Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

オオスズキサギソウ(仮称)

 Pecteilis radiata X Habenaria linearifolia

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 サギソウ X  オオミズトンボ(別名サワトンボ)某植物園のバックヤードで撮影。沖縄では自然気候下で栽培できない植物の一つ。

 サギソウとミズトンボの交配種であるスズキサギソウ(Pectabenaria Yokohama: Pecteilis radiata X Habenaria sagittifera)に似ているが、花粉親が異なる。和名が無いようなので、オオスズキサギソウ、略してオオスズキと仮称している。

 other plant.

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 上記と同一果実からの姉妹株。個体によって唇弁の広がり方や曲り方に若干の個体差がある。

 サギソウ X ミズトンボは、 昭和時代に有名だった園芸店、横浜・富岡「春及園」(平成11年閉園)の園主だった、故・鈴木吉五郎翁が大正時代末に人工交配で初作出し、前川文夫博士の著書「原色日本のラン」(昭和46年初版)において「スズキサギソウ(Habenaria Yokohama)」という名前で紹介されたもの。その後秋田県などで自然交雑個体が発見され、その個体の増殖品&最近になって再交配された人工個体が、きわめて少数ではあるが現在も流通することがある。

サギソウ X オオミズトンボ(別名サワトンボ)も同様に、大正時代末に鈴木氏が作出している。

 

from 'Egret Orchid Growers Society Proceedings Vol.2 : 1/3/1965

crossbreed by Kichigoro Suzuki.

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 こちらの白黒写真は鷺草保育会・年会報「鷺草」第二号(昭和40年3月1日発行)収載「サギソウ交配」鈴木吉五郎氏の記事からの引用。本文も一部転載。

「あの完成された姿からはより以上のものは簡単には出まい悪口を云えば出来すぎた姿態だから、むしろくずして変化を求めたらどんなものかと(中略)はや四十余年前ともなろう、サワトンボとミヅトンボを幸い常時手持ちして居るから利用した、これが両者より何か変なものが作出されたが、(中略)不稔と見え孫を求めることは出来ずに居る。」

 今の若い方だと鈴木吉五郎という名前を聞いたことの無い方のほうが多いだろうが、ハエトリソウの「鈴木系」とかスズチドリ、スズキスミレ、トミオカスミレ、アマナシラン(Bletilla Yokohama)、アワチドリ(Ponerorchis graminiforia var. suzukiana)、富貴蘭の「春及殿」などなど、いろいろな植物の作出・発見・選別に関わっている方である。というか山盗り消費園芸が当たり前、ウチョウランの栽培法すら確立されていなかった時代に野生ランの人工増殖&園芸化を提唱し、しかも実際に鉢播きで難物のランの実生を次々と成功させ、今なお商品として通用する「山草としての美意識」を追求した品種を残している先駆性と栽培センスは尋常ではない。

 が、鈴木氏のオオスズキは鈴木氏が亡くなると絶えてしまったようだ。

 その後、昭和の一時期に、再交配されたオオスズキを長野のマッド 非凡な育種業者、O川氏が培養増殖して販売していたことがある。

from 'The Wild Orchid Journal 03/1993'

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 こちらの画像は月刊誌「自然と野生ラン」1993年(平成5年)3月号、O川氏の記事からの引用。それなりの個体数が販売されたようだが、これらも現在生き残っているという話は聞いたことがない。これ以降にオオスズキサギソウ(仮称)が流通した事例はネットオークションなども含め、2016年現在まで一度も見たことが無い。

 今回の画像個体は最近出回っている実生生産オオミズトンボ(別記事)を親に使い、再々交配されたものだそうだが、現在のところ一般流通はしていない。

(追記:2017年以降に少数ながら販売されたようで、ネットでも栽培記事が散見される。発売元の業者さんはオオミズトンボ X サギソウ獅子咲き「飛翔」= 獅子咲きオオスズキも交配作出・販売しておられるが、そちらは一般ネット情報や雑誌には未発表のようだ。管理人も実物は見ていない

 いずれにしても栽培品としてはそう長くは残らないと予想する。ハベナリア類はウイルス耐性が乏しいので(一般論としては)実生更新できないと系統維持が難しいからだ。

O川氏の交配試験でもオオスズキはほぼ不稔という結果になっており

「稔性はほとんど無く、交配させたものの内の100莢近くの中から、1粒の種子のみ発芽しました」

 と記述されている。

 こちらは「自然と野生ラン」1994年(平成6年)1月号に掲載された、O川氏がオオスズキにサギソウの花粉を戻し交配して育成した後代の画像。

 このF2個体は分球増殖されたようで、O川氏の2005年販売カタログには載っている事を確認できた。しかしその後の消息は絶えて久しい。おそらく現存はしていないと思われる。

 ちなみに上記資料にサンプル掲載されているオオミズトンボも、一時期は分球させて数人の栽培家が維持に挑戦していたようだが、結局のところ実生更新なしで同一個体を長期維持できる植物ではなかったようだ。しだいに弱体化してどの栽培者の分け株個体も絶えてしまったと聞いている。

最後に参考画像。こちらはサギソウ「玉竜花」(4倍体) X オオミズトンボ。

 つまり異質3倍体(サギソウ×2 + オオミズトンボ)。わざわざ作出する意味があるかどうかは別として、こういう感じになるという資料として載せておく

↓ 2018年追記