Amitostigma’s blog

野生蘭と沖縄の植物

Lilium callosum var. flaviflorum

from Okinawa island, Japan.

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 キバナノヒメユリ。ヒメユリの黄花ではなくノヒメユリ(スゲユリ)の黄花変種。漢字で書くと「黄花の姫百合」ではなく「黄花・野姫百合」。まぎらわしいのでキバナスゲユリと呼ぶ人もいる。

 背が高くて倒伏しやすく、ススキ草原のように草丈のある植物が茂っている場所でないと生育できない。かといって植生遷移で樹木が茂ってしまうようでも生育できない。分布の中心は中国や朝鮮半島の大草原で、日本では九州と沖縄の風衝草原など、非常に限られた場所に細々と隔離分布している。母種のノヒメユリ(オレンジ色)は四国などにも見られるようだが、沖縄には黄花変種しか無い。

 自生環境が特殊なので野生では絶滅寸前で、離島などに行かなければ見ることは難しい・・と思われていたのだが、2008年に那覇市内の市街地で自生しているのが見つかって大騒ぎになった。

 その後、地元の公民館で人工増殖苗を配布して地域の人達に育ててもらう活動も始まり、地域ぐるみで保護活動がされているようだ。

 苗を配ることで野生個体の盗掘が防がれ、啓蒙活動にもなり、地域サービスとしても賞賛すべきもので、現実的に望める保護活動としてはほぼベストと言っても良い。

 が、キバナノヒメユリは個体寿命が比較的短く、ウイルス耐性も強くないので同一個体を何十年も育て続けるのは難しい。実生が容易なので交配して種子から育てれば簡単に殖やせるが、自家不和合、つまり自家受粉だと結実しない。実生更新には別系統の交配親が必要になる。ところが1株あればいいや、殖やしたければ株分けすればいい、と思っている栽培者がほとんどのようで、実生しようとせず枯れるまで漫然と育てている場合が多いように思う。偏見かもしれないが、ほとんどの方々は珍しいから栽培体験してみたい、という程度の軽い気持ちで手に入れているだけで、生育域外保全のため責任持って増殖を!などと本気で考えてはいないだろう。

 仮に複数株があっても、兄弟姉妹間で交配を続けていると近交弱勢で育ちにくくなり、稔性がどんどん下がってくる。もし本気でやろうと思うなら、DNA解析で個体間の血縁を調べ、近親交配にならないよう血統書を作りながら増殖を進めるのが望ましい。

全個体ジェノタイピング基づく生物多様性に関する研究

 10年前にはDNA解析にものすごい金額が必要で、国から予算をもらった研究者でなければ手が出せる分野ではなかった。しかし解析技術が怒涛のごとき勢いで進歩改良され、解析コストがすさまじい勢いで安くなりつつある。現在では犬や猫のブリーダーが種親の遺伝子検査をするのも常識になってきているし、潜在需要がきわめて多い分野なので企業の技術開発への力の入れっぷりもハンパない。10年後には生物全般のDNA解析が個人趣味家でも利用できる値段になっているかと思う。

 しかし仮に遺伝子解析が1000円でできるようになったとして、栽培者は自分の栽培している植物のDNA解析をするだろうか? 

 管理人は、大多数の趣味家は興味をもたないと予想している。遺伝子管理を必要としているのはブリーダーだけで、消費娯楽栽培にそんなものは必要ないからだ。野良猫の餌やりおばちゃんに猫の遺伝子解析をする理由はない。

 一般的な園芸趣味とは消費するだけの食い潰し型娯楽で、生産者からの供給があって初めて成立する。花が咲いている時だけ見て楽しみ、枯れたら捨てて新しい花を買ってくればよい。いくら枯らしても生産者が毎年新しく供給してくれるので、自分で殖やす必要がない。育てているものがどういうものなのか、という細かい知識も必須ではない。小難しいことを考える義務はないし、考えなくても楽しむことに支障はない。栽培技術が皆無の方が、切り花感覚で楽しんでいる場合も珍しくはない。

 が、キバナノヒメユリは絶滅危惧種である。イリオモテヤマネコを人工保育して猫好きおばちゃんに里子に出したが、子孫を残さずに全滅・・という状況を想像していただきたい。草と中型哺乳類では増殖難易度が異なるので同列には語れないが、イメージ的にはそういう感じである。

 まあ、本種のように生息域が保全されていて、人工増殖施設も存在している場合には、増殖して外部に配られた個体が死のうが生きようが種の存続にとっては無関係だ。皆が楽しんで、不快に思う人もいないのなら消費娯楽栽培でも文句を言う要素は何一つ無い。誰にも興味を持たれず、存在すら知られずに絶滅していくよりも、人間の遊び道具として利用価値を認められ種族が存続していくほうが良い、と管理人は思っている。(異論は認める)

 それでも、ふと考えてしまう。

 管理人を含めて、愛好家の「育てている」と称する行為には、「育てている」と胸をはって言えるほどの内容が伴っているのだろうか、と。

Cardiandra amamiohsimensis

from Amami island,Kagoshima pref., Japan.

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アマミクサアジサイ奄美大島の渓流沿いに自生する奄美固有種。

クサアジサイ属は本土から沖縄、中国南部、台湾にかけて分布する東アジア特産属。本土のクサアジサイ西表島のオオクサアジサイにはアジサイっぽい装飾花(中性花)がついているが、アマミクサアジサイは装飾花が無いのでちょっと地味。

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アップにするとなかなか美しいが、遠目で見ると花が咲いているのかどうかも判りにくい。

あまり一般受けする花でもないと思うが、近年ヤマアジサイの栽培がプチブームになってから、日本産アジサイ類をコレクションしたがる人が出てきた。本種もコレクトアイテムとして山野草業者がたまに販売していることがある。

栽培は難しくない。本土で無加温越冬させた場合は地上部が全部枯れてしまうそうだが、軽く凍結する程度までは耐え、翌春に新芽が出てきて開花もするらしい。株分けなど栄養繁殖も容易。市販されている個体は栽培下で増殖された同一クローンではないかと思うが、確証は無い。もっさりと茂って場所をとるので、複数株を探してきて交配増殖しようという気もおきない。こういうものは植物園に保存増殖をまかせておくほうが良いように思う。

Habenaria rhodocheila complex hybrid.

Habenaria xanthocheila X Hab. erichmichaelii.

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ハバナリア・キサントケイラ(黄色)X エリミカエリ(ピンク)。

色がやや淡いことを除けば、ロドケイラ種群のオレンジ個体群とほとんど区別がつかない。オレンジは赤系と黄色系の重ね色だと解釈して良いのだろうか?後代で形質分離するのか気になる。

ロドケイラ種群内での交配種、および近縁種のカーネアとの交配種には稔性があるので、さらに交配を進めて色彩変異のバリエーションを増やしていくことも可能ではあろう。

が、熱帯ハベナリアは日本の気候に合わないので長生きさせにくく、いくら殖やしても最終的には消費栽培で終わる。というか地生蘭は(一部に例外もあるが)一般的に個体寿命が短く、積極的に実生更新しないとそもそも系統維持が難しい。

寿命が短いと判っていて高額で買う趣味家はほとんどいない。地生蘭を買う人の中には、長く育てられると思っている勘違い初心者、あるいは育てられなくても買うこと自体が楽しい買い物中毒の人もいるだろう。が、数として多いのは最初から消費栽培が前提の、お気楽消費者ではあるまいか。

枯れると思いつつ買う=枯れても惜しくない金額のものしか買わない。栽培にも金をかけないかける気もない。その気になればそこそこ長生きさせられる種類でも、本気で育てる気がないので消費栽培に成るべくして成る。使い捨て、食いつぶしていくだけなので業者が生産してくれるか、野生から搾取しつづけなければ持続できない趣味だ。

しかしラン科植物は実生で殖やすと手間と時間がかかるので、質より値段を気にするような顧客層を相手に播種生産したら商売にならない。結果として販売流通するのは

1:栄養繁殖で殖やす事が可能で、なおかつ一般花卉として薄利多売できるためプロの生産業者が存在しているトキソウ、サギソウなど)

2:国外で生産したものを輸入転売している場合(韓国実生のナゴラン・フウラン、洋蘭全般)

3:マニアが展示会用に買ってくれる高額品種=実生してもコスト割れしないもの(高級ウチョウラン、高級エビネ、錦蘭、洋蘭の審査用品種など)

4:個体寿命が長く、ウイルス耐性もあって実生更新の必要性が相対的に低いラン(シラン、東洋蘭、長生蘭、富貴蘭、オーストラリア産の例外的な強健地生種など)

5:元手のかかっていない山盗り株を叩き売りしている場合(小型着生蘭、地生蘭の大部分)

のどれかになる。(奇特な業者がほとんど趣味で殖やして売るケースもあるが、そういうのは赤字なので継続しない。一時的に普及しても消費栽培のほうが多いため短期間で消えていく)

ハベナリア類がどれに該当するかは解説しないが、いずれにしても国内で長期維持している人をほとんど見かけない植物ではある。

Ligustrum tamakii

from Yonaguni island, Okinawa pref, Japan.

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トゲイボタ。沖縄の一部離島に自生するモクセイ科の常緑低木。

海岸や山地の風衝地で地面に張り付くようにして育つ。盆栽樹としてなかなか秀逸な樹種だが、樹幹が古びにくく短期間で風情を出すのが難しい。越冬温度に気をつければ本土でも栽培は難しくないようだが、見た目の美麗さ、珍奇さに欠けるので、育てている人はほとんどいないようだ。

業者が積極的に増殖していないので入手自体も易しくはない。が、沖縄本島では某植物園が増殖し、たまに頒布しているので本島内では栽培品が見られる。

ちなみに与那国島の自生地では近接地に自衛隊駐屯地が建設され、悪い影響がないかと心配されている。まあ太平洋戦争の時のように戦火で焼け野原になることに比べたら、影響としては限局的なのかもしれないが・・

オオミズトンボ販売開始

Habenaria linearifolia

seedling,  by A.G.Y. Nursery.

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 オオミズトンボ。

 昨日のオオスズキサギソウ(仮称)と同じ場所で栽培されていた。某業者さんが北関東産の個体から実生増殖し、数年前から販売している系統だそうだ。

 オークションで転売されて数万円で落札されたりしているようだが、当該業者のネット記事を見つける能力の無い情報弱者か、野生採集の別血統だと勘違いして入札している残念な方だろう。

 オオミズトンボを実生増殖して販売に至った事例を、管理人はこれまで一度も見聞きした事が無い。(増殖が試みられた事例は知っているが、その後に販売されたという話は聞いていない)

*2023年追記。現在は廃業した「グ〇ーンラボ」の2005年カタログで、実生苗を販売していたのが確認されました。

 というより管理人が知る限りでは過去40年の間(狂ったように希少ランの山採りが売られていた昭和の野生蘭ブームの時代から、ヤフ〇クが無法地帯になっている現在まで含めて)数本しか売品を見たことがない。殖やす以前の問題で、種親がほぼ入手不可能。一般向けに開花株が生産流通したのは、上記業者さん(鈴木吉五郎翁のお弟子さん)の実生育成品が初めて、というかおそらく最初で最後だろう。これが生産終了すれば、もう二度と出回る事は無いと思う。

 

沖縄では言うまでもなく栽培不可能だが、本土であっても育成は非常に面倒らしい。

 

性質が繊細で、栽培地の気候が合わない場合にはしだいに弱って枯れる。

環境が合っても栽培用土が適当だと枯れる。

用土が最良でも日照管理が不適切だと枯れる。

日照管理がベストでも肥料が合わないと枯れる。

肥料が適切でも病虫害で枯れる。

病虫害対策をしても台風で折れる。

天候対策をしても水湿管理が狂って枯れる。

完璧に世話していても気を抜いた時に枯れる。

枯れずに殖えていても、そのうちランの個体寿命が来て同時に育ちが悪くなってくる。

個体寿命が来なくても個人栽培の管理力はいずれ尽きる。

誰かに託そうとしても、恐ろしく面倒な草を育てるのは普通の人には無理。

世話できなくなったら三日で壊滅、一人で何十年育てても何も残らない残せない。

 

 オオミズトンボの自生地である湿性草原は開発で消滅しやすく、開発されなくても地下水低下による乾燥化や、植生遷移で生育できない環境になってしまうことが多い。しかも栄養繁殖率が低く、個体寿命もそれほど長くはない。

 基本的には実生で個体更新しながら存続している植物なので、新規の実生が生育できる環境(河川の氾濫などで定期的に表土が攪乱され、湿性草原の一部に部分的にできる半裸地)が無くなると個体群が維持できなくなる。おまけに近親交配させると近交弱勢がおこり稔性が著しく低下する。個体数が一定数以下になれば、あとは加速的に衰退していく。

 保護されている自生地でも、すでに個体群を維持できる限界数以下になってしまった場所があると聞いている。現状では各自生地が日本各地に遠く分断されてしまっているので、虫などが花粉を運んで遺伝子交流が行われる可能性はゼロに等しい。

 

 ということで、あらためてオオミズトンボの保全栽培について考えてみる。近い将来の国内絶滅にむけてまっしぐらの状況ではあるが、2016年現在であれば複数系統の親個体を見つけることは(至難ではあるが)研究者などのコネを総動員すれば必ずしも不可能ではない。栽培されている個体に野生オオミズトンボの花粉をかけて実生を育成すれば、少なくとも次世代での近交弱勢は回避されるだろう。丈夫な苗がたくさん作れるかもしれない。

 が、その先のビジョンが何も見えてこない。自生地そのものの存続が怪しいのだから、自生地への植え戻しは検討しづらい。栽培難度が高すぎて、園芸植物化して残すというのも無理がある。近交弱勢を永続的に回避するには数十株単位で保存栽培せねばならないが、大量栽培は個人には労力的に難しい。大勢で分散管理しようとしても「まともに」育てられる人は全国でも数える程度で、栽培グループ結成を画策しても絵に描いた餅。

 植物園などに期待しても、栽培担当は外部委託の造園業者だったり、バイトのおばちゃんだったり、ランのことに詳しい指導技官は一人もいないので育成できる技量はない。(理事長と看護師と検査技師はいるけれど医者はいない大病院、みたいな状況になっている)

 当面、生産苗をリリースした業者さんが種親として、まとまった個体数を維持栽培しておいてくれることを期待するぐらいしか思いつかない。その先のことは・・はてさて。

 ま、生物の保護などというものは、財団でも作って活動するレベルでやらない限り、どうにもならぬものではあるのだろう。

 

*2020年追記。実生増殖に関する聞き書き

・人工交配する場合、花粉の採取適期は開花直後(直前でも使える)だが、柱頭が成熟してくるのは開花して数日以上経ってから。

・同一の花で受粉させると花粉か柱頭のどちらかが受粉適期ではなく、交配がうまくいかない事が多い。若い花の花粉を、成熟した花の柱頭につけると良い。

・柱頭が乾燥していて花粉がうまく付着しない場合、柱頭が交配適期よりも早いか遅すぎる、あるいは株が弱っていて受粉できる状態ではない。そういう時にはむりやり交配しても受粉に失敗する場合が多い。

・自家受粉はまともな苗ができないので、他株との交配が望ましい。

・ただし親株に適さない(遺伝的に難のある)個体もあるので、できるだけ多くの系統を集め、総当たり的に交配して「当たりの組み合わせ」を探す。

・完熟種子には強い休眠があり、発芽は不均一で何年もかけて少しずつ発芽してくる。

・採りたての種子を使い、洗浄処理(発芽抑制物質除去)して無菌播種して低温処理(休眠打破)してもまったく発芽しない事も珍しくない。

・3年目ぐらいになってようやく数本だけ発芽したりする場合もあるので簡単にあきらめてはいけないが、芽が出ない時は何をしても出ない。確実に発芽させる方法は未解明。

・地生蘭の中には暗黒にすると発芽しやすくなるものもあるらしいが、本種は明条件のほうが発芽しやすいそうだ。

・サギソウとは比較にならないほど難発芽。しかしこれはサギソウのほうが簡単すぎるのであって、地生蘭としての発芽難度は中レベル。

・ちなみにオオミズトンボの鉢蒔き実生に成功した報告も複数あるが、狙って実生できるほど簡単ではない模様。

・年単位で経過観察し、発芽してきた苗から順番に移植培養していく。

・なお、無菌播種フラスコ一般植物の培養のような通気を重視した容器を使用すると保管中に培地が乾燥してきたり、雑菌やダニが侵入したりするため超長期の保管は難しくなる。(汚染対策の工夫については非公開情報)

・無菌培養の場合、交配後25日前後の未完熟種子のほうが発芽させやすい。

・しかし気候条件・生育状況・個体差などによってベストの交配時期・採果時期が異なってくる。同じように交配・播種しているのに1果実だけが大量に発芽し、それ以外の果実は不稔だったり、良い種子に見えるのに発芽不良・褐変枯死に終わることもある。

・冷涼な地域では普通に完熟種子が得られる。しかし温暖な地域だと花期に高温が続いて受粉がうまくいかなかったり、たまたま涼しい年に正常に受粉してもその後の高温で胚の生長が止まってしまい、最終的に不稔種子しか得られない場合も多い

・暑すぎて生育障害がおきる地域では、一定以上の成熟が見られたら胚がまだ生きているうちに(早すぎず遅すぎず)採果し、生育不良の胚を取り出して人工的に培養しないと苗が得られない場合もある。

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・基本の(シンプルな)ハイポネックス培地だと生育不良になる。ジャガイモ角切りなど何らかの有機物を添加する。

酵母粉末は添加物として不適っぽい

・発芽培地の最適組成はサギソウとは異なる印象があるが、現時点ではまだ確定されていない。糖濃度は標準濃度以下(適正濃度不明)にして、無機塩濃度は3分の1程度に薄めないと発芽不全をおこす?(未確定、データ収集中につき引用不可)

・寒冷地・菌依存性ラン用の「全濃度を希釈してアミノ酸などをがっつり入れた培地」を使うと生育障害をおこす。(ちなみにHabenaria属には極端に栄養要求が異なるグループが混在しており、そういう培地を使わないと育たない種類も山ほどある)

・まばらに発芽している場合でも、発芽直後に新鮮な培地に移植したほうがその後の生育が良くなる。(古い培地だと生育阻害あり?)

・1年目には小さな球根ができるだけなので、新球根を休眠中に新しい培地に移植して継代培養し、2年目以降の球根をフラスコ出ししたほうが歩留まりが良い。

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発芽苗を新しい培地に移植しても半数は育たずに途中で枯れる。しかし無事に育った個体はフラスコ内で分球して小さい2~3球目もできることが多い。

・1果実から得られる苗はうまくいっても10個体(分球した小球を含めて20球)程度。蒔いてもまったく発芽しない、しても育たない事のほうがむしろ多い。

・画像は1フラスコ分のビン出し球。大きな球根は植え出しした年に開花するが、虚弱な個体だと開花後に力尽きてそのまま枯れてしまう。継続して開花する健全な個体は異系統間交配でも10本に1本くらい。自家受粉の場合はそういう丈夫な個体がゼロに近くなる。もしかしたら菌依存度が高く、もともと鉢栽培に不向きなランなのだろうか?(根拠は無い)

・というか自家受粉の場合は交配しても結実しにくく、結実しても有胚率が低く、有胚種子が得られても発芽しにくく、発芽しても苗がまともに育たず、育っても花が咲いたら弱って枯れる。

・異系統交配の実生株を親株に使えば自家受粉でもそれなりに発芽する場合「も」あるが、そのまま世代を重ねて近親交配が進むとどんどん発芽率が落ちていく。(これはハベナリア属全般、その他の多くの地生蘭でも見られる現象)

・「1回開花させたら枯れる」というぐらいの認識を持ち、全力で異系交配・実生更新を続けなければ短命な地生蘭の系統維持は不可能。「同じ場所に留まるためには力の限り走らなきゃいかん。もし他のところへ行きたいのなら、その2倍の速さで走らなくてはならんのだ」(赤の女王@鏡の国のアリス

・稔性の良い個体と悪い個体があり、非常に種子ができにくい個体(栽培環境に合わない個体?)は頑張ってもほとんど苗が得られない。しかし交配相手を変えてしつこく交配を試すと、特定の組み合わせに限り稔性が良い事もある。

・うまく受粉しても、近年に都市部で蔓延しているランミモグリバエなどの害虫を確実に防除できないと種子が得られない。

・近交弱勢を避けるため、血統記録しながら交配しまくってできるかぎり遺伝的多様性のある種子を得て、そこから親が異なる苗をそれぞれ十本単位で育ててさらに相互交配を続け、丈夫で種子もできやすい苗がある程度の本数キープできた時点で、ようやく継代が続けられるスタートラインに到達する。

・つまるところ、1本や2本の親株を入手して長期維持できるような植物ではない。

・自生地から種子を採ってきて蒔けば殖やせる、などというクソ甘い考えは捨てろ。その種子が自家受粉だったら苗は育たない。

・過去に増殖を試みた個人や組織は複数あるが、このような狂気的ハードモードを想定していなかったため全例が惨敗している。「雪山未経験集団が事前情報も無いまま冬の八甲田山縦走にチャレンジした」ような結末になっている。

参考:オガサワラシジミ(蝶)の生息域外保全、近交弱勢により4年で絶滅

・上記の事例では雌1個体(持ち腹産卵)からバンバン殖やして複数施設において100個体単位の飼育にまで広がったが、世代を重ねるにつれ近交弱勢がひどくなり、まともな幼虫が一匹も生まれなくなって壊滅した。苦労して繁殖技術(交尾に広大な飛翔空間が必要)を確立させて一時は順調に殖やしたけれど、最終的には「種親が1個体だった」という壁を超えられなかった。野生絶滅していれば新規交配親の入手も不可能になっているわけで・・

・オオミズトンボの場合、交配目的で親株を2株以上購入している個人や施設が日本に何件存在しているか疑問である。興味本位で1株だけ入手して、系統維持できずに終わっている事例しか無いのではないか?



・とにかく最初にまとまった数の親株を、それも複数系統入手して、初回から実生育成を成功させないと確実に消費栽培で終わる。某業者が所有している全血統をまとめて購入したとしても、原資としてギリギリ足りるか足りないか、というレベル。理想的にはDNA解析で全個体の近親度を確認しながらやるべき仕事。

全個体ジェノタイピングに基づく保全

・今なら生息域外保全のできる最後のチャンスが残っているが、どう考えても常人には無理ゲーである。

・「殖やしましょう」などと口で言う人間は少なくないが、ほぼ例外なく実計画の大変さを何もわかっていない(自分ではやる気も能力もない)空論愛好家なので、真面目に相手をしないほうが良い。本当に判る人であれば難しい顔で実務のロードマップについて具体的に質問してくる。

・結論としては、某業者が増殖して販売流通させている事のほうが明らかに非常識である。この苗を引き継いで二次増殖を試みる趣味家や組織が現れない限り、我々が実物を手にできた最後の世代になるだろう

以上。

 

*関連記事は最上段、Habenariaタグをクリックしてください

オオスズキサギソウ(仮称)

 Pecteilis radiata X Habenaria linearifolia

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 サギソウ X  オオミズトンボ(別名サワトンボ)某植物園のバックヤードで撮影。沖縄では自然気候下で栽培できない植物の一つ。

 サギソウとミズトンボの交配種であるスズキサギソウ(Pectabenaria Yokohama: Pecteilis radiata X Habenaria sagittifera)に似ているが、花粉親が異なる。和名が無いようなので、オオスズキサギソウ、略してオオスズキと仮称している。

 other plant.

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 上記と同一果実からの姉妹株。個体によって唇弁の広がり方や曲り方に若干の個体差がある。

 サギソウ X ミズトンボは、 昭和時代に有名だった園芸店、横浜・富岡「春及園」(平成11年閉園)の園主だった、故・鈴木吉五郎翁が大正時代末に人工交配で初作出し、前川文夫博士の著書「原色日本のラン」(昭和46年初版)において「スズキサギソウ(Habenaria Yokohama)」という名前で紹介されたもの。その後秋田県などで自然交雑個体が発見され、その個体の増殖品&最近になって再交配された人工個体が、きわめて少数ではあるが現在も流通することがある。

サギソウ X オオミズトンボ(別名サワトンボ)も同様に、大正時代末に鈴木氏が作出している。

 

from 'Egret Orchid Growers Society Proceedings Vol.2 : 1/3/1965

crossbreed by Kichigoro Suzuki.

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 こちらの白黒写真は鷺草保育会・年会報「鷺草」第二号(昭和40年3月1日発行)収載「サギソウ交配」鈴木吉五郎氏の記事からの引用。本文も一部転載。

「あの完成された姿からはより以上のものは簡単には出まい悪口を云えば出来すぎた姿態だから、むしろくずして変化を求めたらどんなものかと(中略)はや四十余年前ともなろう、サワトンボとミヅトンボを幸い常時手持ちして居るから利用した、これが両者より何か変なものが作出されたが、(中略)不稔と見え孫を求めることは出来ずに居る。」

 今の若い方だと鈴木吉五郎という名前を聞いたことの無い方のほうが多いだろうが、ハエトリソウの「鈴木系」とかスズチドリ、スズキスミレ、トミオカスミレ、アマナシラン(Bletilla Yokohama)、アワチドリ(Ponerorchis graminiforia var. suzukiana)、富貴蘭の「春及殿」などなど、いろいろな植物の作出・発見・選別に関わっている方である。というか山盗り消費園芸が当たり前、ウチョウランの栽培法すら確立されていなかった時代に野生ランの人工増殖&園芸化を提唱し、しかも実際に鉢播きで難物のランの実生を次々と成功させ、今なお商品として通用する「山草としての美意識」を追求した品種を残している先駆性と栽培センスは尋常ではない。

 が、鈴木氏のオオスズキは鈴木氏が亡くなると絶えてしまったようだ。

 その後、昭和の一時期に、再交配されたオオスズキを長野のマッド 非凡な育種業者、O川氏が培養増殖して販売していたことがある。

from 'The Wild Orchid Journal 03/1993'

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 こちらの画像は月刊誌「自然と野生ラン」1993年(平成5年)3月号、O川氏の記事からの引用。それなりの個体数が販売されたようだが、これらも現在生き残っているという話は聞いたことがない。これ以降にオオスズキサギソウ(仮称)が流通した事例はネットオークションなども含め、2016年現在まで一度も見たことが無い。

 今回の画像個体は最近出回っている実生生産オオミズトンボ(別記事)を親に使い、再々交配されたものだそうだが、現在のところ一般流通はしていない。

(追記:2017年以降に少数ながら販売されたようで、ネットでも栽培記事が散見される。発売元の業者さんはオオミズトンボ X サギソウ獅子咲き「飛翔」= 獅子咲きオオスズキも交配作出・販売しておられるが、そちらは一般ネット情報や雑誌には未発表のようだ。管理人も実物は見ていない

 いずれにしても栽培品としてはそう長くは残らないと予想する。ハベナリア類はウイルス耐性が乏しいので(一般論としては)実生更新できないと系統維持が難しいからだ。

O川氏の交配試験でもオオスズキはほぼ不稔という結果になっており

「稔性はほとんど無く、交配させたものの内の100莢近くの中から、1粒の種子のみ発芽しました」

 と記述されている。

 こちらは「自然と野生ラン」1994年(平成6年)1月号に掲載された、O川氏がオオスズキにサギソウの花粉を戻し交配して育成した後代の画像。

 このF2個体は分球増殖されたようで、O川氏の2005年販売カタログには載っている事を確認できた。しかしその後の消息は絶えて久しい。おそらく現存はしていないと思われる。

 ちなみに上記資料にサンプル掲載されているオオミズトンボも、一時期は分球させて数人の栽培家が維持に挑戦していたようだが、結局のところ実生更新なしで同一個体を長期維持できる植物ではなかったようだ。しだいに弱体化してどの栽培者の分け株個体も絶えてしまったと聞いている。

最後に参考画像。こちらはサギソウ「玉竜花」(4倍体) X オオミズトンボ。

 つまり異質3倍体(サギソウ×2 + オオミズトンボ)。わざわざ作出する意味があるかどうかは別として、こういう感じになるという資料として載せておく

↓ 2018年追記

Vanda falcata(Neofinetia falcata)

from Daito insl. Okinawa pref. Japan.

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ウラン。販売業者の話では、沖縄県大東諸島産の個体から実生増殖したものとの事。

沖縄のフウラン琉球王朝時代から園芸目的で採取されつづけ、現在はほぼ野生絶滅に近い。しかし栽培下では相当数が生存しているようだ。

沖縄では周年屋外栽培が可能で、冬期にも特別な管理をする必要がない。ヘゴなどにつけて屋外につるし、ホースで水をかけておけば普通に育つ。しかも長命な植物で個体寿命が100年以上あるらしく、ウチョウランのように古い品種が徐々に衰退してくるという事も無い(本土フウランには江戸時代から栽培されている品種がある)

もし環境の良い場所であれば、庭木などに活着させれば、まったく世話をしなくてもかなりの年月はそのまま生きている。導入初期にきちんと世話をして完全活着させてしまえば、管理者が死去したりしてもそう簡単に消えて無くなったりはしない。

一般的な地生蘭は管理者が世話できなくなると一週間で壊滅するので、栽培品が何世代も継承されていくことは稀だ。しかしヘゴ付けや庭木付けのフウランの場合、別の栽培者が引き取るまで生き残っていてくれる事もある。それゆえ野生蘭としては例外的に、栽培下での長期生存例がある。(ちなみに鉢植えにすると水分管理が難しくなり、家庭園芸では維持しづらい。上級者でないと根を腐らせて枯らしてしまう)

まあ、生き残っているとは言っても栽培下の県産フウランは来歴が明確でなかったり、明確であっても園芸的に特記すべき特徴の無い並物(本土産と大差が無い)が大部分で、一部の例外を除いて沖縄県外の趣味家の興味を引く個体はない。そのため沖縄本島外で販売流通することはほとんど無いようだ。