Lilium callosum var. flaviflorum

from Okinawa island, Japan.

f:id:amitostigma:20160915095110j:plain

f:id:amitostigma:20160915095124j:plain

キバナノヒメユリ。ヒメユリの黄花ではなくノヒメユリ(スゲユリ)の黄花変種。漢字で書くと「黄花の姫百合」ではなく「黄花・野姫百合」。まぎらわしいのでキバナスゲユリと呼ぶ人もいる。

背が高くて倒伏しやすく、ススキ草原のように草丈のある植物が茂っている場所でないと生育できない。かといって植生遷移で樹木が茂ってしまうようでも生育できない。分布の中心は中国や朝鮮半島の大草原で、日本では九州と沖縄の風衝草原など、非常に限られた場所に細々と隔離分布している。母種のノヒメユリ(オレンジ色)は四国などにも見られるようだが、沖縄には黄花変種しか無い。

自生環境が特殊なので野生では絶滅寸前で、離島などに行かなければ見ることは難しい・・と思われていたのだが、2008年に那覇市内の市街地で自生しているのが見つかって大騒ぎになった。

その後、地元の公民館で人工増殖苗を配布して地域の人達に育ててもらう活動も始まり、地域ぐるみで保護活動がされているようだ。

苗を配ることで野生個体の盗掘が防がれ、啓蒙活動にもなり、地域サービスとしても賞賛すべきもので、現実的に望める保護活動としてはほぼベストと言っても良い。

が、キバナノヒメユリは個体寿命が比較的短く、ウイルス耐性も強くないので同一個体を何十年も育て続けるのは難しい。実生が容易なので交配して種子から育てれば簡単に殖やせるが、自家不和合、つまり自家受粉だと結実しない。実生更新には別系統の交配親が必要になる。ところが1株あればいいや、殖やしたければ株分けすればいい、と思っている栽培者がほとんどのようで、実生しようとせず枯れるまで漫然と育てている場合が多いように思う。偏見かもしれないが、ほとんどの方々は珍しいから栽培体験してみたい、という程度の軽い気持ちで手に入れているだけで、生育域外保全のため責任持って増殖を!などと本気で考えてはいないだろう。

仮に複数株があっても、兄弟姉妹間で交配を続けていると近交弱勢で育ちにくくなり、稔性がどんどん下がってくる。もし本気でやろうと思うなら、DNA解析で個体間の血縁を調べ、近親交配にならないよう血統書を作りながら増殖を進めるのが望ましい。

全個体ジェノタイピング基づく生物多様性に関する研究

10年前にはDNA解析にものすごい金額が必要で、国から予算をもらった研究者でなければ手が出せる分野ではなかった。しかし解析技術が怒涛のごとき勢いで進歩改良され、解析コストがすさまじい勢いで安くなりつつある。現在では犬や猫のブリーダーが種親の遺伝子検査をするのも常識になってきているし、潜在需要がきわめて多い分野なので企業の技術開発への力の入れっぷりもハンパない。10年後には生物全般のDNA解析が個人趣味家でも利用できる値段になっているかと思う。

しかし仮に遺伝子解析が1000円でできるようになったとして、栽培者は自分の栽培している植物のDNA解析をするだろうか? 

管理人は、大多数の趣味家は興味をもたないと予想している。遺伝子管理を必要としているのはブリーダーだけで、消費娯楽栽培にそんなものは必要ないからだ。野良猫の餌やりおばちゃんに猫の遺伝子解析をする理由はない。

一般的な園芸趣味とは消費するだけの食い潰し型娯楽で、生産者からの供給があって初めて成立する。花が咲いている時だけ見て楽しみ、枯れたら捨てて新しい花を買ってくればよい。いくら枯らしても生産者が毎年新しく供給してくれるので、自分で殖やす必要がない。育てているものがどういうものなのか、という細かい知識も必須ではない。小難しいことを考える義務はないし、考えなくても楽しむことに支障はない。栽培技術が皆無の方が、切り花感覚で楽しんでいる場合も珍しくはない。

が、キバナノヒメユリは絶滅危惧種である。イリオモテヤマネコを人工保育して猫好きおばちゃんに里子に出したが、子孫を残さずに全滅・・という状況を想像していただきたい。草と中型哺乳類では増殖難易度が異なるので同列には語れないが、イメージ的にはそういう感じではないか。

まあ、本種のように生息域が保全されていて、人工増殖施設も存在している場合には、増殖して外部に配られた個体が死のうが生きようが種の存続にとっては無関係だ。皆が楽しんで、不快に思う人もいないのなら消費娯楽栽培でも文句を言う要素は何一つ無い。誰にも興味を持たれず、存在すら知られずに絶滅していくよりも、人間の遊び道具として利用価値を認められ種族が存続していくほうが良い、と管理人は思っている。(異論は認める)

それでも、ふと考えてしまう。

管理人を含めて、愛好家の「育てている」と称する行為には、「育てている」と胸をはって言えるほどの内容が伴っているのだろうか、と。