Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

Lygodium japonicum var. microstachyum

in habitat. Okinawa island, Japan.

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ナガバカニクサ。沖縄本島にて。

本土に分布するカニクサの変種で、頂裂片がカニクサに比べてやや長い。葉の光沢が若干強いのでテリバカニクサの別名があるという。ツル性で他の植物にからみつきながら伸び、よく育つと2m以上になることもある。

 

Sporophyll

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こちらは胞子葉。形状がかなり異なり、知らないと別種のシダに見える。

沖縄本島ではほとんど注目されていない植物だが、八重山諸島だとカニクサ類は祭礼の魔除けとして使われる。有名なところでは西表島の節祭(シチ:本土の節分に相当する年改めの日に行われる大祭。旧暦10月前後の己亥(つちのとい)の日からの3日間、2017年は11月8~10日)に必須とされ、いわば本土の節分におけるヒイラギのような存在。方言名もシチ・カッツァ(節祭蔓)である。具体的にはリンク先ページ中段を参照。

www.chie-project.jp

奄美諸島でも神女が身を飾る霊草として使用している例がある(盛口満「シダの扉」)そうで、理由はよく判らないが琉球文化圏では特別視されているように思われる。

1476夜『シダの扉』盛口満|松岡正剛の千夜千冊

 

Ligodium microphyllum.

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こちらは同属のイリオモテシャミセンヅル。西表島産の個体の胞子をもらってきて蒔いたもので、管理人宅で植栽している。こちらもナガバカニクサと区別することなく「シチ・カッツァ」と呼び、同様に魔除けとして利用する。

Sporophyll

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イリオモテシャミセンヅルの胞子嚢(葉の裏側)。温度さえ保てれば胞子からの育成も(シダとしては)難しくはない。観葉植物として面白さはあるが、大株になるとツルがやたらと伸びて周囲にからまるので少々扱いづらい。鑑賞的に仕立てるのが難しく、持っていて自慢できる珍種というわけでもないので栽培している人をあまり見かけない。管理人が育てているのも園芸というよりは文化史的サンプルという感じ。

Stenoglottis hybrid.

Stenoglottis (longifolia X fimbriata)X self.

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 通称ムレチドリ。もともと「ムレチドリ」は南アフリカ固有種Stenoglottis longifoliaの和名だったようだが、最近では同属のSt.fimbriata(ウズラバムレチドリ)との交配種、およびその後代がムレチドリの商品名で大量に流通するようになっている。ガーデンセンターなどで山野草として普通に売っているので、どこかの業者が量産していると思われるが詳細は把握していない。(情報をご存じの方はご教授いただけると嬉しいです)

 画像個体は管理人が試験的に「ムレチドリ」を自家受粉で交配し播種育苗したもの。稔性は低かったが、地生蘭の種間交配種は不稔になる場合のほうが多く、自家交配で苗を得られるケースはどちらかと言えば珍しい。(注:春咲きエビネは例外中の例外。また交配ウチョウランは亜種間交配であって、別種との交配ではない)

 原種のロンギフォリア種は美麗かつ強健で育て易いが、エビネ並みの大型種で栽培に場所をとる。一方でフィンブリアタ種は小型で山野草的だが暑さにはそれほど強くなく、沖縄などでは栽培が難しい。両者の交配種はそこそこ小型で強健、良いとこ取りの良交配で入門者におすすめできるランの一つ。

 沖縄だとほぼ常緑だが、本土の場合10℃以下になると落葉休眠するようだ。ただし耐寒性はそれほど高くはなく、落葉するような環境では枯らしやすい。

 本土でも太平洋側の温暖な地域だと無加温で野外栽培しているという報告を散見するが、低温になるほど水分管理の失敗でまるごと腐る確率が高くなる。スパルタ栽培だと、あまり長生きはしないと思う。

 本属は地下にネジバナのような多肉で水分の多い紡錘根がある。この根を、茎をごく一部つけて本体からはずし、植えつけておくと新芽を出してくる。キク科の園芸植物ダリアを塊根分割で殖やすような感じである。通常の分株に加えて、この「根伏せ」でも繁殖できるので増殖は容易。

 しかし一方で多肉根は古くなると非常に腐りやすくなる。大株になると中央の根塊がごっそり溶けて病原菌の温床となり、元気に育っていた株がいきなりスッポ抜けて駄目になることがしばしばある。

 市販の小苗だと古根が無いのでそれほど気にする必要はなく、放任に近い状態でもトラブルなく育ってしまう。その時点で簡単だと思って油断し、そのまま植え替えをせずに育ててしまうと突如として調子を崩す。

 症状が現れた時点では、すでに地下部が手のほどこしようが無い悲惨な状態になっている、というのがよくあるパターン。毎年きちんと植え替えて腐りかけた古根を取り除き、株分けして一株のサイズをできるだけ小さくしておくのが長期栽培のポイントになる。

 短期的には栽培容易と言えるランなのだが、愚直に世話を続けて長い年月育て続けている人を探すとほとんど見かけない。商業生産品なので消費栽培上等ではあるのだが、長生きする植物が飾り捨てにされている、そういう状況になんともいえず哀しい気持ちになるのは管理人だけだろうか?

Macodes petola

in Orchid Show.

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 マコデス・ペトラ、和名ナンバンカゴメラン。(環境省資料ではナンバンカモメラン)

某蘭展にて撮影。

  いわゆるジュエルオーキッドの一つ。画像では判りにくいが、実物は葉脈がキラキラと光を反射し金属感のあるパウダーゴールドに輝いている。おそらく観葉植物の中でも最も美麗な種の一つだろう。沖縄でも西表島に同種とされるものが分布しているが、自生地画像を見てみると色調ははるかに地味で、本当に同種なのか疑問に感じる。と言っても個体変異が著しいグループなので外見からの分類は限界があると思われ、詳しいことは学者先生のDNA解析におまかせしたい。

 この種は平成28年に「特定」国内希少動植物種に指定されたため現在では販売申請をして販売許可証を取得した登録業者しか販売・譲渡ができなくなっている。指定以前にはアクアリウム関係の採集業者が東南アジア各地で野外採集した個体を国内に持ち込んでいたことがあり、産地による形態の違いがマニアの話題になったりもした。

ebikusaariki.blog106.fc2.com

 蘭展の出品個体は東南アジアで人工増殖されて日本に輸入されている系統らしいが、一般的な個体とは比喩ではなく)輝きが違う。おそらくトップクラスの美麗個体を増殖しているのだろう。

 これと同一に思える外見の個体が、販売許可をうけているとは思えない町の花屋やホームセンターなどで売られていることがある。法的な規制があっても実態としてはザル法になっているようだ。まあ山採り個体でなければ売買しても自然保護上は特に問題無いはずなので、見かけても苦笑しつつスルーしている。

 というか、本来ならばマニア秘蔵の高級園芸植物として扱われるべき希少種のはずなのだが、飾り捨て用の特売品になっているのを見ると複雑な気分ではある。

 もともとジュエル系の植物は環境適応性が乏しい。四季の環境変化が激しい日本では夏に暑すぎたり冬に寒すぎたり、湿度が高すぎたり低すぎたり、ほとんどの地域で何かしらの環境不適合がおきるため自然気候下では栽培が非常に難しい。生まれたての赤ん坊をクーラーもストーブも無い家につれていく、という話を聞いたらあなたはどう思うだろう? レプタイル関係の方々には「ヤドクガエル飼育並みの面倒臭さ」と言ったらお判りいただけるだろうか。

 そういう中では本種は比較的丈夫のようで、一般家庭でも何年かは育って殖えることも珍しくはないらしい。しかし元気に育って開花までしてしまうと、その時には大幅に体力を消耗する。その後にたまたま生育に良くない気候が続いたりすると、きっちり回復させるのが非常に大変で栽培のハードルが一気に高くなる。

 ただ、昨今はちょっと事情が変わってきている。ワンルームマンションだと生活空間と植物置き場が同じ部屋にならざるをえなかったりする。小動物も飼っていたりする場合、24時間365日エアコンで温度調整を続けるのはもはや常識である。そういう方々にとっては温帯植物を季節変化に合わせて管理する事のほうがむしろ不可能に近く、一年を通じて25℃で育てるほうが簡単だ。植物は雨風の当たらない室内で水槽に入れ密閉状態にし、部屋に冷暖房をかけても湿度が一定に保たれるようにする。さらに容器内に送風扇を入れて空気をよどませないようにする。

 タイマー設定したLED育成灯を設置し常にベストの光量。屋外の病害虫からは完全にシャットアウト。気合を入れるなら水草育成用の二酸化炭素添加装置で空中施肥も加える。いわゆる植物工場で設定するような完全人工環境である。20年前ならジョークでしかなかった自然気候と完全に切り離した安定栽培が、急速に発展してきたアクアリウム・レプタイル関連設備を流用することによって現実化している。

 というか「飼育」ジャンルから参入してきて、植物に対しても「飼っている」と言っているような趣味家にとっての「栽培」は、年寄りの(あるいは一般家庭の)常識とはそもそも異なる。ネットで情報収集する場合、デリケートな種類を上手に育てている人達は栽培条件が根本的に異なっている可能性がある、という事を念頭に置いておかないと痛い目を見る。エアコン使用は飼育クラスタの方々にとって当たり前の事であり、やっているという意識すらない=ブログなどを見てもまったく書いていない。

 まあ、いずれにしても本来が長命な植物ではないようで「きちんと世話をしている」程度の甘ったれたヌルい扱いをしていれば5年から10年程度で枯らしてしまうのが普通ではなかろうか。

 サトイモ科などと違って、病気が出た場合は回復がほぼ不可能で完全ロストまで一気に進む。園芸家には常識となっている定期的殺菌剤散布(薬剤ローテーションによる耐性菌防止を含む)ですら、きちんとやっているテラリウム屋は意外と少ない。(というか動物が同居していたりすると薬剤が使えないので、その場合は耐病性が強くない植物はそもそも入れてはいけない)

 さらに新規導入株の隔離検疫、ウイルス対策としてバックアップ実生苗の生産、エアコンの故障にそなえたエアコン二台設置と停電時の自動復旧システム構築。そこまで本気でやっている趣味家はまずいないので、問題が生じた場合は長い間集めてきたコレクションが一気に全滅して終了する。

 まあベゴニアでもホマロメナでも収集品崩壊はよく聞く話ではあるが、ラン科はトラブった場合の再収集や立ち上げ直しの難度がより高い。ウイルス対策もバックアップ作成もせずにエロ動画をひたすら動画フォルダに収集して、それをコレクションとして永久保存できると思っている人間がいたらただのアホであろう。あらかじめクラッシュ発生を想定して「こんなこともあろうかと」の用意が無ければ遅かれ早かれ消滅は免れない。

 そこまで気をつかっても大震災クラスのイベントがあれば電気に頼った栽培システムはあっさり爆死する。東日本大震災の時におきた飼育屋達の阿鼻叫喚、年寄り世代の感覚ではまだ最近の話なのである。冬に温めるのはエアコンでなくても可能だが、真夏だったら一日で煮えて全滅である。エアコンを動かせる太陽光発電・蓄電設備もある? 予算が許す方は是非やってみていただきたいものだ。

 人工増殖株なら爆死して強制終了でも笑って終わりにすれば良い。が、山採り野生株の蒐集であったならばどうだろうか。野生個体の持続可能性など考えず自分が育てたいものを買いあさって育て、維持はできずにそのうち終了。今の時代、おそらくクールな趣味だとは言われないだろう。

 野生個体は中二病者の自己陶酔に捧げる供物としては秀逸ではあろうが、「表の世界で」承認欲求を満たすためのアイテムとして披露したら、今の時代にはむしろマイナス評価になる。

 そういうものに手を出す趣味家は、すべて理解した上であえて挑戦する腐れマニアか、あるいはニワカで何も判っていない馬鹿のどちらかである。

 この手の植物は山野草系の栽培スキルに加えてアクアテラリウム系の設営管理、洋蘭系の増殖技術などを複合的に駆使しない限り、永続的に維持していくのは現実的に無理がある。まあ不可能だとまでは言わないし、ガチで取り組むだけの価値はあるかもしれない。しかし日本でやると明らかに労力対成果が低い、というか低すぎる。

 そのため日本国内の生産系業者がこの手の植物に手を出すことは(隙間産業的にやっている業者はいるが)きわめて少ない。国内で扱っている業者の多くは輸入・転売オンリーの・・中には野生採集品も少なからず混じっているので、その点からも「常識的な」善意の一般園芸趣味者には参入をお勧めしづらい。流通品の多くが新しいミズゴケで根元をくるんだだけの一本苗で、植え付けてから一定期間きちんと育成された苗がほとんど見当たらない事に疑問を感じていただきたい。

 まあ栽培を止める権利は無いし、止めたところで熱に浮かされている人が止まらない事はよく知っている。どこまでも進んで崖から落ちるのも青春だろうか(違

 ちなみにシュスラン系のランは、バイオ増殖技術はすでに確立されている。

http://xmytl168.cn.baimao.com/newsdetail/17460.html(現在リンク切れ)

 リンク先にあった記事は中国の某農場で漢方薬素材として生産されているキバナシュスラン属Anoectochillus sp.の栽培状況。28℃以上にすると腐りやすいという説明があったので、かなり冷涼な圃場だと思われる。バイオ苗を年間300万フラスコ培養して生植物100トン(キログラムの間違いではない)を出荷していたようだ。

*リンク切れのため2022年改稿。

上記サイトから引用、漢方茶用に「茶摘み」をしている画像。中国語で検索すると、これぐらいの規模の業者が普通に見つかる。

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このように殖やしている種類なら遊びで消費しようが、煮て食おうが(マジで薬膳料理の素材にします)特に問題はないと思う。

 このグループは、個人でも増殖業者に委託すれば(技術的には)こういう感じで量産可能である。しかし日本ではそんな事をしても誰も褒めないし儲けにもならないので、業者に増殖委託する栽培者は(ゼロではないが)限りなくゼロに近い。

 多くの方は洋蘭業者が委託播種・委託育成を趣味家から受注している事自体をご存知無いだろうし、それどころかバックアップ技術を研修していない入門者が衝動的に野生種コレクションに走って、最終的に1本残らず腐らせてしまっていたりする。日本全体で見ても、フラスコを1本だけでも播種して順化に成功すれば、もう国内トップクラスのブリーダーを自称できてしまう程度の栽培レベルに留まっている。まあ日本の気候にまったく合わないのだから、育てようと思うほうが間違っていると言えなくもない。

 そういうネガティブな情報がまったくと言って良いほど知られていないので、育ててみたがる方々はそこそこ多い(育てられるとは言っていない)。そして消費需要を満たすために外国から次々に輸入され続けている。人工増殖されていない山盗り苗がレア物として人気だったりもする。

 昭和時代に海外から色々と輸入して食い散らかしたあげく、次の世代には何一つ残せなかった管理人世代と同じことを繰り返しているのだから、もう乾いた笑いしか出ない。

 近年、多種多様な熱帯雨林系植物が日本国内に輸入されているが、一部の植物では趣味家による国内増殖が軌道に乗って、正しく園芸普及されつつある。しかしラン科に関しては希少種であろうが優良個体であろうが、実生生産どころか栄養繁殖苗ですら趣味家の二次増殖個体はまったくと言って良いほど流通していない。販売された苗がどうなっているかは推して知るべしという感じである。

 

 *令和4年追記。

 傷みやすいランの多くは、コロナ騒動のため現時点では輸入量が激減している。山盗り輸入がほぼ途絶えたため、国内で人件費をかけて育成しても割が合うようになってきた模様。一般受けする美麗種に関しては国産の実生生産個体も一部で流通しはじめている。

 とは言っても全体的に見ると、海外で殖やしたフラスコ苗などを輸入して転売(無養生転売を含む)している件数のほうが多いように思われる。海外の蘭園が苗を輸出している種類だとかなりのレア種でも国内流通しているのに、それ以外の種類は「今なら国内で生産すれば売れるんじゃないの?」と思う種類でも増殖品をほとんど見かけない。(統計は無く、印象を元にした発言)

 いずれにしてもこのジャンルは生産者と消費者に二極化してしまっていて、中間に位置するキーパー層が薄い。大元の生産者が撤退すると、それ以降の流通がまるごと消滅しそうな種類ばかりである。輸出の混乱もどの程度続くか判らないし、流通量が長期的にどうなっていくかは予測が難しい。 

Phalaenopsis Anna-Larati soekardi

cultivate by A.Orchid nursery@Okinawa.

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コチョウランの小型原種交配。(Phal.pulcherrima ×parisii)

沖縄のA洋蘭園の栽培品。花型はparishiiに近い印象。

 

この交配種を親にした後代も作出されているが、山野草的でなかなか面白い。

http://farm4.staticflickr.com/3692/12415286704_87e1734d44_c.jpg

(Phal.Anna-Larati soekardi X (lobbii X thailandica))

 

日本のコチョウラン生産はご贈答用の鉢植えが主体で、単価を抑えるために播種や育苗の段階が東南アジアに丸投げされていることも多い。マニアックな交配種は生産数が少なく、一般的な花屋だとどこでも同じような交配種しか扱っていないため面白味に欠ける。耐寒性のある落葉性コチョウラン、一般的には交配に使わない小型種や、日本特産のコチョウランである(セディレア属からファレノプシス属に変更された)ナゴランなどを親に使って、シンビジウムの「和蘭シリーズ」のように従来の洋蘭とは異なる方向性の育種をしてみるのも面白いと思うのだが。

ちなみに宮崎の某業者さんは日本産のナゴランや富貴蘭セッコクなどを片親に使って、秀逸な洋蘭交配種を多数作出している。

チュウミズトンボの種子

continue from 01/08/2017

25 days after pollination

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8月1日の記事の続き。

(ミズトンボ×オオミズトンボ)×セルフ、交配後25日目

 

seed pods

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果実の拡大画像。

 

almost mature embryo of 25 days seeds

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 稔性チェックのため果実から取り出した種子、拡大画像。交配後25日で胚はほぼ成熟しており、稔性も良い。

 

・・・え?

・・・えええええええ????

稔性がある???

 

 ハベナリア類の異種間交配種は、一般的に稔性がきわめて低い。

 たとえばスズキサギソウ(ミズトンボ×サギソウ)は交配すれば果実が膨らむが、内部にできる種子はほとんど全部が無胚種子で、蒔いても発芽はしない。スズキサギソウを母体にして正常なサギソウの花粉を受粉させれば、ものすごく低い確率で発芽力のある種子ができる「こともある」ようだが、基本的にはほぼ完全不稔に近い。(スズキサギソウを花粉親にした場合は花粉の活性が低いためか、ほとんど受精しない)

 ハベナリア・ロードケイラ種群内での交配のような、ごく近縁の交雑であれば稔性が保たれる「こともある」が、それ以外のハベナリア種間交配種はことごとく不稔になる。自家受粉でも有胚種子ができるような高稔性の交雑種は管理人には心当たりが無い。

・・まあ普通の人の感覚では、種子ができたからって何が嬉しいの?と思うだろうが、この交配種の場合はちょっと背景が特殊だ。

 ハベナリアは個体寿命が短いので実生更新できないと栽培維持は困難。だが日本国内のオオミズトンボは近親交配が進んでおり、限られた種親から増やされた増殖流通個体だけでは今後の世代更新を続けるのが絶望的な状況にある。

 しかし園芸的な視点だけを考えるなら、外見上オオミズトンボに見えるランであれば、実際には雑種であっても観賞的な面では問題ないのではないか? 虚弱で殖えず実生苗もできない純血ニオイエビネより、強健で実生の容易なニオイエビネ型コオズ(ジエビネの血が混ざった交雑種)のほうが園芸的には優良ということはないか? 完全消滅する前に、雑種でも良いから遺伝子だけでも残しておいたほうが資源的には良いのではないか? ミズトンボを交配親に使えば、国内絶滅が確実視される「オオミズトンボ」を園芸植物として残せるのではないか?

 ・・と言えば「交雑は遺伝子汚染である。雑種として残すぐらいならむしろ滅びたほうが良い」という意見も出てくるだろうし、安易に雑種を作ることに問題がないとは言わない。

 というか、一目見て種間交配種と判るランを、珍しい山採り原種と偽って素人に高額で売りつけた事例が山ほどある山野草業界が、洋蘭のような交配血統の記録管理などするわけがない。市販の「ヒナチドリ」を遺伝子解析してみたら「これは遺伝子的にはウチョウランですね」という結果が出てしまった事例も論文になっている。業者も趣味家も血統管理という点では信用ゼロどころか思いっきりマイナス評価である。

 まあ、現時点では何を語っても妄想の域に留まる。とりあえずこの種子はぜひ育ててみてほしいと伝えておいた。

 

*2019年追記。

 健全な種子に見えたが培養してみると発生途中でほとんどが褐変枯死してしまい、F1交雑個体のセルフ及びシブリング実生は育成できなかったとの事。ただしオオミズトンボの花粉を戻し交配したものは苗が得られた模様。

Tylophora matsumurae

flower

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ヒメイヨカズラ。ガガイモ科の多年草

知人から実生苗を譲ってもらったもので、正確な産地は不明。野生での分布域は鹿児島県(島嶼)以南、琉球列島。伊豆諸島・九州・沖縄に分布するツルモウリンカの海岸型矮性タイプと言われているが、確定されてはいないようだ。

野生では草丈10㎝程度の場合が多く、自生地画像を見ると山草的でかわいらしい。ごく一部ではあるが興味を持つ人もいるので業者が苗を販売することがある。(栽培してみると間延びしやすく、鑑賞的に育てあげるのは意外と難しかったりするのだが、まあそれは置いておくとして)自然愛好家からは「絶滅危惧種が売り買いされているのはけしからん!」と非難されたりもする。

こういうものをブログのネタにすると、一歩間違うと炎上する原因になるため危険である。管理人は判っていてやっているので何かあっても自己責任だが、良い子は真似しないように。

ちなみに本種は海岸の石灰岩の隙間に長く根を伸ばしていることが多いため、盗掘しようと思ってもそれほど簡単ではない。園芸需要が多い植物でもないので買い取る業者も少ないだろうし、流通価格も安いので販売目的で盗掘される事はあまり多くないと思っている。まあ思っているだけで根拠は無いのだが。

 

seed pods

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こちらは果実。二個ずつの果実が角状に伸びて珍妙である。花よりも果実のほうが観賞価値があると言う人もいる。

ガガイモ科は自家不和合のものもあると聞くが、ヒメイヨカズラは例外的に自家結実、それも自動受粉で全部の花が勝手に結実する。人工交配する必要が無いうえに近交弱勢もない。種子は大きくて播きやすく、苗を育てるのも容易。

要するにこの植物の場合、岩場の野生株を苦労して掘ってきて馴化するより、種子がはじける頃に果実を1個採ってきて、圃場で蒔いて殖やしていくほうが楽である。

これが野生蘭の場合であれば、多くの種類はウイルス耐性が低くて長期栽培が難しく、実生育成するのも特殊な設備や技術が必要になる。仮に実生技術があっても近交弱勢が激しく、一系統だけ手に入れても継続した実生は不可能だったりする。平均的レベルの園芸家が育てればほぼ確実に消費的栽培になる。そして増殖コストがかさむのに高額では売れない、という植物は業者があえて殖やそうとしないため、販売流通する原種蘭は野生採取個体(の畜養品)だけになっている。

そういう植物であれば販売が非難されるのも当然だろうし、何らかの形で販売流通を規制していく必要もあるだろう。というか、あらゆる希少種に対して「種(しゅ)の保存法」のような法的規制が現実にガンガン進められつつある。

栽培も増殖も容易で採集圧も低い植物を「絶滅危惧種だから売り買いするな!栽培するな!」と抑圧してもあまり意味はないだろう。が、逆に栽培・増殖が難しくて採集圧が高い植物を深い考えもなく入手し、不特定多数の人が見られるブログに載せるのもクールな趣味家のやる事とは言い難い。

どの植物であれば栽培・紹介する対象として妥当といえるのか、線引きの判断はなかなか難しい。しかしまあ、今の時代の流れとしては、普通の趣味家は営利生産されている「園芸植物」のみを栽培対象にしておくほうが余計なトラブルを避けられるだろうとは思っている。

 

seeds

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10月2日追記。完熟裂開した果実&種子。

ガガイモ科の種子には冠毛があって風で飛ぶ。いわゆるケサランパサランの正体の一つ。モフモフしていてちょっと可愛い。

チュウミズトンボ(仮称)

Habenaria sagittifera X Hab. linearifolia

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ミズトンボ♀ X オオミズトンボ♂

人工交配個体。某植物園バックヤードにて撮影。仮称はチュウミズトンボ(笑)

萼片がミズトンボより白いが、後ろに強く反転する特徴はミズトンボに近い。距の形状は両親の中間型。唇弁はミズトンボによく似ており、中間型ではあるがどちらかと言えばミズトンボ寄りだろうか?(異論は認める)

オオミズトンボはミズトンボと混生していることがあるので、自生地でも自然交雑していておかしくないのだが、印刷物になった発見報告をまだ見たことがない。

が、aoikesi氏のブログ「蔵王のふもとから」において、オオミズトンボ自生地で撮影されたミズトンボ交雑種と思われる野生個体の画像が公開されている。

zaonofumoto.blog107.fc2.com

 

in Habitat. Fukushima pref. Japan. 08/2016

Photo by Ms.aoikesi

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上の画像はaoikesi氏のブログから引用させていただいた。おそらくこれが日本で唯一の野生交雑種の画像だろう。学会発表しても良いくらい貴重な記録であり、ハベナリア好きの管理人は参考資料として画像保存させていただくことにした。

今までも自然界で交雑個体が出現していると思うのだが、ミズトンボやオオミズトンボだと誤認され、存在を認識されていなかったのではなかろうか。(注:推論であり根拠は無い)

現在ではオオミズトンボの自生地数・自生個体数が激減しているので、このような交雑個体が新規に出現する可能性は非常に低くなっていると思う。

人工交配個体の栽培者の話では、交雑種に稔性があるかどうかは未確認とのこと。しかしミズ・オオミズ混生地で浸透性交雑による雑種個体群が生じていないことから推察して、おそらく一代かぎりの不稔雑種だろうと予想している。

(追記:下記に追加記事。2021年にこの自生地で後代と思われる個体が撮影され、野生で雑種個体群ができている可能性がある)