Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

ダイサギソウは栽培不可能(異論は認めない)

Habenaria dentata ’Hakuho-zhishi'(White Phoenix)

from Okinawa island, Japan.

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 ダイサギソウ「白鳳獅子」系。沖縄本島で見つかった変異系統。亡き師匠が発見者から譲り受けた個体がオリジンだそうで、管理人は師匠から種子を分けてもらって無菌培養で育成、その後も実生で定期的に継代しながら30年ほど育て続けている。

 サギソウの変異品種「飛翔」と同様、側愕片の下半分が唇弁化した系統で山野草用語では「獅子咲き」と呼ばれている。系統名は管理人の師匠が命名したもので、ダイサギソウの台湾名「白鳳蘭」の獅子咲き系統という意味だと聞いた記憶がある。

 変異の遺伝様式も「飛翔」と同じく優性遺伝で、他種のハベナリアと交雑した場合でも実生に獅子咲きが出現するので交配親としても興味深い。(なお、後述するがダイサギソウは無交配結実種なので交雑母体にできず、花粉親にのみ使える)

 

left:'Hakuho-zhishi'

right:Normal frower from Kyusyu island, Japan.

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 左が「白鳳獅子」タイプ、右が鹿児島産の日本型標準花。こうやって並べれば違いが判ると思う。

 しかし普通の方はダイサギソウの標準的な花がどういうものなのかよく判っていないので、たまたま「白鳳獅子」タイプを入手しても、唯一無二の系統だという事にまったく気付かない。時には植物関係のプロが書いたネット記事で、普通のダイサギソウの見本写真として使用されていたりする

 ちなみにダイサギソウの花型は産出国によってかなり違いがある。日本本土から四国・九州までのダイサギソウはほぼ同一で混ぜてしまったら識別できないが、台湾以南の海外産ダイサギソウは花型だけで国産と見分けがつく。

 参考リンク、タイ産ダイサギソウ。産出国ごとに花型が異なる。

 奄美以南の系統は外見的には本土産と同じだが生育期間が2ヶ月ほど長く、本土ではきちんと温室栽培しないと生育サイクル完了前(果実が熟す前)に枯れてしまって、株が大きくならないし種子も得られない。(後述するが、個体寿命が短いので種子更新しないとほぼ確実に消費栽培になる)

 さらに熱帯アジア産ともなれば本土産とはまったくの別種だと考えたほうが良いくらい性質が異なっている。早春から加温して促成栽培しても、蕾が出てくるのは晩秋になる。そのあと開花して休眠するまで、ずっと生育適温(25℃以上)を保ち続けなければ生育サイクルが完結しない。本土の家庭用温室だと採種どころか花を見る事すら難しい。

 バンダのような周年生育種であれば、温度不足=2年で1サイクル分の生長でも隔年開花になるだけで済む場合「も」ある。しかし落葉休眠期のある熱帯植物は、真夏が生育最盛期になるよう温度調整してサイクルを合わせてやらないと生育がおかしくなる=そのうち枯れる。

 そういうわけで南方地域産ダイサギソウは栽培上は国産種と似て否なるものであり、はっきり言って「初見殺し」である。産地不明の苗は、どれほど安くても初心者は入手しないほうが良い。

 

seedling

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「白鳳獅子」系実生、2018年フラスコ出し初花。大部分はまだ未開花。

 ダイサギソウは株が老化してくると分球しなくなり、ウイルス耐性も低いので同一個体の長期維持は難しい。本土産個体を20年以上育てているという方もおられるようなので育て方によってはそれなりに長生きすることもあるようだが、管理人の栽培だと頑張っても同一個体は10年持たない。安全率を考えて最低でも5年に一度くらいは実生し、常に3世代くらい同時に育て、古くなってウイルスに感染した個体を若い個体と入れ替えながら系統維持している。

 ダイサギソウは近交弱勢の激しいハベナリア属としては例外的に、一株だけで自動結実して無交配で勝手に種子ができてしまう性質をもつ。そのため系統維持する場合に交配親として多数の個体を維持しつづける必要が無い。

 無菌培養が容易だが(きちんと完熟種子が得られるように管理していれば)何もしなくてもこぼれた種が飛んであちこちの鉢に自然実生が出てくる。栽培場での自然実生発生率はネジバナの次くらいに高い。(ただし「段ボール蒔き」は湧いてくる菌が合わないようで、ほとんど発芽しない)それゆえ日本で入手可能なハベナリアの中では最も系統維持しやすい種類の一つである。

(注:「長期維持がクソ面倒臭いハベナリア類の中では」の話である。本土産であっても花壇に植えたり他種との寄せ植え管理で適当に育てて長生きするような植物ではない。一般論としては「カタギの人間が手ェ出して良いもんじゃねぇんだよ、痛い目に遭わないうちにとっとと帰れ」と冷たい態度で追い返すぐらいの栽培難度である)

 

seedling

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 実生初花。

 希少な系統なので自分一人で育てていて絶種させてはいけないと思い、殖やした苗は積極的に草友に譲ることにした。とはいっても栽培が易しいとは言い難い草なので渡す相手はそれなりに選ばせてもらうことにし、植物園などにも渡しておいた。入手してからの20年で、のべ100人ほどに配っただろうか。まあ全員が栽培に成功することは期待していなかったが、3人ぐらい真面目に維持してくれる人がいれば絶種の危険は大幅に減るだろうという目論見である。「この草は実生更新が必須ですから、必ず実生を試みてください」と全員に言い添えるのも忘れなかった。

 結果から言うと維持してくれた方は一人もいなかった。植物園は初年度に栽培を失敗した。ある程度の年月、栽培できていた方は少なからずいたのだが真面目に殖やそうとした方は一人もいなかった。無菌培養技術のある方も、漫然と育てるだけで播種しようとしなかった。追加配布を中止して10年。現在では管理人が配布した個体はすべて消滅してしまったようだ。

 まあ、思うところは色々あるが語るのはやめておく。判ったことは自分がいくら一所懸命に殖やしても、維持する事に興味のない趣味家が増殖分を全部食いつぶしてしまうので最後には何も残らないという冷徹な現実だった。

 結論としてはダイサギソウは個人がある程度の年月、保持していくことは不可能ではないが、世代を超えて栽培下で残していくことはできない。そういうものは管理人の基準では栽培不可能種である。この結論に対して異論を認めるつもりはない。

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ダイサギソウ相次ぎ盗掘か – 奄美新聞