Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

Amitostigma lepidum in Orchid Show.

オキナワチドリ「紅蜻蛉」。某所の洋蘭展にて。f:id:amitostigma:20170313155900j:plain

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拝見させていただいて、少々驚いた。これを育てている方がいたのかと。

この「紅蜻蛉」という品種は、今は亡き師匠が20年ぐらい前(だったか、正確には記憶していない)頃に野生個体群から選別命名したもので、自生地はすでに消滅している。

師匠が増殖して本土の数名の趣味家に送ったようだが、見た目がやや地味で人気が低かったこと、性質があまり丈夫ではなく限られた人しか育てられなかったこと、などの理由からほとんど普及しなかった。発見されてから長く経っているが、栽培している方はゼロに近いと思う。

管理人も所有しておらず、もしかしたら沖縄で栽培されているのはこの一鉢だけかもしれない。しかしまあ、普通の人は説明されなければ「たいした花ではないな」と素通りするのは間違いない。

しかしながらオキナワチドリは世界中で南西諸島にしか無い固有種。しかも画像のような唇弁の斑紋がはっきり目立つ「大点系」のオキナワチドリは沖縄本島以外ではほとんど見つかっていない。共感を得られるかどうかは別として、沖縄を代表する貴重な品種だと主張しても、それほど異論はないと思う。

が、沖縄本島の自生地は近年になって急激に消失が進み、管理人が把握している限りでは大点系の自生地はどこも現存していない。いわゆる「並物」ですら10年後に確実に残っていそうな場所が見当たらない。おそらく近い将来、本島の個体群は絶滅するだろう。

現在、栽培下にある個体は沖縄個体群の貴重なサンプルとして保存していくことが望ましい。が、実情としては保存栽培に興味を持っている趣味家は皆無に近く、植物園などでも、栽培に労力を必要とする地生蘭類を保全する余力のある施設は無い。

ナゴランのように活着してしまえば放任しても生きている、というものであれば栽培個体だけでも残していくことができるのだろうが、オキナワチドリに関してはどうにもならない。消えていく最後の時を、せめて記録に残していくことしかできそうもない。

野生種と園芸種の比較

Wild form, Okinawa island, Japan.

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 オキナワチドリ沖縄本島型。研究者の方から標本用サンプルを分けてもらったもの。

 画像個体の自生地点はかなり荒廃していて、数える程度の個体数しか無いらしい。近交弱勢が進んでいるのか性質は非常に虚弱。3年間育てて肥培しまくったが、この程度までしか大きくできていない。

 「野生個体なら、大きさ的にこんなものでしょう」とおっしゃる方がおられるが、野生由来でも強健な個体であれば肥培すれば毎年どんどん大きくなる。(ただし沖縄産の場合、大きくなれない虚弱な個体も多い。慣れない人がそういう野生個体を入手した場合、育てるのはまず無理)

 

...and Horticulturized strain.

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 実生選別個体と対比してみた。同じ育て方をしているのだが、ずいぶん大きさに違いがある。パンジーの原種と、園芸種の小輪パンジービオラ)ぐらいの差だろうか。

ちなみにパンジーの原種というのは ↓ こういう感じ。

https://www.discoverlife.org/mp/20p?see=I_MWS117810&res=640

© Copyright Malcolm Storey 2011-2118

Malcom Storey/Discover Life.org

(画像は上記リンク先からの引用。リンク先に撮影地などの情報あり)

 原産地ではそのへんに生えている「雑草」であっても、きちんと育種すれば驚くような変化がある。パンジー原種からは超巨大輪パンジーが作出され、ラビット咲き・日本色ビオラなどの山野草的な魅力をもつ新品種が登場、今も新しい進化が広がりつつある。オキナワチドリも潜在的には同様の発展性があるだろうとは思う。

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 が、オキナワチドリは栽培条件が悪いと、野生型と同程度のサイズに縮んでしまうのが致命的。

 上画像の向かって左が野生個体、最右が交配選別個体。そして真ん中は右と同じ品種。生育状況が良くないと、大輪系でも野生型と同じ大きさになってしまう。状態によって花の大きさが変化するのはウチョウランやイワチドリでもまったく無くはないようだが、ここまで顕著ではない。

 ネットなどで検索してみると、オキナワチドリの栽培をしている方は少なくはないようだ。しかし「本芸」を見たことのある趣味家は稀だろう。

 大輪系統の実生は並サイズの実生と混ぜられて「実生混合」という商品名で売られている。大輪に咲かせるスキルを持つ人がいなければ、目の前にあっても判らない。最大限の実力を発揮させる栽培環境を作ってやらなければ、本当の姿を知ることはできない。

 千里の馬は常に在れども、伯楽は常には在らず。「天下に馬無し」嗚呼それ真に馬無きか。

Amitostigma lepidum 'blotch form'

seedling.

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オキナワチドリ実生。

最近は業者が販売している大点花実生の混合ポット苗の中に、この程度の個体が普通に混じっている。一昔前であれば命名品種になっていたと思うが、現在の基準では名も無い実生の一つにすぎない。

しつこく何度も書いているが、オキナワチドリは栽培環境が悪いと花のサイズが極端に小さくなる。大輪血統でも無加温・無肥料・無消毒・日照不足などの悪条件下で育ったものは標準花と区別がつかない。

Amitostigma lepidum 'Narrow lip'

seedling.

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オキナワチドリ細弁花実生。選別交配を重ねて意図的に唇弁を細くした系統。前回(1月24日)の個体と出発点は同じだが、あちらは唇弁を豊かにする方向で選別を重ね、上画像の個体は反対方向に選別を進めてみた両極端の形質に二極化させていくのは育種の基本。

イワチドリでは細弁で純白・無点・紅一点、さらにそれらの獅子咲きも作出されているが、管理人が生きているうちにオキナワチドリをそのレベルまで育種するのは無理だろう。 

Amitostigma lepidum

seedling.

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オキナワチドリの開花が始まった。画像はイワチドリに似た個体。

高温期が長い沖縄では、いわゆるチドリ類はほとんどすべて栽培できない。それゆえ沖縄でも育てられるオキナワチドリの存在価値は高い・・と思っていたのだが、小型野生蘭の栽培経験を積むことができない地域なので、オキナワチドリをまともに栽培できる趣味家はほとんど存在しないというのが盲点だった。いやもっと早く気付けよ。

まあ、チドリ類はもともと栽培が易しい植物ではないので、本土でも基本的には消費的に栽培されているように思われる。昭和時代のウチョウランブームの頃から栽培を続けているような年季の入ったオタク ベテラン趣味家を除けば、チドリ類を何年も上手に維持できる方は少ないと思う。

とはいえウチョウランやイワチドリの場合は球根を植えつけてから短期間で花が咲くので、一年で枯らしてしまう方でも、とりあえず植えた年だけはきれいな花を楽しむことができる。

一方でオキナワチドリは、植えつけてから開花まで半年かかるので、開花時までの栽培の巧拙が他種とは比較にならないほど露骨に反映される。管理状態が悪いと花が小さくなる性質もあり、慣れない人が育てると大輪選別品種でも野生並花とほとんど区別がつかなくなる。

そういうわけでオキナワチドリの場合は、たとえば斑入りだとか、花色が赤かったり白かったりするような、栽培条件で変化することの無い変異形質のほうが珍重される。標準個体であれば花の大小を気にせずに、寄せ植え全体を一つの花束に見立てて楽しむのが一般的のようだ。

そういうわけで画像個体のような「優良花」を選別して殖やしてもほとんど評価されることは無い。自分でも何をやってるんだろうなー、という感じではある。

Viola utchinensis

from Okinawa island, Japan.

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オキナワスミレ、学名ウチネンシス。ウチナー(沖縄の現地発音)本島の一部地域のみに局所分布する希少種。自生地は崖地で、管理人のように足元の危なくなった年寄りだと、案内人に手を引いていてもらわないと足をふみはずして命を落とすらしい。それゆえ、まだ自生個体を見に行ったことがない。

が、栽培下での増殖が容易で、山野草業者が手頃な値段で苗を販売しているため入手は難しくない。スミレは一般に短命で、種類によっては開花して体力を消耗した時に暑さに耐えられなくなって、夏を越せずに枯れてしまうこともある。しかし本種は性質がしぶとくて暑さによく耐え、毎年きちんと植え替えすれば長期維持も難しくない。閉鎖花で勝手に種子ができるので近交弱勢とは無縁だし、実生育成も簡単。凍らせなければ本土でも無加温で越冬できるようで、日本産有茎スミレの中では最も維持しやすい部類ではないかと思う。

ただ、草姿に比べて花が若干小さめで色も淡く、外見的には地味なタチツボスミレという感じでインパクトに欠ける。そのため園芸的には評価がそれほど高くない。まあ、一般基準ではスミレマニアのコレクトアイテム以上のものではないような気がする。

 

spur

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横から見た画像。沖縄には非常に良く似たシマジリスミレが分布していて、売品だと混同されていることもある。文献によれば、花の後ろに突き出ている部分(距:きょ)の形で識別できるそうだ。

が、管理人は正直なところ自信を持って識別できない。中間型で判別に苦しむ個体もあると聞く。流通品は同一の親から殖やされているらしく、どこの栽培品を見ても似たような感じなのだが、自生地の画像を見るとけっこう個体差があるように思われる。管理人は専門外なので、特徴についての論評は避けておく。

 

leaf

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葉の基部が開くのがオキナワスミレ、基部が閉じてオーバーラップしているのがシマジリスミレだそうだが、これも生育環境や個体差によってかなり異なるようだ。

ムカゴサイシンの種を播いてみた

Nervilia nipponica

from Okinawa island, Japan. in flask propagation.

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沖縄本島産ムカゴサイシン、フラスコ実生。某研究者が研究材料として採集してきた果実を強奪し、サヤの中に入っていた種子を培養したもの。

 

bloom in flask.

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フラスコ内での開花。沖縄本島には「ムカゴサイシン」と「ムカゴサイシンモドキ」が分布していて、葉だけでは識別不可能。花の特徴からムカゴサイシンと判断したが、確信は無い。

花と葉の出る時期がズレていて、基本的には葉と花を同時には見られない。野生個体の生活史についてはこちらのサイトが秀逸。

ムカゴサイシン -1- ラン科 Nervilia nipponica

 

new tuber in flask.

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フラスコ内でできた新球茎。通常は培地深くまでストロンを伸ばし、フラスコの底で新球茎が形成されるが、この個体ではたまたま空気中に球茎が形成されたので撮影してみた。今の時期は花も葉も枯れ、新球茎のみが生き残って越冬する。生育が良好だと2個以上の新球茎ができることもあるが、小さい苗だと画像のように2個目の新球茎は大きくならず、翌春に芽を出す力がなかったりすることもある。

本種は菌依存性が高いようで、長期間の鉢栽培はほぼ不可能のようだ。実質的には、いわゆる「腐生蘭」として扱うのが妥当だろう。ちなみに報文によると共生菌はきわめてレアな菌のみが特異的に検出されており、その菌が鉢内で自然増殖してくれる可能性はゼロに近いと思われる。

共生菌相の特異性がもたらしたムカゴサイシン(ラン科)の希少性 | 文献情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター

余談ながら平成時代に「ランは用土に段ボールの破片を入れるとラン菌が湧いてよく育つ」という俗説があったが、そういう粗雑な環境で優先的に湧いてくる強健な野良リゾクトニアを共生菌にできるようなランは(皆無ではないが)ほとんど無い。

純培養の種菌を混ぜてもいないのに、いつでも有用菌が優先状態になってくれるなら誰も苦労しない。「赤子ヨーグルト」という話をご存知だろうか?「豆乳に赤子の手をつっこんでかき混ぜると手についている赤ちゃん乳酸菌が増えて健康ヨーグルトになります」というネット記事が純真な方々によって拡散され「ちょっとまって、その方法だと黄色ブドウ球菌(表皮に常在している食中毒菌)のほうが先に増えるよね?」と食品関係者から総ツッコミが入った案件である。「こうするとラン菌が増える」とかいう話のほとんどはそれと同レベルの純真さんトラップである。(なお、ガチで菌の分離培養までできる方ならビフィズス菌ヨーグルトのような実践応用につなげられる可能性も無いではない)

菌共生させていない個体でも短期間なら生きている「こともある」らしいが、開花させると体力を使い果たして枯れてしまうそうだ。自生地でも結実した場合にはほぼ枯れてしまうようで、環境省の資料には成熟個体になってからの平均寿命は2年に満たない、とある。

絶滅のおそれのある野生動植物種の生息域外保全|取り組み事例

フラスコ内では交配が成立しないので結実はせず、開花後に小さな葉を出して数年かけてまた開花株まで生長していく場合が多い。が、もし種子を作らせればおそらく衰弱消滅してしまうのだろう。

球茎を培地にもぐりこんだまま放置しておくと窒息して腐ってしまうので、冬のうちに無菌操作で掘り出して新しい培地に移植する。このまま年1回の継代を継続すれば、ある程度の年月は維持できるかもしれない。しかし、鉢内で共生菌を培養する技術の無い管理人には「栽培」に移行することはできそうもない。

 

Nervilia taiwaniana, from Taiwan, in flask.

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参考までに台湾ムカゴサイシン(單花脈葉蘭)の無菌培養。小苗では明瞭でないが、葉にチェッカーボードのような地模様が入るのが特徴。

こちらは鉢栽培が一応可能で、国内で個人栽培家が分球増殖させた苗が稀に流通することがある。とはいえ栽培好適条件が非常に狭く、普通のレベルの栽培者だとほぼ100%枯らすので増殖普及する見込みは無い。

画像の苗は国内栽培品のセルフ交配種子から培養したものだが、自家受粉苗だと親株よりも性質が弱くなっていることが予想され、フラスコから出して育てる自信は無い。培養条件の研究には使えるが、複数系統の個体を輸入して交配育種するのでなければ園芸的には苗を作っても無意味である。

じゃあ何でそんなものを無菌培養しているかって?

こういう普通の培養法では育てられない植物の培養技術の確立は、ほとんどの場合数年がかり、あるいはそれ以上の年月を要する仕事になる。

ある時に突然に入荷があって、「これは2度と無いチャンス! これでこの植物を交配して殖やせるぞ!」と思っても、その時すぐに増殖できる技術が無ければそのまま親株が枯れて二度と再入荷せず、永久に交配する機会が失われてしまったりする。希少植物にはそれほど珍しくない話だ。

育種屋は、いざという時にただちに実用に供せるよう常にさまざまな培養データを集めておく必要がある。自分の引き出しに増殖技術をコレクションしておくのは常識なのである。