌育苗している個人業者が、少数ながら存在しているとの事。限定生産に近く、一般市場向けの生産・宣伝をほとんどしていないので全容が把握できていない)

 現在、アツモリソウの無菌播種技術はロストテクノロジー化している。アツモリソウ用の培地はかなり特殊(だから実用化が遅れた)なのだが、その最新情報はネットで日本語検索しても出てこない。試作時代の古い記録か、あるいは意図的に要点を伏せて模倣できないようにした不完全な情報が断片的に見つかるのみである。完成段階の培地組成は各業者の秘伝であり、企業秘密なので「ネット上には」(日本人は)誰も公開していない。

 日本で増殖技術が確立されるまでにどれほど多くの人が、どれだけ労力をつぎこんだか、それをまとめた記録はどこにも存在していない。当時の人達の人生をかけた情熱、狂気にも似た研究状況が若い人にはまったく伝えられていない。洋蘭技術の応用で普通に増殖が始まった、と思われているっぽい。

 まあ「秘伝」は「奥義」と違って知ってしまえば誰でも真似できてしまうから秘密なのだが、こっそり要点を教えてくれる指導者がいなければ独学で1から再現するのは相当に難しい。専門の研究機関でも盛大に爆死する難度である。(それでもゼロから開発した先人よりはるかに楽だろう)

 栽培に関する情報もアップデートが止まっているため、伝言ゲームで変質した情報がたまってきて一次情報が埋もれてしまっている。たとえば「アツモリソウにはクリプトモスという用土が合う」という情報が検索するとゾロゾロ出てくるが、これは過去の栽培書から一部だけ抜き出されたものである。

 一次情報を読めば「ただしクリプトモスは白絹病菌の温床になる素材なので、抗生剤系抗菌剤バリダマイシンの定期潅注をしていないとアツモリが夏に溶けて枯れる」というような注釈が書かれていることに気がつくと思う。その重大なポイントが抜け落ちた状態で話を広めたら、どういう結果になるかお判りだろうか? 「アツモリソウについてまとめてみました! クリプトモスがおすすめです! 販売はこちらです!(フィリエイト広告) いかがでしたか?」 おいこらちょっと待て。

 でまあ今回は資料が多いはずのアツモリソウについて、あらためて検索してみて平成時代との情報の断絶に唖然とした。膨大な知識蓄積があるはずのアツモリソウなのに、ネットにはまともな栽培情報が全然出てこない。

 さまざまな場所に地雷が埋まっているのにそれを回避した経験談どころか、地雷があるという話自体が、専門的なキーワードを使って掘り下げなければ見つからない。簡単に見つかる情報だけ読んで踏み込んだら、確実に爆死する。

「きちんと育てるための最低限の知識」ですら一般社会ではとてつもなく特殊な情報になっていて、普通の人でも判る単語だけで検索すると「ググったらカス」になる。泥沼に五体投地でダイブしている連中の持っている知識に至っては、検索しても出てこない裏社会・闇情報の領域にある。

 アツモリに限った話ではなく「これをやったら枯れるぞ」「ここで気を抜くな」というような本気で注意喚起しているネット記事は、少なくとも地生蘭に関してはほとんど見当たらない。

 というより、そんなものは書く意味が無いバカは「事実上栽培不可能です」と書いておいても気にせず山から盗ってくるしネットで売り買いして消費栽培する。そもそも誰も維持できていないのだから、栽培者の芽は摘み取ったほうが有益である。一般人には「育てている奴を見かけたらネットリンチして潰せ」と教えておくぐらいで丁度良い。

 ネットに野生植物の画像を晒したり、名前を書き込むのは人間で言えば誰かの個人情報を勝手に公開しているようなものだ。それを大勢の人間に見せれば一定割合でバカが湧いてくる。素人の盗掘販売&初心者の衝動買いがどんどん簡単になっていく一方、正しい栽培情報を見つけるのは一年ごとに難しくなりつつある。

 存在を知ったので入手しました花だけは見ました枯らしました終わり。表社会では誰一人として「系統維持」や「バックアップ技術」を意識していない現状では、商業生産されていない希少種に関しては「育てたがる奴は犯罪者」の一言で栽培したがる人間を門前でブロックし、法律で縛り、娯楽消費させないようにネットでの監視を強めていく事が社会的に見れば最適解だと言わざるをえない。

 とにかくバカに興味を持たせると想定外の行動に走るので、知識が豊富な人ほど野生植物の情報をネットに流さなくなっている。話題にする場合でも検索に引っかからないよう意図的に植物名を伏せたり鍵アカウントでのみ話題にしたり、いろいろな意味で不特定多数の目に触れさせる事を避けるのが常識になりつつある。その結果、普通に探して出てくる記事のレベルは・・ああ巨大なブーメランがっ!

 なので基礎を学ぶには過去の書籍が必要になるが、現在の知見から見ると明らかに間違っている栽培解説、時代遅れになってしまった資材・技法も大量に載っている。しかし未経験者にはどの情報がガセor時代遅れで、どの情報が現在でも通用する知識なのか判別できない。

 というか、5年前の雑誌記事が資材の変化や気候変動、社会変化などによってすでに通用しなくなっている事すら珍しくない。植物栽培用LEDなどは毎年のように新機種が出てくるので、栽培成績のデータが出てくる前に機材のほうが時代遅れになっている。

 本気で育てたいと思っているならば、最新の育て方を学ぶため闇業界の怪しい導師を探し出して直接教えを請うしかない。それを怠って机上の学習だけで手を出した者は、どこかの学者先生の後追いをする事になる。

 いずれにしても、野生由来個体を枯らしながら栽培技術を覚えていくことが許される時代ではない。そして商業生産個体があっても難度の高い植物にじっくり向き合う時間的余裕、栽培環境を整える金銭的余裕が一般人にはもう無くなってしまっている。

 今後、日本産の野生ランの栽培情報を実用レベルでまとめたアップデート版書籍が出版される可能性はほぼゼロ。世代間の技術継承も途絶えつつあるので、平均的な栽培技術は下がっていく事はあっても上がる事は無いだろう。

 植物園の栽培技術? ・・普通のところはどこも運営予算が削られ、常勤職員が解雇されて管理は外部委託になっている。学者どころか造園業者のおっさんが単なる緑地公園として手入れしており、バイトが適当に水をかけておけば育つ植物しか残っていない。さらにコロナが赤字の追い打ちをかけていて技術研修どころか、もはや施設自体の存続が(遠い目)

 マイナーなランでも腐生ランでも、膨大な栽培コストを許容するならば育てられる方法はすでに見つかっている。しかしその知識は見える場所には無く、見つけ出すためには堆積した膨大な土砂をかきわけて埋もれている砂金を探し求めるような世界に入り込まねばならない。

 ガセ情報の中から「正しい情報」を選び出して「案内人」のところまでたどりつけるかどうか、その段階がすでに第一関門。その先に進めたとしても、過酷な実践課題が待ちかまえている。その合格難度は某漫画に出てくるハンター試験のレベルである。

 結論として「普通の人」は野生ランに近づいてはいけない。持続的栽培技術を習得する気も無いのに育てたがるなら状況認知が歪んだ人格破綻者だし、知識を探し求めてでも育てようという決意を持つなら、それはもう趣味ではなく異常性癖なのである。

「あんたヒヨッコ以前なんだよねー あたしの横にさ 何も見えないでしょ? 見えるようになったらもっぺんおいでよ それがココの最低条件」 (by HUNTER X HUNTER) 

Calanthe X dominyi ?

 in Orchid show

f:id:amitostigma:20200902093045j:plain

 夏咲きエビネ系の何か。某所の蘭展示会にて。コロナウイルスの影響で、展示会というものが存続できるかどうか怪しい。

 画像は俗に「琉球エビネ」という流通名で呼ばれている植物。花色が良いが耐暑性に乏しいオナガエビネと、耐暑性のあるツルラン、その他の近縁種群との交雑種群。本土の春咲きエビネと同様、外見から正確な血統を識別することは不可能。詳細についてはよそのサイトに丸投げしておく。

 エビネ(夏咲き)の特徴と種類 - 玲儿 - Garden Manage

 画像個体は、外見的には原種リュウキュウエビネCalanthe okinawensis(現在はオナガエビネ=Cal.sylvaticaと統合されている模様)と呼ばれている系統に近い。こういう深い紫色のものは希少で、個体名をつけても良いハイレベルな花である。

 原種(異論もある)のリュウキュウエビネはシマイワウチワなどと同様、はるか昔に沖縄が陸塊の山頂部分だった時代の遺存植物であるらしい。つまり沖縄産と言っても、高地性植物が涼しい森の奥でかろうじて生きのびてきたものなので耐暑性が無い。性質も虚弱で常人には栽培不可能なのだが、山盗りされまくって野生ではほぼ絶滅状態である。人手に渡ったものはすべて消費され、現在では実物を見る機会は皆無に近い。

 低地性のツルランの血が混じっている「琉球エビネ」(商業流通名であれば比較的丈夫なので、栽培品として残っているものもある。が、ウイルス耐性に乏しいため長期栽培個体は何らかのウイルスに感染しているのが普通である。元気に育っている状態だと外見的にわからなかったりするが、株分けして体力を消耗させたり、高温や乾燥にさらしたり、所有者が変わって何らかのストレスが加わった時にはウイルス量が急増して発病し感染源となる。そのため古い個体はうかつに入手できない。隔離栽培して異系統と交配し次世代を育成しなおす技術があるなら話は別だが、種子から育成できるレベルまで達していない初級者には入手も栽培も推奨しかねる。

 過去には銘品を交配親にして実生増殖した健全な苗を供給していた業者があったが、現在は撤退してしまったようだ。そのため最近は「琉球エビネ」のまともな苗がほとんど流通していない。

 現在もホームセンターに苗は並んでいるが、安かろう悪かろう的な鑑賞的に微妙な個体が多い。それに加えて露骨なウイルス病徴が出ている売品も珍しくない。たとえるならばペットショップにネコエイズ感染して鼻水をたらしている雑種猫しか置いていない、というような状況になってしまっている。しかし売るほうも買うほうも知識が無いので、それを気にしている様子はない。もはや銘品級で健全な苗は幻の存在となり、「栽培におすすめ」だった時代は遠くに去ってしまった

 一方、台湾では「琉球エビネ」やツルランの各種変異個体を園芸資源&観光資源として真面目に研究している施設もあるようだ。

台灣原生根節蘭北橫沿線綻放 避暑好去處-根節蘭-農業知識入口網

 日本では研究も生産も途絶して貴重な銘品はウイルスまみれだが、それが問題視されている様子はない。まあ今の日本はランに限らず即金にならない事は何も研究しない、教育しない、伝承しない(というか、している余裕が無いほど何もかもが削られている)ので、今後も再興は期待できそうもない。

2021年追記:Calanthe X dominyi はCal.sylvaticaとツルランの交雑種のことなので、オナガエビネの交雑個体にはこの学名表記は使うべきではないという記事があった。

参考↓

・・が、けんたき氏から「オナガエビネキューガーデンの見解でも現時点では)Cal.sylvaticaの同種異名扱いなので、ユウヅルもsylvatica交雑種Cal.X dominyiと書いて良いのでは」というようなご指摘をいただいた。(コメント欄参照)

 サンダーズリストは園芸表記の基準となってはいるが、確かに学名などが変更になっていたりして現時点の学術記載と合わなくなっている部分も認められる。分類学は毎年のように見直しがあるので混沌を極め、素人にはついていけない世界である。(汗)

・・というか、天然状態で浸透交雑が認められるエビネ類の場合、交配記録がある人工交配個体でも使用された親個体が純血かどうか実際にはよく判っていない場合も多い。それゆえ交配名表記があっても、それが厳密な意味で正しいかどうかは疑問である。

 というわけで記事タイトルは素直にunknown Calantheにしろという話であった。今後はそうします。(反省)