Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

ムカゴサイシンの種を播いてみた

Nervilia nipponica

from Okinawa island, Japan. in flask propagation.

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沖縄本島産ムカゴサイシン、フラスコ実生。某研究者が研究材料として採集してきた果実を強奪し、サヤの中に入っていた種子を培養したもの。

 

bloom in flask.

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フラスコ内での開花。沖縄本島には「ムカゴサイシン」と「ムカゴサイシンモドキ」が分布していて、葉だけでは識別不可能。花の特徴からムカゴサイシンと判断したが、確信は無い。

花と葉の出る時期がズレていて、基本的には葉と花を同時には見られない。野生個体の生活史についてはこちらのサイトが秀逸。

ムカゴサイシン -1- ラン科 Nervilia nipponica

 

new tuber in flask.

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フラスコ内でできた新球茎。通常は培地深くまでストロンを伸ばし、フラスコの底で新球茎が形成されるが、この個体ではたまたま空気中に球茎が形成されたので撮影してみた。今の時期は花も葉も枯れ、新球茎のみが生き残って越冬する。生育が良好だと2個以上の新球茎ができることもあるが、小さい苗だと画像のように2個目の新球茎は大きくならず、翌春に芽を出す力がなかったりすることもある。

本種は菌依存性が高いようで、長期間の鉢栽培はほぼ不可能のようだ。実質的には、いわゆる「腐生蘭」として扱うのが妥当だろう。ちなみに報文によると共生菌はきわめてレアな菌のみが特異的に検出されており、その菌が鉢内で自然増殖してくれる可能性はゼロに近いと思われる。

共生菌相の特異性がもたらしたムカゴサイシン(ラン科)の希少性 | 文献情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター

余談ながら平成時代に「ランは用土に段ボールの破片を入れるとラン菌が湧いてよく育つ」という俗説があったが、そういう粗雑な環境で優先的に湧いてくる強健な野良リゾクトニアを共生菌にできるようなランは(皆無ではないが)ほとんど無い。

純培養の種菌を混ぜてもいないのに、いつでも有用菌が優先状態になってくれるなら誰も苦労しない。「赤子ヨーグルト」という話をご存知だろうか?「豆乳に赤子の手をつっこんでかき混ぜると手についている赤ちゃん乳酸菌が増えて健康ヨーグルトになります」というネット記事が純真な方々によって拡散され「ちょっとまって、その方法だと黄色ブドウ球菌(表皮に常在している食中毒菌)のほうが先に増えるよね?」と食品関係者から総ツッコミが入った案件である。「こうするとラン菌が増える」とかいう話のほとんどはそれと同レベルの純真さんトラップである。(なお、ガチで菌の分離培養までできる方ならビフィズス菌ヨーグルトのような実践応用につなげられる可能性も無いではない)

菌共生させていない個体でも短期間なら生きている「こともある」らしいが、開花させると体力を使い果たして枯れてしまうそうだ。自生地でも結実した場合にはほぼ枯れてしまうようで、環境省の資料には成熟個体になってからの平均寿命は2年に満たない、とある。

絶滅のおそれのある野生動植物種の生息域外保全|取り組み事例

フラスコ内では交配が成立しないので結実はせず、開花後に小さな葉を出して数年かけてまた開花株まで生長していく場合が多い。が、もし種子を作らせればおそらく衰弱消滅してしまうのだろう。

球茎を培地にもぐりこんだまま放置しておくと窒息して腐ってしまうので、冬のうちに無菌操作で掘り出して新しい培地に移植する。このまま年1回の継代を継続すれば、ある程度の年月は維持できるかもしれない。しかし、鉢内で共生菌を培養する技術の無い管理人には「栽培」に移行することはできそうもない。

 

Nervilia taiwaniana, from Taiwan, in flask.

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参考までに台湾ムカゴサイシン(單花脈葉蘭)の無菌培養。小苗では明瞭でないが、葉にチェッカーボードのような地模様が入るのが特徴。

こちらは鉢栽培が一応可能で、国内で個人栽培家が分球増殖させた苗が稀に流通することがある。とはいえ栽培好適条件が非常に狭く、普通のレベルの栽培者だとほぼ100%枯らすので増殖普及する見込みは無い。

画像の苗は国内栽培品のセルフ交配種子から培養したものだが、自家受粉苗だと親株よりも性質が弱くなっていることが予想され、フラスコから出して育てる自信は無い。培養条件の研究には使えるが、複数系統の個体を輸入して交配育種するのでなければ園芸的には苗を作っても無意味である。

じゃあ何でそんなものを無菌培養しているかって?

こういう普通の培養法では育てられない植物の培養技術の確立は、ほとんどの場合数年がかり、あるいはそれ以上の年月を要する仕事になる。

ある時に突然に入荷があって、「これは2度と無いチャンス! これでこの植物を交配して殖やせるぞ!」と思っても、その時すぐに増殖できる技術が無ければそのまま親株が枯れて二度と再入荷せず、永久に交配する機会が失われてしまったりする。希少植物にはそれほど珍しくない話だ。

育種屋は、いざという時にただちに実用に供せるよう常にさまざまな培養データを集めておく必要がある。自分の引き出しに増殖技術をコレクションしておくのは常識なのである。