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Old postcard by Imperial Japan Orchid Club, before WW2.

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蘭花絵葉書、某蘭展にて。1917年(大正6年)に発足した帝国愛蘭会が発行したもの。当時は温室を作ってランを栽培できるのは皇族か貴族、大富豪ぐらいだった。10代の学生さんが珍種の蘭を地球の裏側から通信販売で買える昨今から見れば、華族様の栽培品といえど驚くような部分はどこにも無い。もしかしたら、そこらへんの花屋で売っている鉢植えの洋蘭のほうが上等かもしれない。

が、栽培面積に関しては、さすがに今の庶民とは比較にならないようだ。帝国愛蘭会の初代会長、大隈重信の自宅の温室が記録写真として残っているが、自宅の温室内で晩餐会が開ける人が今の日本に何人いるだろうか?(ちなみに大温室は庭園の一角にすぎず、これ以外に広大な盆栽栽培場や花壇がある。言うまでもなくメインの邸宅も敷地内にドーンと建っている)

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むろん、こんな規模を自分一人で管理できるはずもない。栽培品は庭師や下男に世話させて、花が咲いたら報告させ貴婦人を招いてお茶会である。ラン栽培というのは、本来はこういうふうに管理を外部発注して、自分の労力は最小限に留めるようにするのが理想ではある。

仕事や家庭のある普通の人が、放任栽培できないデリケートな種類(地生蘭の大部分)を自分一人で世話を続けていると、どこかで体力的に続けられなくなって心が折れてしまう。(着生蘭は吊るしておくだけで育つ場合があるので、環境によっては長期維持も可能。地生蘭の場合も、実際には栽培者の心が折れる前にランが死んで、それで終わりになっているほうが多いと思われる)

貧乏人が「管理人つき温室レンタル」や「無菌播種・種苗生産委託」を利用することなく自分だけで系統保存しようとしたら、難物のランであればバックアップ苗まで育てている余力はほとんど無いだろう。その結果として高率で「マンパワー不足による絶種」が発生してくる。根本的な解決策の無い状況のまま、枯らしたら業者から再購入して命の消費を続けていくか。あるいは二度と絶種させぬよう尋常でない労力を注入することにして、蘭の奴隷になりさがって一生を終えるか。

一般的な園芸であればそこまで深く考える必要はない。業者に増殖生産を丸投げし、自分は花だけ楽しんで、気が済んだら枯らしてしまえば良い。「育てる苦痛」を楽しめる変人 選ばれた趣味人でなければ、ランのような面倒な植物の長期栽培など、最初から考えないほうが良い。だが、その植物が生産品ではなく野生採取の場合、生産品と同様に消費栽培してしまうのはいかがなものか。

そう考えると、育てるのに苦労する野生植物は、維持する労力を金の力で解決できる貴族様だけが手を出してよい園芸趣味なのかもしれない。まあ独身貴族が趣味にすべてをつっこんで一生を終える・・そういうのもまた人生なのかもしれないが。